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「──ここにいたんだ、美雨」
 柊子の声がして、ふり返る。いつの間にか、ベンチの後ろに柊子がいた。
「昼休みにいなくなったきり、五時限目が始まっても教室に戻って来ないから、焦ったよ。先生には、保健室、なんてベタな誤魔化し、しといたけどさ」
 ベンチをぐるりと回って、私の隣にストンと腰をおとす。
 昼休み、あの人が座っていた場所だ。
「あーあ、お花に埋もれちゃって」
 そう言われて、スカートに金木犀の花がたくさん落ちているのにやっと気づいた。またひとつ、花が膝の上に落ちてきた。きっと、肩も髪もほろほろと散ってくるオレンジの小さな花だらけになっているんだろう。お花に埋もれちゃって、と言われてしまうくらいに。
 花に埋もれた自分の姿を想像して私はくすっと笑ったが、私の顔をのぞき込んだ柊子はハッと声を低めた。
「……美雨、泣いてたの?」
 ああ、拭かないで自然乾燥だったから、涙の跡が残っているかも。
「なんで……」
 尋ねかけて、柊子は表情を強張らせた。
「あの、私が、昨日、泣いて、ヘンなことを言っちゃったから? そのこと、気にして?」
 あわてて聞いてきた柊子に、ううん、と首を振る。
「私、失恋しちゃった」
「え、誰に」
 失恋、が柊子には余程意外な答えだったんだろう。驚きのあまり聞いてしまった、という感じだった。
 すぐに唇を指先でふさいだ柊子に、私は小さく笑って告白する。
「藤枝さん」
「藤枝さん? ……って、元男バスの藤枝さん? 三年の?」
 柊子はまたびっくりする。でも、
「美雨、藤枝さんのことが、好きだったの?」
「うん」
 頷くと、
「そうだったんだ……ああ、うん、でも、美雨は、藤枝さんだね」
 妙な仕方で納得した。
「何? 私は藤枝さんって」
 不思議に思って、聞いてみる。すると、
「あのふたりだったら、私は川崎さんだけど、美雨が好きになるのは藤枝さんだね、ってこと。藤枝さん、浅羽に似てるから」
 今度は私がびっくりする番。
「拓南に?」
 どこが、と聞きそうになった。高校生になっても子どもっぽいところのたくさんある拓南と、落ち着いた雰囲気の藤枝さんと。だけど。
 ……ああ、そうだ。あの人も、拓南も、我が儘にまっすぐな男の子。
 柊子が金木犀を見上げ、うーん、と唸っていた。
「うーん、例えばね……友達と同じ相手を好きになったとしてね、浅羽や藤枝さんはきっと自分の気持ちに正直に動くの。でも、川崎さんは……相手の気持ちやら何やら考え過ぎて、煮詰まっちゃうタイプ」
 私はまじまじと柊子を見た。
「──柊子、何か、すごい」
 そお? と、柊子は笑う。
「ずっと見てたからねえ、川崎さんのこと」
 見ているだけで終わりそうだけど──と、続きを空に向かって呟く。
 私も視線を上へと向けた。
 緑の葉の間から、オレンジの花はつぎからつぎへと降ってくる。ほろり、ほろり、と。
「……すごい匂いだね、これ」
 私は呟いた。落ちてくる花の香りに埋もれながら。甘い香りに、髪も体も、心まで染まりそうだ。
 柊子は、隣で、黙って空を見上げている。
「大人になっても、金木犀が咲くたびに、今日を思い出しちゃいそうな、匂いだね……」