4月最後の登校日、授業はなくて、1日かけて球技大会が行われた。私はドッチボールに出場する。3年生になってから仲良くなったひかりとは競技が違い、バスケにすればよかったと後悔した。




ここ最近は、毎朝廊下をうろついても先生の姿を見られなかったから、絶対姿を見ようとバスケの応援に行くフリをして先生を探した。



体育館の外にある、所々サビついた砂の乗った螺旋階段をひかりと駆け上り、2階の観衆に紛れる。先生はステージの上で監督をしていて、自分のクラスに点が入るたび大袈裟に喜んでいた。
勝負の行方は先生の受け持つクラスがそのゲームは取り、ステージ下にいる生徒の目線に合わせるために、しゃがんで何かを話している。

先生は、向日葵の花が咲いたような、眩しい笑顔を2年生の子達に向けた。いつもは着ない黄色いTシャツを着ているから、向日葵のようだと思ったのかもしれない。






先生、クラスの人たちには、あんな優しい表情(かお)するんだ。きっと、よくやったな、とか、すごいな、とか、褒めてるんでしょう?


私だって、先生のクラスになりたかった。もし私が先生もつのクラスにいたら、その笑顔を向けているのは私だったはずじゃないかな。

嫉妬心に包まれて、死んだ魚のような目をして体育館を見る。先生見れば見るほど、私の表情が曇る。
時間があれば先生に近づいて写真を撮ろうと思ったけれど、初戦敗退せずに勝ち、準決勝に進んだドッチボールに出ないといけないため体育館をあとにした。

昨日までは殴り降りの大雨だったというのに、空はすっかり快晴で、雲ひとつない青空だ。それに反して今の私は曇天。天気と気持ちが反比例しているから、変な気分だ。
晴れているのなら特に日焼け止めが欠かさないから、下駄箱からグラウンドへ向かいながら、微妙な太さの脚や骨が浮き出る腕、首筋など、露出している部分に塗りたくる。

結局その試合は勝ち、昼食後に決勝が行われることになる。
初戦敗退したかったのにな。そしたらずっと教室で暇できるのに。

負けた相手チームには失礼だけれど、本当に負けたかった。日焼けもするし、地味に疲れるし、チームメイトの悠乃が何より怖い。
ボールに当たりでもしたら、とやかく言ってきそう。


昼休みが終わって、重たい足取りで昇降口に向かう途中、廊下で先生とすれ違った。

先生を見た瞬間、さっきの感情が蘇り、せっかく会えたというのに、知らん顔して、思い切り無視した。








こんにちはって、言えばよかった。







すれ違って、靴を出しながら、大いに後悔した。勝手に嫉妬して、無視して、最低だ、私。

外へ出ると、私の気持ちを代弁したかのように、先ほどまでなかった分厚い雲が出てきていた。今夜からまた雨が降るからだろうか。

試合が始まっても、先程の後悔が払拭できず、心ここに在らず、という状態であちこちから飛んでくるボールから逃げる。
相手は1年生だというのにすごく強くて、外野にボールがいくとぐるぐると回され逃げるのに必死だ。

先生、さっきはごめんね。


内心謝罪をして、ボーッとしていたら、顔面にかなり強くボールが当たった。
思わず両手で顔を覆い、痛みを感じていると、いろんな感情が混ざり涙が溢れ出る。

こんなみっともない姿をみんなの前で晒すのはごめんなのに、涙が止まらない。

2年生の審判の子が私に駆け寄り、大丈夫ですか?と聞いてくるが痛みが強くてうまく答えられない。ボールを当ててきた、1年生の子がすみませんでした、大丈夫ですか?と聞いてくるが、痛みと悲しみでうまく答えられない。

陣地から抜けるよう促され、担任の吉本先生が私に寄り添って慰めてくる。
観衆にいた、他の先生も私に寄ってくる。

一気に注目を浴びてしまって、恥ずかしさまで追加される。

すると吉本先生が、『いきなりボールが顔に当たって、ちょっとびっくりしただけだよな。テントで落ち着くまで、休もうか。』と逃げ道を用意してくれた。



鼻の痛みがジンジンと広がり、テントに入っても、涙と嗚咽が止まらない。どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないの。

もう高校生だというのに、ボールが当たったくらいで泣きたくなかった。



みんな必死に頑張っていたけれど、1年生の威力は強大で、決勝は負けた。
初めから初戦で負けていれば、ボールが当たることもなかったのに。と思った。

試合が終わり、両チームで挨拶が終わったのを遠くから見ていると、ボールを当ててきた子が駆け足で申し訳なさそうに私に謝罪をしてきた。さっきも謝ってきたから、もういいのに。

それなのに大人気ない私はそっけなく返事をしてしまう。

どうしてこんなガミガミしちゃうんだろう。
ガミガミしている自分は可愛くない、という持論で人と接してきたから、ガミガミしている今の自分がひどく嫌いだ。


いつからガミガミしてるんだろう、と考え直した時、先生の顔が頭に浮かんだ。
先生は、なんにも悪くないのに、先生のせいにしたくなった。


先生に、好きって感情抱くの、やめよう。
先生に、接触しないようにしよう。
もう、会わないようにしよう。
もう、この気持ちは封印するね。
先生、好きになれて、幸せだったよ。
久しぶりに恋ができて、楽しかったよ。
先生、ありがとう。




帰宅後、先生からもらって、大事に飾っていたリンツの茶色いお洒落な箱に入ったチョコレートを開封した。
箱に入っていた袋の中には強くアルコールの香りが漂う。9個も入っているから、余計に香りが強い。とても、いい香り。


包装紙を開けると丸くて大きいチョコレートが姿を表す。


甘くて、とても美味しいけれど、切なくて、苦い気持ちでいっぱいだ。






【マールド・シャンパーニュ。】


ブランデーの一種らしいチョコレートによって、私の身体は火照り、やがて眠りに落ちた。