「俺がしたアドバイスなんて、三澄が見たい景色を描いてみるのがいいんじゃない、ってくらいだよ。個人的に、筆に乗せる一番手っ取り早い感情は、——“欲”だから、って。だから上村さんにモデルを頼んだって聞いたときは、俺もまあ、驚いたよ」


とくん、と。

先生の言葉を頭で理解するよりも先に、なにか予感めいたものが、わたしの胸の内側をつついた。


「——さて、と」


ぐっ、と手を伸ばしながら、春野先生がおもむろに立ち上がる。

ポケットからなにかを取り出して、


「これ、ここの鍵。用が済んだら、出る時に閉めて、あとで職員室に返しにきてくれればいいから」

「え? あの……」


金属のぶつかる音を立て、机の上に置かれたのは、『美術準備室』と書かれた札のついた鍵。

わたしはますます困惑して、説明を求めるように先生を見上げた。


「そこの乾燥棚の一番下の絵、確認してみて。……誰にも見せたくないって言われたんだけど、……協力してくれた上村さんには、見る資格が充分にあると思うんだよね」


わたしは導かれるように、部屋の隅にある乾燥棚を視線だけで確認する。

そこには数枚のキャンバスが、仕舞われていた。


「お節介だったらごめんね。……でも。いい絵だな、って、俺は思ったから。誰にも見られずここに置かれたままなのは、もったいなくて」