振り返っていた春子は、再び勝俊に背を向けた。
 (自分から結婚を持ち掛けておいて突然婚約だなんて……一体何のつもり?)
 「この結婚は僕が持ち掛けたものだ、だからこそ身勝手かもしれないが……」
 「最初から全てが身勝手ですよ……あの公園で会った時から」
 「君の言う通り、僕はあの時から身勝手だったかもしれない」
 勝俊は春子の背後から目の前へ歩きながら話す。
 「その証拠に、僕は春子さんの気持を考えずにここまで来てしまった。本当に馬鹿だと思うが……心に余裕が無かったんだ」
 「……何故、そこまでして私と結婚しようとするのですか?」
 二人の視線が重なる。
 「この結婚の本当の目的は?私の感情を無視しているとご存知で、どうして私にそれを早く言わなかったのですか?どうして私でなければならないのか、今でなければならないのか……私には、もう……」
 次々と頭上に浮かぶ疑問を口にする春子だったが、突如としてその声が途切れた。
 「君のことが好きだからだよ、春子さん」
 「……」
 いつか彼に身を委ねた日を思い出した春子の頬が紅潮する。
 ぎゅっと抱きしめられながら、大きな鼓動を感じる。
 (ここまで実直に自分の気持ちを伝えてくださっているのに、それに応えないのも不躾(ぶしつけ)かしら)
 こんなに自分のことを想ってくれている人は彼だけかもしれない。
 無論長いあいだ清士に好意を抱いていた春子だが、その思いは本人に届かなかった。
 自分の願いは叶わなかったが、今度は自分がこの人の願いを叶えてあげなければならないのかもしれない。
 「結婚、しましょう」
 勝俊は驚きのあまり動揺を隠せずにいる。
 「け、結婚?」
 「ええ」
 「……婚約でなくて良いのかい」
 「はい」
 「春子さん……僕は世界一の幸福者(しあわせもの)だよ」