「話って?」

先生は玄関を出たすぐの所で私を待ってました。

私が無理矢理連れ出したんだとしても、先生が待っててくれてる。
それだけで幸せでした。

「素敵な家ですね。」

「…それを言いに来たのか?」

「いいえ。」

「…お前さ。何考えてんの?」

「何って?」

「こんなことされて妻がどういう気持ちになるか分かってる?俺だって困るんだよ。」

「分かってるからやってるんです。」

「…頭おかしいのか?」

「それでもいいです。先生が私のことを考えてくれるなら。」

先生は深い溜め息をつきながら、その場にしゃがみました。

先生が動くたびに先生の影が揺れました。

「だから…なぁ…。謝るよ。俺がしたことは軽率だった。全部俺の責任だし、何も無かったことにしてくれなんて最低だよ。でもお前の将来の為にだってならないだろ?今日のことも水に流すよ。だから…」

「水に流してくれなくていいです。将来だってどうでもいい。私の人生には先生が必要なんです。私の人生に居てください。それだけでいい。私の人生に居るよって言葉だけだっていい。そしたら何も望まないから。私を無かったことになんてしないで。」

先生は私の目を見てくれませんでした。
見ないまま、「無理だよ。」って言いました。

私を忘れないだけで良かったのに。
憎しみでも怒りでも、私を先生の中に残してくれるだけでいいのに。

私の中に先生を刻み付けたのは先生なのに。