ハッとして顔を上げると、不思議そうだった宮凪くんが「だろ?」と白い歯を見せた。なにか変なことでも言ったかと思ってドキッとしたから、ホッと胸を撫で下ろす。

 この人は、まるで私と正反対の人だ。自分の好きなものや思いを、まっすぐに伝えられる。恥ずかしいと隠す私とは、違う。

「あ、そうだ。これ、貼ろうとしてたやつ」

 渡されたのは、小さく千切られたルーズリーフ。そこには、《好き》と書かれている。

「え、え? あの、なにがですか?」

 頭の中が真っ白になって、まとまりのない言葉を口走る。何日か前に送り出した自分のメッセージを、一生懸命思い出そうとするけど、思考が回らない。

「歌、好きかって質問あったから。あれ、違った?」

 ポケットからもう一枚の紙を取り出して、宮凪くんが確認する。

 そうだった。ちょうど合唱の練習をしたあとで、憂鬱な気分で訪ねたもの。
 しかも、返事を受け取った白紙にはまだ続きがあった。

《ジャンルはいろいろ聴くよ。自分でも歌う! ホタルは?》

 指で見えなかっただけ。早とちりで恥をかかなくてよかった。

「私は……人並み程度かな」

 言いながら、だんだんと視線が下がっていく。


 宮凪くんに、初めて嘘をついた。


 音楽はほとんど聴かない。自分の声が嫌いで、歌うことも得意じゃない。正直に言えばよかったのに、できなかった。

 期待するようなキラキラした眼差しの前で、私は自分を見繕って、嫌われない言葉を探したんだ。