『闇堕ちこそ正義なの 〜アナタの心を鷲掴み〜』の発売から数ヶ月──。

 Mの売り上げ部数は……数兆にまで膨れあがっていた。本を購入すると魔性の力で、ほかの人に買わせる。悪魔のような売り方で、今や世界に名を刻んでいた。

「今なんと言ったんだ……。冗談……にしてはタチが悪すぎだぞ」
「冗談ではありませんよ? 社長の座を私に譲らなければ独立する。そう言ったのです」

 出版社の最上階にある玉座の間。そこはMの売り上げで黄金色に染まっている。別名……M御殿と内々では呼ばれていた。

 今や出版業界でトップを走る出版社。その社長を作家という小さな存在が奪いに来たのだ。想定外の事態に社長は狼狽えてしまった。

「バカな……。たかが作家の分際で、この私に盾突くというのか!? そんなことをして……この業界で生き残れると思うなよっ」
「ふふふ、果たして……どちらがバカなんでしょうね? 社長しかいない出版社に、未来などありませんのよ?」
「な……そんなこと、あるわけないだろう。消えるのはキサマなのだからなっ」
「それが、遺言でよろしいですか? 分かりました、では……」

 まったく動じないMは、ひと動作だけしたのだ。右手の指を鳴らす、ただそれだけ……。その音で社長室のトビラが開き、全社員が部屋になだれ込んできた。

「お、お前たち! この神聖な場所へ何しに来たのだ。ここは、下賎な者が立ち入れる場所ではないのだぞっ」
「社長……M様にその座を譲らなければ、我々はアナタの元を去ります。もちろん、全員ですよ? イエス・ザ・マショウ!」
『イエス・ザ・マショウ!』

 訓練された兵士のように、一糸乱れぬ掛け声が社長を追い詰めようとする。今この部屋に社長の味方など……まったくいない。

 クーデターとも取れる彼らの行動に、強気な態度が音もなく崩れ落ちる。そう、この出版社には……社長の居場所などとうの昔になくなっていた。

「くっ……せっかく、せっかくここまで来たというのに! おのれ……この屈辱は決して忘れぬぞ」
「では、私に社長の座を譲ってくれる、というこですね? ふふふ、ありがとうございます。さっ、アナタたち、元社長がこの部屋から去っていくわ。最後くらい……華を持たせてあげなさい」
『イエス・ザ・マショウ!』

 Mの言葉で左右に別れた社員たち。その真ん中を通り、元社長は出版社から去っていく。その姿はどこか寂しかったが、誰も声など掛けようとしなかった。

「これが社長の椅子……なのね。ふふふ、書籍化から始まり会社を発展させ、社長の座につく。これほどの幸せなどありませんのよ」

 前代未聞の事件であった。魔性の力を持った十八歳の少女。その力で書籍化だけてはなく社長の座まで奪い取る。果たして、彼女はこれで満足するのであろうか……。

「私の真名は──。さぁ、傀儡たちよ、この名を広める方法を考えるがよい。この私こそが魔性の女よ。すべての者たちよ、私の前に跪きなさいっ!」