ふたりは、ほとんどまともに会話らしい会話も交わせぬまま、一曲を踊り終えた。
そのままシャーリィは、新たにダンスに誘って来る男達を避けるように、ウィレスの手を引っ張った。
「出ましょう。外の空気が吸いたいわ。つき合って下さる?」
困惑するように眉を寄せるウィレスを、そのまま強引に外へ連れ出し、シャーリィは満月宮の姿がよく見渡せる前庭の庭園へ向かった。
雲一つ無い、満月の夜。
満月宮は月の光を浴びて、まるで宮殿自体が淡い光を放っているように見える。
これこそが、満月宮が「大陸一美しい」と言われる所以。
満月宮を形作るのは、リヒトシュライフェ特産の『月砂石』と呼ばれる特殊な石だ。
まるで白砂糖を固めたようにも見えるこの石は、日や月に照らされると、幾千もの光の粒を閉じ込めたように、きらきら輝いて見えるのだ。
「あなた、お名前は何と仰るの?」
「あ、私は……その……名乗れないのです。今は」
「ああ、そうでしたわ。『仮面舞踏会の夜に真実の名を問うなんて無粋なこと』でしたわね。では、名は訊かないことにいたしますわ」
あからさまに胸を撫で下ろすウィレスに、シャーリィは気づかれぬよう、ひそかに笑う。
「それにしても、ダンスの相手に私を誘って下さるなんて。光栄ですけど、他にお目当ての女性はいらっしゃらなかったの?」
「あの場に、あなたより美しい女性などいない」
きっぱり告げるウィレスに、シャーリィは一瞬きょとんとした後、破顔した。
「何故、笑うのですか」
「だって、おかしくて」