かしこまった場からは解放されたものの、彼とふたりで大人のデートをするなんて初めてなので、また違った緊張に襲われる。でもそれすらも心地よく感じるのは、やっぱり彼が好きだからなのだろう。

 最上階に着いてエレベーターを下りた直後、三十歳くらいの男性がスマホを弄りながらこちらに向かって歩いてきて肩がぶつかった。

「きゃっ」と小さな声が漏れ、油断していた身体がよろめく。咄嗟に嘉月さんが肩を抱いて支えてくれて、心臓が跳ね上がった。


「おいおい、ちゃんと歩けよアンタ──」


 男性は軽く酔っているのか、うっすら赤くなった顔でうざったそうにこちらを振り向く。次の瞬間、嘉月さんを見た彼はギョッとした様子で固まった。

 どうしたのかと私も振り仰ぐと、嘉月さんがいつも以上に鋭く冷たい瞳で見下ろしている。遠くから地鳴りの音が響いているような、静かな迫力を感じて私も口の端が引きつる。


「……お気をつけて」
「すっ、すみませんでした!」


 抑揚のない低い声で告げる彼に、男性は勢いよく謝ってそそくさと逃げるようにエレベーターに乗り込んでいった。