以前スタッフのひとりが街中で彼を見たらしいが、一緒にいた複数人の男性が『申し訳ありませんでした!』と土下座しそうな勢いで謝っていて、青山さんは微動だにしていなかったという話も聞いた。

 先日も、電話で『俺のシマが荒らされてるんだ』と言っていたとかなんとか。そのせいで、彼は危ない組の人なのでは?なんて疑惑を持つスタッフまでいる。

 里実さんからすると、そういう危険そうなイメージも魅力的なようで……。


「でも、あの何人かっちゃってそうな冷たい目がたまらないのよね……縛られて見下されたい」
「どうなってるんですかその性癖」


 真顔でツッコんでしまった。里実さんは美人で料理だけでなくスイーツ作りの腕も見事なのに、発言が残念すぎる。

 そうこうしているうちに調理場からオーブンが鳴る音がして、里実さんは慌てて戻っていった。彼女は本当に眺めるだけで満足しているらしいのだ。


「私はそれほど悪い人だとは思わないけどな……」


 青山さんを横目で見つつひとり言を呟いた直後、「へい、お待ち!」とマスターがカップを差し出してきた。

 黄金のバランスだと称されるこのコーヒーからはナッツのような上品な香りが漂い、これだけで幸せな気分になれる。