「安いワイングラスだな。部厚すぎて、口当たりが悪い」

眉間にシワを寄せ、グラスをしげしげと掲げて見る彼。どっかでグラスも買ってくりゃよかったかな、と。

そのグラスを持つ左手薬指には、仄暗い部屋のなかでも、きらりと光る指輪がある。
私の指にはリングはない。しかも、洸さんの指輪の内側には、私と違う女のひとの名前が彫ってあるはずだ。
私はそれを逆に誇りに思う。会ったこともない洸さんの奥さんへの優越感というべきか。
正式に妻と言われるよりも、私の立場はステータスが高いように思う。
リスクしかないこの関係。それを犯してまで、こうやって密会している。

私は薄ら笑いを隠すかのように、またワインを傾けた。ふふ、苦くて甘い味。

「あ、澄花ちゃん、口の端にワインの痕ついてる」
彼が私を見、笑う。眉尻が下がり、まるで困ったような笑み。

「牙みたいになってるよ」
洸さんは私の口角を親指でなぞる。

「噛みついちゃおうかな」
私は歯を剥いて見せる。

「噛みつかれちゃおうかな」
そう言って洸さんは私に唇を近づけてくる。そして、そのまま。