「フリューゲル吹ける子募集してるバンドあるんだけど。気になったら俺に連絡頂戴」

「はあ……」

私は差し出されたままに、その名刺を受け取る。

「そうそう、賛助でいくらか報酬も出るよ」
そう言って、彼は片手を上げて、その場を去って行った。

名刺を見れば『小泉洸』とあり、有名な銀行のネームがプリントされてあった。



今日の夕餉は炊き込みご飯。タケノコの煮物。ブリの照り焼き。豚汁。

6月に入り、真夏日になったと思ったと思ったら、梅雨入りのせいか気温はぐっと下がった。
炊き込みご飯とか豚汁とか、暑い時期だとすぐ悪くなってしまうけれど、最近の気候なら食品はしばらくは持ちそうだ。
例え、洸さんが食べ残しても。

「腹減った。いただきます」

私の1Kの女子寮。ここに洸さんはたまに足を運んでくれる。

男子禁制だし、相手が結婚している男だし、周りにバレたら大変なことになる。
車は近所のコインパーキングに置き、到着を知らせるラインで私は部屋を出た。
そして、ブラックホールに吸い込まれるように彼の許へ走り、駐車場で、車に隠れてちいさなキス。

大丈夫、誰にも見つからない、というおまじないだ。