「え?」
「海ホタルは、死ぬまでにもう一回は見ておきたいかも」

 どこで見たのか、なんだったのか、はっきり覚えていない。
 ただ、お祖父(じい)ちゃんが海ホタルだと教えてくれたこと、子どもながらに幻想的で美しかったという記憶だけが残っている。

「……じゃあ、今から見に行こう。俺、いいとこ知ってるから」
「ほんと? でも、今日はもう暗いし」

 食いつき気味に出た上半身をゆっくり戻して、少しだけ歩幅が狭くなる。

「暗くないと見れないだろ」
「そう、だけど。お母さんが、心配すると思うし」

 矛盾している。口では抵抗しながら、足の速度はまだ帰りたくないと言っている。

「今逃したら、一生見れないかもしんねぇよ? 蛍はそれでいいの?」
「えっ……、やだ」

「なら行こ! 俺の気が変わる前に!」

 強引に手を引かれて、来た道を戻っていく。薄暗い街灯の下、小さな吐息や駆ける足音も聞こえない。
 繋がれた指のせいで、心臓の音だけがずっとうるさく響いていた。