Mの書籍化は順調であった。この編集部には彼女に逆らう者など存在しない。すべての労力が彼女へと注ぎ込まれていた。

 ──出版社のHPにて。
 「超大型新人現る! すべての編集者が絶賛した彼女のデビュー作『闇堕ちこそ正義なの 〜アナタの心を鷲掴み〜』が来春発売される。誰も考えつかなかった異色のラブコメ。現在、問い合わせ殺到のため、完全予約販売」

「いい宣伝じゃないの、編集長。私は満足しているわよ。これでラノベ界初の兆越え間違いなしだわ」
「ありがたき幸せにございます。イエス・ザ・マショウ!」
「そうそう。あの大物作家をここに呼んでくれるかな? それで……アナタの役目は、お、し、ま、い、よ?」
「そ、そんなこと言わないでください! 妻子を捨て全財産をM様に捧げたのですよ!? イエス・ザ・マショウ!」
「だって……アナタができそうなこと、ないんだもん。それに、編集長って……私のタイプじゃないのよねっ」

 わずか十八の少女にすべてを毟り取られたのだ。家族も、財産も、人生もすべて……。だが、編集長は決して落胆などしていなかった。なぜなら──。

「そ、そうですか、分かりました。M様の糧になれたことを誇りに思います。イエス・ザ・マショウ!」
「ありがと。私、素直な人は好きよ? アナタではないけれどねっ」
「もちろんでありますっ。イエス・ザ・マショウ!」

 彼は心を鷲掴みされ、Mの踏み台となれたことを誇りに思っていた。荷物を纏め部屋から去っていく元編集長。彼の人生は……Mのラノベを買い漁る消費側として余生を送るのだ。

 元編集長が去ってから数時間後。
 元勇者の大物作家が、Mの呼び出しに駆けつけてくる。一秒でも早く彼女に会いたと、全力疾走でここまで来たのだ。

「M様、僕に大切な用事があると聞きましたが、それはなんでしょうか? イエス・ザマショウ!」
「そんなに難しいことではないの。アナタのファンに、私の作品を推してもらいたいのよ」
「それはお安い御用ですが……。M様の魅力が、僕のファンごときに伝わるか不安なのです。イエス・ザ・マショウ!」
「そこは安心していいのよ? だって、この本には……私の力を封じているのだから」

 印字された文字にも、魔性の力が込められている。つまり、この本を読むだけで……Mの虜となってしまう。そうなったが最後、魔性の傀儡となりほかの人へこの本を勧めるのだ。

 永遠に続く連鎖が、彼女の売り上げに貢献する。もはや、中身に関係なく売れる打ち出の小槌。印税ウハウハ生活が約束されるのだ。

「分かりました。僕のファンに、M様の作品を買わせてみせます。だから、安心してください。イエス・ザマショウ!」
「ありがと。優秀な人は大好きだよ。お礼に……私の右腕にしてあげます」
「ありがたき幸せ。僕は一生M様に尽くすことを誓います。イエス・ザ・マショウ!」

 こうして、魔性のデビュー作は歴史的快挙を成し遂げた。ラノベ一巻だけで……数百億という部数を売り上げたのだ。