「それじゃあ、すぐにでもブレイブのところへ向かいましょう。あ! そうだ。近づいて欲しいんだけど、遭遇しちゃダメだからね。私がブレイブの後を追っていたり、手助けしようとしていたりするのは秘密なんだから」
「なんだと? 本当に訳が分からないことが多いな。アリシアとブレイブというものの関係は。しかし、アリシアがそういうなら、気づかれない距離までで近づくのをやめるは問題ない」
「あ……でもアメちゃん凄く大きいじゃない? 結構離れないと、すぐにバレちゃうんじゃないかな?」
「うん? 大きさなど、どうとでもなる。ほれ。これなら問題はあるまい?」
アメちゃんがそう言うと、突然目の前からアメちゃんが姿を消した。
「どこを見ている。こっちだ、こっち」
「え? ……きゃー‼︎ 何これ⁉︎ 凄く可愛いー‼︎」
声のした方、地面に目線を下げると、そこには子犬の大きさに縮んだアメちゃんがいた。
あまりの可愛さに、私は抱きかかえ、温かい腹部に向かって顔を埋める。
もふもふもふもふ……
「こ、こら! それはさっき、もう気が済んだのではなかったのか⁉︎」
「むー! もーきさあいがうからえつあらー‼︎(大きさが違うから別腹)」
あー気持ちよかった。
再びアメちゃんでもふもふしてご満悦の私は、さっきなんの話をしていたか思い出すのに、ちょっとだけ時間がかかってしまった。
その様子を見ていたアメちゃんが、何故か胡乱げな視線を私に投げかけてきていたけど、気にしないことにしよう。
「とにかく! ブレイブのいる場所が分かるなら問題ないね! あ、そういえば。聞くの忘れていたけど、アメちゃんはなんで怪我してたの?」
「おい……さっきから話が一向に進まんが、大丈夫か……? まぁいい。我の傷はな、この一帯に突如現れた、アダマンビートルという魔獣に付けられたのだ」
「アダマンビートル? 神獣様を瀕死にしちゃうような強い魔獣なの?」
「相性が悪くてな。我の持ち味は素早い動きと、鋭い牙や爪なのだが。アダマンビートルは動きが極端に遅い割に非常に硬いのだ。何度か攻撃を仕掛けてみたが、その硬い甲殻に阻まれて、致命傷を与えることができなかった」
アメちゃんがどの程度の神格を持つ神獣なのかは分からないけれど、少なくともそこらへんの魔獣や聖獣よりもずっと強いはずだ。
そんなアメちゃんが敵わなかったというのだから、アダマンビートルというのは、下手な群れの主よりもずっと厄介に違いない。
「それって、近くに居るの?」
「そうだな。運悪く、頭の先に付いた角の一撃で致命傷を受けてしまったため、避難したのだが……ちょうど、方角的には【導きの灯火】が指し示す辺りだな……」
「え⁉︎ 大変‼︎ もしかしたら、ブレイブたちがそんな危険な魔獣と遭遇しちゃうかもしれないじゃない! アメちゃん! 急ごう! ブレイブたちが出会すより先に、アダマンビートルを倒すよ!」
「ほう……口では興味がないと言っていたが……では、我の背に乗れ! 瞬きをする間に、アダマンビートルの元へと連れていこうぞ‼︎」
第16話
私はアメちゃんの背中に跨ってみた。
短い脚がちょっとだけ浮かんでいるけれど、乗り物というには心もとない。
ちょっと見た目にもシュールなんだけど、この格好でいいのかな?
