「なんだ、あれは!?」と観衆のざわつく声が耳に届いたのと、太陽の閃光の影から何かが一直線に舞い降りてくるのが見えたのはほぼ同時だった。

 次の瞬間天から凄まじい勢いで降りてきた真っ赤な竜に、処刑場は騒然となる。

 巨大な翼で竜巻のように砂埃を巻き上げ、竜はカレオの目の前に降り立った。その背に立つみっつの影に、カレオは目を見開いたまま固まる。

「カレオ様、大丈夫!? 今助けてあげるからね!」

「ユーゼブラ卿が王族ってマジだったのかよ……」

 竜の首をヨタヨタと登りながら、サマラがカレオの腕の縄をほどこうと手を伸ばす。しかし足を滑らせそうになったところをレヴに抱えられ、「あぶねーことすんな」と叱られてしまった。

 レヴが杖を持った手を軽く振ると、カレオの手足を縛っていた縄があっという間に燃えて消えた。磔棒から崩れ落ちそうになった体を、柔らかな風が受けとめて竜の背に乗せる。

 続けてレヴが同じように杖を振ると、磔にされていた他の者たちの縄も次々に燃えて消えた。「あれ? あいつらも助けてよかったんだっけ?」とレヴが頭を掻くと、サマラが「いいんだよ、カレオ様の仲間なんだから! ……たぶん」と自信があるのかないのか微妙な口調で答えた。

「……どうしてここに……」

 信じられないといった表情でカレオが声を絞り出せば、サマラはハンカチで血に汚れたカレオの顔を拭いてくれながら言った。

「助けに来たに決まってるでしょう! もう! こんな危ないこと勝手にひとりでして……!」

 眉を吊り上げるサマラの瞳は潤んでいる。あと少しでも遅れたならカレオの命がなかったことを痛感しているのか、手が震えていた。

「なんだお前たちは! 罪人の仲間だというのなら、お前らも同罪だ!」

 ハムダーンが激高して声を張り上げると、すぐに衛兵らが槍や剣を構えて竜を取り囲んだ。奥の方には大砲を構えている者もいる。

 しかしどの刃も弾も、届くことはなかった。暴風のバリアがハムダーンたちの攻撃を妨げ、足もとの砂が地響きを轟かせながら兵士たちを呑み込んでいく。

 人知を超えた御業に衛兵や観衆が目を見開く中、その瞳に映ったのは竜の背に立つ黒い外套の男だ。険しい顔をした彼は、指ひとつ動かしていない。けれど誰もが、この風や地面を操っているのがその男だと確信していた。

「……っ、西の魔法使いか! 小癪な! 東には東の神と流儀がある、不遜な振舞いを恥じよ!」

 ハムダーンの合図で駆けつけてきたのは、リンピン国の魔法使いたちだった。
 魔法は常世の者の力を借りるという本質は同じだが、国や地方によって形も方法も習性も違う。リンピン国など東方の国では魔法陣を描き、呪文を唱え、「悪魔」と呼ばれる常世の者を呼び出すのが一般的だった。

 しかしどんな呼び名で、どんな姿で召喚されようと本質は変わらない。「悪魔」と呼ばれ星の名をつけられたそれらは、西の国では四大精霊に分類される妖精だ。

 妖精は土地を愛するので地の利はあるが、それでも大陸で桁外れの魔力を持つディーが妖精の扱いで負けるわけがない。

「いでよ、双子宮の御使い! 偉大なる神の名のもとにお前を召喚する!」

「現れよ、獅子宮の御使い!」

 リンピン国の魔法使いたちが剣で宙を裂き悪魔を召喚しようとするが、何度試しても虚しく空を斬るだけだ。魔法使いたちは大声で呪文を繰り返し、苛立たし気に魔法陣の上で地団駄を踏む。

「無駄だ」

 ディーがわずかに目を眇めると、それに呼応したように風が巻き上がり、大きな竜巻となって魔法使いたちを吹き飛ばす。周囲はますます騒然となって、ほとんどの人が処刑場から逃げ出した。

「な……なんなんだ、お前は……っ」

 自国の魔法使いがまったく歯が立たないのを見て呆然とハムダーンが呟いたとき、「お退きください、ハムダーン殿!」と言う声が響いて、次の瞬間、空から火の雨が降り注いだ。