「――こうして剣士は今も愚かな夢を見ながら、ひとりでのらりくらりと暮らしているのでした」

 暖炉の前の揺り椅子に移動したカレオが、のんびりとした口調で物語を締める。体が温まって眠くなってきたのか、欠伸をひとつ零した。

 そんなカレオとは対照的に、サマラは目を大きく見開いて言葉を失っている。なんと言葉を発していいのかわからない。

(……ゲームでもカレオは自分の出生について悩んでた。でもそれは自分が亡国王家の末裔だと知られれば命を狙われるかもしれないから妻子を持てないという悩みであって、リリザに出会って運命に立ち向かう勇気を持てた……ってストーリーだった。祖国を大切に思っている描写はあったけど、こんなふうに復権を望んでいたなんて、ゲームにはなかった。……全然違う。私がストーリーをいっぱい変えちゃったからカレオの運命も変わっちゃったの? カレオはリンピン国王家の復権を望んで……どうするの?)

 険しい表情をしたまま固まっているサマラに、カレオは「ははっ」と短く笑って手を伸ばし頬をつついてきた。

「そんなお顔しないでください。おとぎ話ですよ、サマラ様。どこか遠い異国の愚かな剣士のおとぎ話です」

 そのとき、部屋にノックの音が響き扉からブラウニーが入ってきた。

「カレオ様。お風呂のお支度が整いました」

「ありがとうございます」と言って椅子から立ち上がったカレオは大きく伸びをしてからサマラを振り返る。

「それじゃ、このやっかいな匂いを落としてきましょうかね。サマラ様はそろそろお休みの時間ですか。風邪をひかないように、温かくして寝てくださいね」

 いつもと変わらぬ温和な笑みを浮かべ、カレオは「おやすみなさい」と手を振って部屋から出ていった。

「……おやすみなさい」

 ひとり残された部屋は静まり返り、暖炉からパチパチと薪の爆ぜる音がする。
 サマラはまだ頭の中がまとまらず、そこに立ち尽くしていた。

 窓の外は黒い幕が降ろされたように真っ暗で、冬の冥府の神がこちらを窺っているような気がする。ゾクリと背筋を震わせ、サマラは魔よけのお守りとして持っていたイチイの葉をポケットの中で握りしめた。


 ――あとになって考えれば、それを語ったときすでにカレオの覚悟は決まっていたのだなとサマラは思う。

 夜も明けきらぬ早朝に尋常ではない様子で庭に竜を召喚したディーが、駆けつけたサマラに「カレオがリンピンで捕まった。救出に行く」と告げたのは、それからわずか半年後のことだった。