冬特有の匂いを含む風を真正面からあたりながら、走る。せっかく朝早く起きてセットしてケープで固めた前髪が壊れてしまう。だから、持久走は嫌だった。
ノルマが4km。1年生のときに、他校は男子で3kmなのに、女子に4kmは鬼畜だとみんな口を揃えて言っていたが、慣れてしまえば苦痛は感じなかった。

1人で淡々と走るため、考え事をしながら走れば、あっという間にノルマに達成する。前髪が額よりも上に上がるたびに苛立ちを感じながら角を曲がった時、自分の目を疑った。いるはずのない人が、いる。先生が、一緒に持久走を走っていた。
先生は、世界史の、、社会科の、、先生だよ、ね。どうして?何でいるの?と疑問が募るなか先生を探すためにずっと地面ばかり見ていたのに、急に周りをキョロキョロしはじめた。

そして1km5分ペースで走っていたが、先生を見つけた私はわざとペースを落とし、先生が私の後ろに来るのを待つ。先生が後ろに来たタイミングで、そのペースを維持し先生の視界に意地でも入ろうとする。何度も先生が私を抜かそうと試みをするも、私もペースを上げて抜かさせない。

『私を見てほしい。』

そんな感情が湧いた。残り時間5分となったところで先生が急速にスピードを上げ遂に抜かされた。追いつこうと必死に走るも追いつかない。余裕たっぷりの先生はどんどん遠くへ行ってしまった。

『待って。私を置いていかないで。そんなに早く、いかないで。同じペースで、一緒に走りたい。先生の隣に並びたい。』

私の悲痛な叫びは届くはずがなく、先生の姿は見えないほど差がひらいてしまった。

ノルマの4kmを走り終えスタート地点でありゴール地点へ行くと、そこには走り終えた先生が息を整えながら、悠乃と楽しそうに話していた。悠乃はバスケ部だし、運動神経抜群で、持久走の学年順位も5位以内とかなり足が早かった。話の内容をこっそり拾ってみると、どうやら先生と悠乃は持久走で対決するのを以前から約束していたようだった。
先生は悔しそうにしながら、今回は負けたけど、次は本気で行くからなと次回の約束を悠乃に伝えている。


思い返せば、まだ社会科教室で世界史を受けていた時、私は萌音と1番後ろの席だったけれど、悠乃は教卓の真前で、先生とよく話をしていたし、2人の距離感は愛理と先生よりも、私と先生よりも、断然近いと思った。
何より悠乃と接しているときの先生をは楽しそうだし、それに、悠乃は成績も優秀で、世界史は5段階評価の5だと詩帆に言っているのを聞いたことがある。比べて私はせいぜい3だ。バカな女より、知的な女の方が魅力的だろう。この間まで私のこと意識してくれてるのかな、なんて思い上がっていた自分がアホらしく感じて自分を軽蔑する。冷静に考えれば私みたいな平凡な女に興味なんて湧かないだろう。たかがバレンタインにチョコレートを渡したくらいで意識するような中学生でもあるまいし。純粋な恋心が黒く染まる気配が漂う。私は一度スイッチが入ればなかなか切れない。今ならまだ引き返せる。走り終わった先生は汗で髪が濡れ、水も滴るいい男だったのに、黒い感情にまみれた私は直視することはできなかった。