そう思ってたら、私の乗っている乗り物、つまりアメちゃんの身体が徐々に大きくなっていった。
「わー! 高ーい‼︎ 凄ーい‼︎」
大きさはさっきの大きさと元の大きさのちょうど中間くらい。
それでも視界がずいぶん高くなり、私は興奮する。
「移動中は結界を我の周りに作るから、適当に毛に掴まっているだけで良いぞ。では……いくぞ!」
「わ、わ! 速い! 速い‼︎」
ビュンビュン景色が流れていく。
馬に乗ったこともあるけれど――ブレイブと一緒にだけど――それよりももっと速い。
しかもアメちゃんが作ってくれた結界のおかげか、一切の風圧も揺れも感じず、乗り心地も格別だ。
馬車や馬は歩くよりも速いけれど、お尻が痛くなっちゃうからね。
「もうすぐ着くぞ」
「え⁉︎ もう?」
走り始めてからそんなに経った気がしない。
ちょっとだけ忘れてしまっていたけれど、やっぱりアメちゃんは神獣なんだな。
「あ! あの黒くてでっかい虫みたいなのがアダマンビートル⁉︎」
私の目線の先には、六本足の黒い甲殻を背負った巨大な昆虫がいた。
頭の先には先端が二つに枝分かれした、立派な角がある。
大きさは小さな家くらいあるだろうか。
確かにこんな大きさな虫の甲殻なんて、相当丈夫に違いない。
「そうだ。動きは遅いが、とにかく甲殻が硬い。あの角も厄介だ。甲殻と同等の硬さを持ち、首を振る速度だけは素早いからな」
「うーん。あんなのブレイブたちだけじゃ、倒すの難しそう! えっと、まだ距離があるのかな?」
私の額からは未だにブレイブたちがいる方角を指し示す光の線が出ている。
その光は、アダマンビートルを貫き、さらに向こう側へと伸びていた。
「光の太さと強さで大体の距離も分かるぞ。その光だと、戦いの激しさによるが、気付かれる近さにはいそうだな」
「え⁉︎ それはまずい! さっさと倒して、隠れないと‼︎」
そこで私は重要な問題に気がついた。
重くて大きくて邪魔だという理由で、破城槌を小さくしてしまったのだけれど、戻し方が分からない。
バイソーの時以上に、相手は大きいので、破城槌がなければ、攻撃が届かない。
困っていると、アメちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。
「どうしたのだ? 戦うならハノーファーがひつようであろう? まさかを元に戻さずに素手のまま戦う気か? その小さな身体で?」
「それがね……小さくしたのはいいんだけど、戻し方が分からないのよねぇ……」
「何? 小さくした時はどうやったのだ?」
「えーっと、うーんと。確か……小さくなれ! って言ってみたんだけど、何も起こらなくて……あ! その後、慈母神様にお祈りしたら突然小さくなった!」
アメちゃんの言葉でさっきの出来事を思い出す。
人に言われて話しながらだと、忘れちゃったことを思い出せること、あるよね!
そうと分かれば、私は髪飾りを外し、右手に持つと、元の大きさに戻れと願いながら、慈母神マーネスに祈りを捧げた。
すると、みるみるうちに手に重さを感じ、髪飾りが破城槌の大きさに戻った。
「やった! アメちゃんありがとう! これで戦えるよ! アメちゃん、私を降ろして‼︎」
「一人で行くというのか? 無謀だぞ! 如何なハノーファーといえど、アダマンビートルの甲殻を破るのは容易ではない‼︎」
「そんなのやってみないと分からないでしょ! それに、アメちゃんの上から破城槌で攻撃できるほど、私器用じゃないもの。それなら、自分の身体だけの方が信頼できる!」
「そうか……分かった。降りやすいように小さくなろう」
アメちゃんがさっきの子犬の大きさまで小さくなってくれたので、私は地面に足を下ろし、破城槌をアダマンビートルに向かって突きつけた。
それに呼応するように、アダマンビートルが、身体ごと私の方へと向きを変えた。
かなりの重量があるのか、アダマンビートルが動くたびに、大きな音とともに土埃が舞う。
私はバイソーのように、破城槌を突き出したまま、アダマンビートルに突進した。
ガ、キーン‼︎
硬い金属がぶつかり合うような音がして、私の小さな身体は弾き飛ばされてしまった。
慌てて体制を整えアダマンビートルの方を見ると、傷がついているものの、アダマンビートルは平気そうな顔をしている。
「それは無謀だ。アリシアよ。重さが違いすぎる。もっと速度があればなんとかなるだろうが……」
「速度か……うーん」
「昆虫は甲殻は硬いが、腹部は柔らかいと聞く。どうにかしてひっくり返すことができれば、なんとかなるかもしれんな」
アメちゃんがなんだかごちゃごちゃ言っているけど、ひとまず置いておいて。
私は速度を今より出す方法を考えていた。
確か、ザードが昔なんか言ってた気がするんだけど……
そうだ‼︎
「ねぇ! アメちゃん! アメちゃんって、どのくらい高く飛べる⁉︎」
第17話
「どのくらい飛べるだと? どういう意味だ?」
「だから、どのくらい高く飛べる? ちょっとお願いしたいことがあるの」
「よく分からんが、逃げ出すなら、別に地を駆けても問題ないぞ。言ったであろう? アダマンビートルは動きが遅いと。我の速さに到底追いつくことなどできん」
「だーかーらー! そうじゃなくて‼︎ どれだけ高く飛べるか知りたいの‼︎」
私はその場で地団駄を踏む。
アメちゃんはおろおろとしている。
「わ、わ! すまん! どれだけ高く飛べるか知りたいんだな! 鳥が飛ぶ高さくらいなら、訳ないぞ‼︎」
「ほんと⁉︎ じゃあ、ちょっと乗せてね。いいよ‼︎ アメちゃん、思いっきり飛んで‼︎」
私はさっきのようにアメちゃんに跨り叫ぶ。