「妹崎先生って、見掛けによらずとっても
やさしいんですね」

 言葉通り、肩を貸してくれた妹崎にいつか
と同じ天邪鬼な物言いをすると、妹崎もまた、
いつかと同じように口をへの字にする。

 「アホ。見掛けによらずは余計や」

 丸メガネの奥の目を細め、大きな掌を満留
の頭に載せるので、満留の心臓は吊り橋効果
とは関係なく、とくりと鳴ったのだった。





 デジタルホワイトボードの使用法を妹崎に
サクっと教えて教務課に戻ると、満留は門脇
達と共にレセプション会場の準備に向かった。

 買っておいた食材を持ち込み、会場の中心
にテーブルをセッティングする。
 長テーブルを六つ合わせ、それに真っ白な
テーブルクロスを掛けると、四人で手早く買
ってきたオードブルや飲み物を並べた。後は、
壁側に椅子をいくつか並べれば、簡易的では
あるが立食パーティー会場が出来上がる。

 今回は来賓者が少ないから、片付けも簡単
に終わるだろう。

 「うん、こんな感じかな。ちょっとつまみ
ながら歓談できる場所を提供するだけだし、
桜井さん達はもう戻っていいよ。ウエーター
役は二人いれば足りるだろうから」

 腰に手を当て、会場を見回した門脇が満留
ともう一人、事務補助の女性に向かって頷く。
 入り口に教務課スタッフが二人立ち、ゲス
トを迎えれば十分事足りるということだろう。
 
 「わかりました。じゃあ坂本さん、戻りま
しょうか」

 「はい」

 満留は事務補助の坂本と共に大学会館を出
ると、教務課のある一般教育棟に入った。

 そこで化粧室に寄ることを伝え、坂本と別
れる。四時限目の講義が終わり、教務課窓口
が慌ただしくなる前に、用を足しておきたか
った。満留は化粧室の個室を出ると洗面台の
大きな鏡を覗き込み、両手で頬を包んだ。


――離したないなぁ。


 ふと、耳の奥に妹崎のかすれた声が甦る。
 いままで彼を意識したことなんてなかった
はずなのに、あの声を思い出すだけで、くっ、
と胸が苦しくなるのはなぜだろう?

 その理由を見つけられないまま、小さく息
をついた時だった。


 突然、隣から声が聞こえた。


 「すっかり彼のお気に入りね、桜井さん」

 聞こえた声にはっとして隣を向けば、柳が
小さなポーチを手に鏡を覗き込んでいる。

 いつからいたのだろう?

 満留は柳がいたことにびっくりして息を呑
むと、慌ててぎこちない笑みを向けた。

 「お疲れさまです、柳さん。えっと、いま、
何か言いましたか?」

 ぼんやりしていたせいで、柳が何と言った
のかまではよく聞こえていない。すると、柳
はポーチから色無しのリップを取り出しなが
ら、ちろりと鏡越しに満留の顔を見やった。