そう思って手足に力を入れようとした、その時だった。


「あの...大丈夫ですか?」


頭上から声が聞こえて、あたしはハッとして顔を上げた。

あたしの目の前にあったのは、どこかで見たような気がする男子の顔だった。


「あ、はい。大丈夫です」


あたしは残っていた全身の力を集約し、立ち上がった。

お尻をパンパンと右手で叩いていると、彼は再び話し出した。


「もしかして、1組の雨谷さんですか?」

「はい、そうですが」

「オレは5組の矢吹晃太です。雨谷さんのクラスの弓木くんと渡来さんと同じ弓道部だったんですけど、ご存知でしたか?」


そう言われて思い出した。

去年の体育祭の時のリレーで弓木澪夜と張り合っていた人だと。

結局は彼が勝ったけれど、この人も弓道部のわりにはかなりの俊足で驚いた記憶がある。

あたしがそのことを話すと、彼は不気味なくらい満面の笑みでこちらを見てきた。

それからあたし達は駅まで一緒に歩いた。

彼はその間中、ずっと何かしら話題を持ち出して来ては1人で喋っていたけれど、あたしの耳は右から左へと受け流すように出来ていて、ほとんど内容は覚えていない。

だけど、何か引っ掛かるものがあった。

奥歯に魚の骨が刺さって取れない時のような違和感を彼の言動から感じた。

その正体を考えていたらあっという間に時間が過ぎ、電車がバイト先の最寄駅に到着した。

電車から降り、改札を抜けると目の前に大きな空が広がっていた。

茜色の夕空が瞳に焼き付く。

このままずっと見ていたいと思えるほどに美しい景色をあたしは瞳でもスマホのカメラでも捉えた。

うまく撮れず、映り込んだハレーション。

あたしは記憶と重なる景色に脳裏が疼いているのに気づきながらも、太陽に向かって足を動かし始めた。


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20×3年8月3日

天気晴れ

日葵の誕生日。

2人が幸せそうで何より。

なんて嘘。

どうしたらいい?

それと、気になる人物が現れた。

彼に感じた違和感は、何?