『うっとおしい。お前にはデリカシーがないのか』

 困惑した顔のディーにそう言われたのは十四歳のときだった。初めて討伐の隊で一緒になったとき、彼と仲良くなりたくて付き纏っていたのだが、うっかり用を足しに行くときまで付いていってしまい嫌そうに言われたのだった。人嫌いであしらいに慣れているディーも、さすがに用足しにまで付いてこられるのは困惑したらしい。普段はツンと澄ましている彼の戸惑う顔を見て、カレオは思わず笑ったことを覚えている。

『俺に説教をするな。そんなに栄養とやらが大事なら全部お前にくれてやる』

 そう言ってグリーンピースの塩ゆでを押しつけられたのは、いつの討伐の旅の途中だったか。共に旅をするうちにディーは随分と好き嫌いが多いと気づき、彼の体を慮ってつい小言を口にしたときだった。それ以来彼は配給の食事に嫌いなものが出ると、すべてカレオに押しつけるようになってしまった。ふたりとも嫌いなウナギのゼリーが出たときには押し付け合いになり、互いの口にスプーンを捻じ込み合ったことは今思い出しても笑える。

『お前が描け。俺は二度と描かん』

 絵が得意でないディーは魔獣討伐の作戦会議で地図に絵を描いたとき他の隊員に笑われ、すっかり拗ねてしまった。それ以来、絵を描くことを放棄した彼はカレオに任せるようになったのだった。

『死ぬな。手足を失うのも許さん。お前はただひとり、俺の背中を預けられる剣士なんだからな』

 あれは、巨大竜との死闘でディーを庇ってカレオが大怪我をしたときだった。瀕死のカレオを腕に抱えたディーは必死な形相をしていて、彼のあんな顔はそれっきり見たことがないとカレオは思う。

『……お前がいてくれて、よかった』

 聞いたこともない切ない声色でそう告げられたのは、ディーが妻に失踪されたと聞いて旅先から駆けつけたときだった。世界の全てに失望していた彼に差し伸べた手が、彼に人の心を取り戻させる希望になった。この世でただひとり、ほどけない絆を結んだ親友だと思った。

(……楽しかったなあ)

 これが走馬灯というものだろうか、頭を巡るのは討伐隊の頃やその後の思い出ばかり。

 初めてのサマラとの対面。親友とその娘が徐々に親子らしくなっていく微笑ましい日常。三人で街へ出たこともあれば、カレオの提案でピクニックに行ったこともあった。そのときにカレオとサマラが妖精の国へ迷い込み、ディーに助けられたのも楽しい思い出だ。

 サマラを兵士の訓練場に連れていったあげたときには、ディーが随分と不機嫌になってしまった。『いかつい男の集団の中に娘を連れていくな』と。けれど兵士たちは馬に乗せてあげたり肩車をしてあげたりとサマラを大いに可愛がって、サマラも大はしゃぎしたものだった。

 カレオは魔力がないが、ディーやサマラといれば魔法の世界はすぐそばにあった。美しく感動的な体験もあれば、不可思議で恐ろしい体験もした。自分ひとりでは繋がることのできなかった世界への扉を、ディーとサマラは何度も開いてくれた。

 次々に浮かんでくる思い出に、カレオの顔が自然と綻んでいく。
 幻想的な光景を思い出していたからだろうか。ふと、閉じた瞼の裏を妖精の光が掠めていったような気がした。

「処刑人、構え! 今ここに悪帝ジャームン王家の血を滅せよ!」

 夢心地だったカレオの耳に、ハムダーンの声が響く。
 腹と首もとにそれぞれ二本ずつ槍の先を突きつけられ、自然とカレオは首を反らせ顔を上げた。

(――ああ。最後にもう一度、一緒に笑ってテーブルを囲みたかったなあ)

 カレオが最後に願ったのは王座への帰還ではなく、ささやかな幸福の時間の再来だった
 双眸には、抜けるような青空と太陽が映る。その眩しさに、カレオが思わず目を細めた――そのとき。