「訴えないでね」
わたしの左耳に触れる指先も、訴えないでね、と懇願した声も、微かに震えていて。わたしはそれに気付かないふりをしながら「訴えません」と断言した。
「大丈夫ですから、一思いにやっちゃってください」
言うと、わたしの左耳に触れる男性――アルバイト先の店長である佐原さんは、低い声で呻いて、短く息を吐いた。
「あのねえ、崎田さん。今から俺がやろうとしているのは、きみの身体に穴を開けることなの。その穴は半永久的に残るの。もうちょっとゆっくり心の準備させて……」
「でもあまり時間をかけると、店長の帰宅時間が遅くなりますよ」
「いや、その前にきみの休憩時間がなくなるよね」
「休憩時間のことは別にいいんですが」
話しながらもわたしの左耳には店長の指が触れていて。その非日常的な状況に、なんだか可笑しくなってきた。思わずくすくす笑うと、店長は「ああ、もう……」と呻いて、ついにわたしの左耳を解放した。
「あのねえ、動くと危ないでしょうが。場所がずれたらどうするの」
「ピアッサーをセットした状態で何分もそのままでいるほうが危ないですよね。まるで拳銃を突きつけられているみたいです」
「それはごめん……心の準備がね……」
「いいですよ、無理を言っているのはわたしですから」
笑いながら店長を見上げる。