「どちら様ですか？」


あたしがノックをしかけたところで背後から声が聞こえた。

振り返るとそこには、先ほどまで舞台で多彩な表情を見せていたヒロインの紅野琴葉さんの姿があった。

あたしは咄嗟に頭を下げた。


「あたしは純光高校2年の雨谷凪夏と申します」

「雨谷、凪夏...」


紅野さんはあたしの名前を呟くとあたしの顔をじっと見つめた。

まさか...

冷や汗が背中を一筋通う。

紅野さんがあたしに1歩、2歩と近付き、そして口を切った。


「絆奈ならいないから、帰って下さい」

「いや、でもさっき終わったばかり...」

「いませんから。絆奈はこの向こうにはいません」


あたしはこの態度と言葉から、紅野さんはあたしと絆奈の過去を知っていると判断した。

無理に刺激しても追い払われるだけ。

なら、せめて...

せめても、謝らなきゃ。

あたしは腰を下り、さっきよりも深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。でも...会いたいです。会って話がしたいんです。ですから一目だけでも...」

「いい加減にしてっ！」


あたしは紅野さんに肩を掴まれ、そのままドアとは反対側の壁に突き飛ばされた。


「...っ」

「あなたのことは絆奈から聞いた。絆奈にとってどれだけあなたが大きな存在だったのか、ワタシには分かる。けど、あなたは絆奈を裏切った、見捨てた！虐められてた絆奈を助けて偽善者ぶってただけでしょう？！」

「違う、そんなんじゃない。あたしは絆奈のことが本当に大切で、今日だってちゃんと謝りたくてここに来た。だから...」