風が私の長い髪を揺らした。口に入ったそれを、彼が取り払ってくれる。

「何か、悩みごとでもある?」
「え」
「どこか哀しい顔をしている」

今思えば彼の常套句だったように思う。悩みごとのない人間なんていないし、哀し
い顔をしていると言われると少しどきっとする。

実際、そうだった。
私は悩みを抱えていたし、哀しみのなかにいた。

「……彼氏と、別れたばっかりで」

恋人は、同じ吹奏楽サークルの同級生だった。
だけど、他に好きな子ができたと言われた。サークル内の年下の女の子だった。

だから私は大学では楽器を吹く場所がなく、結婚式の楽器演奏のバイトを知り、そこで働くようになった。幸せなひとを見ると幸せな気持ちになるというのは全くの嘘で、私は週末ごとのブライダルの席では楽器に黒い思いを乗せて音にしていた。どうせ幸せなのは今だけなんだから、せいぜい満喫しとけ。

「そうか。そりゃ辛いね」

独り言のように呟いた言葉だったけれど、洸さんにはちゃんと届いていたようだ。
憐れんでいるのではない。励まそうとしているんではない。ただただ優しい瞳を私に向けてくれた。