今日は何を持って来てくれるのだろう?
 確か、昨日で卵黄の醤油漬けは終わったと
言っていた。

 そんなことを思いながら、駐輪場と建物の間
の通路を歩けば、沈んでしまいがちな気分も少
しだけ浮上する。満留は爽秋の風に靡く髪を軽
く掻き上げると、中庭で待つ満の元へと急いだ。

 「こんばんは、満くん」

 木の幹に背を預け、ベンチに腰掛けている満
に声を掛けると、彼は振り返り「お疲れ」と笑
みを返してくれた。暗がりの中に満の笑みを見
つけた瞬間は、いつもほっとしてしまう。


――もし、満くんがいなかったらどうしよう?


 そんな不安が、心のどこかにあるからかも知
れなかった。満留は特等席のように空いている
満の隣に腰掛けると、帆布のトートバッグを膝
に載せた。すると、何を話そうかな?と思うよ
り先に、満から話しかけてくれる。その声は、
涼夜に溶けそうなほど穏やかだ。

 「お母さんの具合はどう?」

 そう言って心配そうに満留を覗き込む彼に、
満留は「うーん」と、複雑な笑みを浮かべた。

 「特に変化なし、って感じかな。相変わらず
ご飯も食べられないし、少し氷で喉を潤す以外
は、ほとんどうとうとしてる」

 「そっか。それは気が重いな」

 満留の憂鬱そうな顔を見て、満は眉を顰める。
 昨夜、母から鍵を預かったことを涙ながら
に伝えたから、満も心配してくれたのだろう。

 ここに来て満に会うと、どうしても不安や
ら、悲しみやら、色んな感情を抑えることが
出来なくなってしまう。その理由は、彼が大
切なものを失う辛さを知っているから、とい
うだけではなかった。

 満は満留と同じように心に『孤独』を抱え
ていて……だから二人はここにいる。
 
 それは仲間意識というよりも、安心感。
 そして、出来るなら彼の孤独を理解したい、
受け止めてあげたいという、友情とも、恋情
ともつかない、不思議な気持ちがあった。

 ふいに、じゃり、と足音をさせて満が立ち
上がった。そのことを怪訝に思いながら満留
は彼を見上げる。すると満はジーパンのポケ
ットに手を突っ込み、にぃ、と悪戯っ子のよ
うな笑みを向けた。

 「実はさ、今日は満留さんの晩飯、持って
来てないんだ」

 「えっ?」

 「その代わりと言ったらなんだけど、特製
ビーフカレーを作って家に置いてきた」

 「ええっ!?」

 予想だにしないその言葉に、満留は思わず
声をひっくり返す。そんな満留の反応を予想
していたかのように、満は白い歯を見せた。

 そうして中庭の向こう、広大な敷地の外を
顎で指し示す。その方向を見やれば、川沿い
に面した駐車場と夜間通用口が見えた。