「凪夏ちゃん」


その声にハッとした。

膝にウサコを抱え撫でたまま、ずっと思い出をなぞっていた。

ウサコを解放し振り返ると、鶴乃ちゃんが何かを悟ったようにこちらに視線を投げ掛けていた。


「凪夏ちゃんってさ、居なくなったなぁって思うと大抵ここにいたよね」

「そうだね」

「私...分かった気がする。凪夏ちゃんがここに来ていた理由」


鶴乃ちゃんはしゃがみ、両腕を広げた。

ピョン吉が飛び込んでいく。

あたしは君ほど素直じゃない。

真っ直ぐに生きたいと願う程に蛇行していく。

そんな、不器用な人。

だから...


「伝えなくていいの?」


伝えられない。

勇気とかそういう問題じゃない。

勇気はあった。

何度か伝えようと思って話しかけたり、電話しようと思った時もあった。

けど、やっぱり違うって結論に至った。

あたしが気持ちを伝えることで2人の関係を変えてしまう、なんて大それたことは思わない。

なんて思いながら、頭の片隅に躊躇する心があったんだろう。

あたしの恋心を知った日葵と元の関係のまま居られる自信も彼の前で平静を装える自信もあたしにはなかったんだ。

あたし...弱虫だったんだ。

そんな弱虫には弱虫なりの考えがあって、何があってもそれは変えられない。

あたしは足首にすり寄ってきたウサジローの首を撫でながら言った。