☆

 十月のクラブ展は、私が予想していたよりもずっとにぎわった。部員の家族や友達なんかの関係者だけじゃなくて、書店のお客さんの中にも、何かやっているの? と三階まで上がってギャラリーをのぞいてくれる人がたくさんいた。毎年楽しみにしているのよ、と言ってくださった年配の女性もいて、感激した。
 でも、最終日平日の夕暮れともなると、訪れる人はほとんどいない。受付の佐倉先輩と私もおしゃべり以外にすることがない。
 なのに、今日の佐倉先輩は会話が弾まない。まさか、藤枝さんが私の『告白』のことを佐倉先輩に話してしまって……とも心配したけれど、私に対してどうこうという雰囲気ではなかった。むしろ、私になんか全然関心がない感じがした。心ここにあらずで、質問にかみ合わない答えが返ってきたり、私が何を言ったのか聞いてなかったり、だんだん私も言葉少なになっていって……。
「私、飲み物、買ってきます。コーヒーか何か」
 とうとう私はそう言った。書店を出てすぐのところに自販機があるのはもう知っていた。まったりコーヒーでも飲んでいれば、しばらく会話が途切れても気まずくない。
「佐倉先輩も何か飲みます? リクエストあれば、一緒に買ってきますけど」
「ありがとう。でも、私は要らない」
 なので、私は、自分の分だけカフェオレを買った。やっぱり佐倉先輩の分も買った方がいいかなって、自販機の前で迷ったけれど、やめておいた。本当に要らなかったら、迷惑になる。後輩におごってもらうわけにはいかなくて、余計な出費をさせてしまうことになるだろう。
 そうして、冷たいカフェオレを持って受付に戻った私は、そこに座っているはずの佐倉先輩の姿がないのに気づく。
 パーティションの陰から展示場を覗いて、一枚の絵のそばに向かい合って立つふたりを見つけた。絵の横に立つ佐倉先輩と、後ろ姿を見せている学生服の男子。
 後ろ姿を見ただけで、男子が誰かは、すぐにわかった。硬質なラインの、端正な長身。モノクロームの華やかさ。
 男子の前には、緑のグラデーションがきれいな油絵がある。緑の片隅には男の子が笑っている──無邪気に、我が儘に。
 佐倉先輩は絵の横で、さみしげな笑顔で彼を見上げていた。
 私はふたりに背を向けた。そうか、佐倉先輩はあの人を待っていたのか。カフェオレを持って、そっと書店を出た。
 ふたりの物語の結末は、ふたりのもの。
 書店から少し離れた街灯にもたれて、私はカフェオレを少しずつ啜った。
 温かい方にすればよかったな、と思う。もう、そんな季節だ。いつの間にか日暮れが早い。街を彩った赤や黄色の葉はとっくに落ちて、風がどこかに運んでしまった。
 夕暮れの繁華街を歩く人たちはみなどこか忙しそうで、書店の自動ドアから出てきた彼の姿もすぐさま人の流れに紛れ込む。
 ずっと見送ってきたな、と思い出す。初めて会ったときも、花火まつりの夜も、金木犀の花の散るバスケットコートでも。
 でも、見送るのはこれが最後。
 唇の動きだけで呟いた。さよなら、と。