「どんな感想よ、それ」

 小川の冷静な突っ込みにほっとする。

 そうだこのまま他愛ない話で、この場の空気を入れ替えて、いつもと同じに戻すんだ。そう考えるのに、言葉がちっとも浮かんでこない。それどころか、今更ながら彼女の手首の細さを思い出し、妙に鼓動が早まってきた。俺、なんか変だ。

「森ー、今度の試合のことなんだけど」
「おう。今行く」

 江崎の声が教室の端から聞こえたから、反射的に答えて勢い良く立ち上がった。助かったって思ったけれど、うつむいたままの小川を見てびくっとする。そう言えば手を離してからずっと、小川と目が合っていない、かも。

 彼女のつむじを見つめながら、どんどんと不安になってきた。無神経に踏み込みすぎて、呆れているんだろうか。だからもう、目を合わせようとしないとか。

「もしかして、怒った?」

 恐る恐る聞いてみる。

「へ?」

 予想に反して小川は気の抜けた声を出し、思わずといった様子で俺を見上げた。その顔が真っ赤で、瞳がなんだかうるんでいる。

 頼りない表情。メガネを外した、小川の素顔。

「嫌がっていたのに、じろじろ見たから。ごめんな」

 先に考えていた言葉を口にする。けれど全然別の事を考えていた。
 
 どうしよう。小川のことを、触りたい。今すぐ、無茶苦茶に触りたい。
 
 髪の毛ぐしゃぐしゃになるまで撫でて、ほっぺた思いっきり引っ張って、最後にぎゅって抱きしめたい。やっぱり扱いがリスとかハムスターと同じだけれど、無性にそういうことしたくてたまらない。

 思わず手が動いたけれど、ぎりぎり直前になって理性が働いた。ぽんぽんと小川の頭を二回撫でて、教室の端へ歩いていく。指先に、彼女の体温が残っている。頭の中、いつまでもあの表情が浮かんでいる。

「……なにやってんだよ、俺」

 頬が火照っているのを自覚して、つぶやいた。

 熱は当分冷めそうにも無かった。