まだ本格的な夏前だというのに、昼にもなるとリンピン共和国の気温は三十度を超えていた。
 不気味なほどに青い空には太陽が強く輝き、処刑場で磔にされている罪人たちを容赦なく熱波に晒す。

「我が国の平和を乱そうとした不届き者たちを、この私は決して許さない!」

 集まった観衆に対して声高にそう説くのは、リンピン共和国総統ハムダーンだ。灰色の瞳で磔の罪人たちを睨みつけ、忌々し気に声を張り上げる。

「ジャームン王朝は百年前に悪政を重ね滅びた! それから我々は共和政を作り上げ、たゆまぬ努力の末にこうして平和を享受している! そんなこの国の平和を、この者たちは奪い壊し、百年前の悪夢を繰り返そうとしている! 決して許してはならない!」

 威勢のいいその声に多くの観衆は賛同の歓声を上げたが、中には近年独裁政権を敷いて軍を我が物にしているいるハムダーンに対し「平和だと? よく言うよ」と苦々しい顔で呟く者もいる。

 処刑場に掲げられた磔棒は十本。その中央、ひときわ高い棒に磔にされたカレオは、項垂れたまま鈍色の瞳だけを上に向けて空を見る。

(……これでジャームン王朝の血もおしまいか。ご先祖たちに申し訳ないなあ)

 バリアロス王国とはまるで違う刺すような日差しの太陽。その強烈すぎる輝きが、カレオは嫌いではなかった。むしろ愛している。

 光球のような太陽も、青すぎる空も、焼かれるような気温も、夜空の満天の星も、苛烈な砂漠も、大いなる海も。カレオは祖国を心から愛していた。幼い頃にその風景を見るたびに、国を出てからも故郷の風景を思い出すたびに胸が震え、この身に流れる尊い血を感じずにはいられなかった。

 どうしても、王座に就きたかったと思う。
 権力や支配に興味があったわけではない。ただ、あるべきところへ帰りたかった。ずっとずっと、誰かが自分の帰りを待ってくれている気がしていた。

(……そんなのは馬鹿げた幻想だったのかもしれない)

 左右に並ぶ棒に磔にされているのは、ジャームン王朝復古を掲げ共に活動してきた革命家たち。彼らと出会ったのはもう何年前になるか。
 共に夢を見て入念にハムダーン政権の打倒を計画してきたが、詰めが甘かった。
 どこかから情報が洩れ、カレオと王政復権派の仲間たちはまんまと罠にはまり、こうして衆人環視のもと処刑されることとなった。

 長年の計画はなんだったのか。王座どころか罪人として国民の前に晒され、カレオは屈辱を通り越し虚しさを覚える。

(所詮、王の器ではなかったということか。強欲ぶりだけは間違いなく血筋なんだけどな)

 カレオの口もとに、皮肉気な笑みが浮かんだ。

 ――富も名声も得て生活は安定し、さらにかけがえのない友までいる彼は幸福です。欲をかかなければ、これ以上望むものなどない人生でしょう。しかし。彼の体には流れているのです。強欲で身を滅ぼした亡国の王の血が――

 寒い季節にサマラに語った言葉を思い出す。

(……サマラ様。いつかお話してあげます。強欲で馬鹿な剣士は、王と同じく破滅の道を辿ったことを。そしてそんな愚かな剣士の顛末を、せいぜい教訓にしてください。過ぎた欲は身を亡ぼす、己の手に収まる幸せで満足すべきだ、って)

 瞼を閉じ、カレオは小さく唇を動かした。「……どうして俺は、満足しなかったんでしょうね……」と呟いた声は、ざわついている観衆の声に掻き消されて誰にも届かない。

 果たして自分の人生は不幸だったのか。そう問うたときにカレオはどう答えていいかわからない。王座に返り咲くという一族の悲願が果たせなかったことはこのうえない不幸だろう。けれど振り返った人生は、偽りのない感動と笑顔に溢れていた。