その日をきっかけに、私たちの関係は微妙に変わり始めた。

 青山さんは挨拶をするときにも笑みを浮かべてくれるようになったし、少しずつ話をするようになった。

 といっても、『今日は天気がいいですね』とか『新しい種類のコーヒーが入りましたよ』とか、従業員と客の域はまったく出ていないが。

 初めて会話した日から二週間が経っても、まだお互いに名乗ってすらいない。意外と自然に名前を聞くのって難しくないだろうか。

 ただ、彼は時々店内のレトロな雑貨をじっくり眺めている。興味があるんだろうかと思うと話しかけたくなるけれど、緊張してなかなか勇気が出ない。

 もどかしさを抱きながら、今日もやってきた青山さんの姿を見て胸を高鳴らせる。いつも通りに接客をして、マスターがコーヒーを淹れている最中に私はあるものを用意する。

 小さなブロック型にカットされ、ココアがまぶされた生チョコレート。これを冷蔵庫から取り出しお皿に乗せていると、私のそばに里実さんがやってきてぴたりとくっついた。