試合をしているわけではなく、ただの練習だ。
 飛んでくるボールを打ち返す。
 交代するまで、ひたすら打ち返す。
 普段の魅惑的な笑顔ではなく、真剣な表情で練習している。

 わたし、全然蒼くんのことを、わかっていない。
 知らない。

 ファンクラブのひとたちのように、蒼くんを見つめていても――胸がドキドキしていない。
 逆に、胸の中がもやもやしてくる。
 言葉にできない、違和感。
 蒼くんのことを思うと、胸の中でもやもやが渦巻いてくる。

 でも、わたしが惹かれた歌を作った蒼くんなんだ。
 あの歌声に運命を感じた、わたしの感覚を信じたい……。

 こんな状態でわたし、蒼くんの彼女だって、ファンクラブのひとたちに胸を張って言えるだろうか?

「――あ、図書室の貸し出し係、行かなきゃ……」

 つぶやいたわたしは、その場から、そっと離れた。


 ――ほら。
 もう少し見ていたいなんていう名残惜しさなんて、感じないもの。