胸の動悸を抑えるのに精一杯で萌恵の軽音部の演奏なんてまるで耳に入らなかった。

舞台上が暗転し、楽器が片付けられ、演劇部の大道具が運び出される。

あたしは手汗でしわくちゃになったプログラムを開いた。


萌恵学園高等部演劇部

演目"Fate&Destiny~重なる2つの運命~"

脚本 2年桜組 白石絆奈

木咲春名役 紅野琴葉

牧原夏梅役 白石絆奈


あたしが絆奈の名前を穴が空きそうなほどにじっと見ていると、ブーーと開演の合図が鳴った。

舞台の中央に並べられた2つの机にスポットライトが当たる。


「もし、この世界に運命があるとするならば...」


ナレーションは事前に撮っておいたものだとすぐに分かった。

なぜなら、ナレーションの声は、記憶の箱に大切に保管しておいた絆奈の慈愛に満ちた柔く穏やかな声で、舞台上でスポットライトを浴びている彼女も...絆奈だったから。


「たとえ、その運命が残酷だとしても、私は乗り越えていきたいと強く思うのです」


絆奈の隣にいる主役の生徒...紅野(くれの)さんの口から言葉は力強く放たれた。


「なぜなら、運命は自分の手で切り拓くものだから。あたしはそれを...知っている」


そう口にしたのは、絆奈だった。

あたしの記憶の中の絆奈より何倍も大人びて凛としている。

けれど、その瞳の奥から放たれる光や透けて見える心臓の青い焔はあの頃のままだった。


「絆奈...」


パンフレットがくしゃっと音を立てた。

歯を力強く食い縛った。

それでも、溢れてくる想いを止めることは出来なかった。

あたしにはこんなにもたくさんの想いが零れても受け止められる器がなかった。

零れ落ちる音をただ聞いているしかなかった。

不規則に落ちていく音さえも懐かしくて心地よく感じた。