「紗南〜。急に立ち止まってどうしたの?早く教室に戻ろう」

「あ、うん」



今さっきまで菜乃花の腕を引いていた紗南だが、いつの間にか菜乃花に形勢逆転されていた。
急かされた紗南は団体から目を外し、教室に戻ろうと後ろを向いた瞬間。




紗南の背後から、《For you》の鼻歌が耳に飛び込んだ。



セイの鼻歌が紗南の耳に届き心を引き止めた瞬間、紗南の気持ちは激しく揺さぶられた。



「セイくっ……」



紗南は振り向きざまにセイの名を叫んだが…


無残にも閉まり行く視聴覚室の扉に…


あと少しの声が届かなかった。



ゆっくりと閉ざされていく扉は、まるで今の自分達の境界線のよう。


芸能科のセイと普通科の紗南との関係が、ここまでなんだと知らしめているかのように思えた。





もしかして、セイくんがいま私に向けて鼻歌を歌った?
もしそうだとしたら、セイくんは既に私の顔を…。




なかなか会えないもどかしさがキュッと胸を締め付けた。



一方の視聴覚室に入ったばかりのセイは、紗南に会えた満足感でフッと砕けた笑みを浮かべた。



「やっぱ、あいつ紗南じゃん」

「…え、紗南って?」


「んー、ひとり言」



友達の隙間から成長した紗南の姿を見たばかりのセイは、胸を熱くしながら紗南に会えた喜びを深く噛み締めていた。