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「ぼ……ぼくら……ぼく……」

 オーディション当日の朝、声が出なくなった。
 歌おうとしても、掠れた弱々しい音が聞こえるだけ。何度試してもダメで、歌詞は外へ出た瞬間に塵のように消えていく。

 昨日の練習が原因かもしれない。
 頑張らなきゃと思って、変に力み過ぎた。あきらかに甲高い声が出て、思い切り音を外してしまったの。

 歌の途中でも、笑われたのがわかった。前の人の肩が揺れていたし、隣からもクスッとしたのが聞こえたから。
 練習の終わりには、沢井さんたち三人が寄ってきて、

『春原さん、無理しなくていいよ。ちょっと合ってないって言うか、逆に目立っておかしくなってたし』

 バカにしたような口調ではなく、彼女たちなりの気遣いだったのだろう。大きな声を出すことが苦手な私と、曲のまとまりを乱さないための。

 五限目の時間、三年生は体育館に集められ、クラスごとに合唱を披露していく。
 一組も二組も、一体感があって綺麗だった。実際に聞いてみると、想像以上に上手く感じる。

 三組の番になった。自分の場所に立ったとき、頭の中が真っ白になって、出だしの歌詞が飛んだ。遅れて口を開くけど、心ここにあらず──。


 ほとんど声を出せないまま、上の空でオーディションは終わった。
 みんなは『今までで一番よかったよね』『うちら、思ったよりいい感じじゃない?』と晴れ晴れとした顔をしている。

 先生たちには、きっと私が口パクだったなんてわからない。練習と違って聴く側とは距離があったし、一人くらい歌っていなくても声量は変わらないだろう。

 でも、胸の奥がズキンとして、モヤモヤした。
 私はいない方がよかったと、言われているみたいに感じたから。

 そんなこと、誰も思っていないかもしれないけれど。一度とらえてしまったら、その呪いは消えない。