「山野先生!ちょっといいですか?」



先生が社会科準備室へ入ってしまいそうになったとき、我慢できなくなった玲奈が声をかけ、私の背中を押してくれた。

突如送り出された私はアタフタしながら先生のそばへと駆け寄る。



「えっと、あのっ、えっと、いつも、お世話になってるので……えっと、バレンタインです!よかったら受け取ってください!」



カタコトの日本語を話しながらなんとか渡すことは成功した。しかし私はまだミッションを終えていない。欲張りなのは承知の上で先生にお願いをする。


「それと!!サインください!笑」



「え?なに?サイン?なんの?なになんかの契約書?」


先生は私のお願い戸惑いつつ照れ隠ししながら受け取った紙袋を覗く。

なんだか勘違いされているので持参してきた小さい色紙を見せると意味がわかったようで表情が柔らかくなった。



「サインお願いします!」




「ええ?なに。いち教員としての教員のサインがほしいの?」


「はい!先生のファンです!サイン!欲しいです!」



「ええ、じゃあここに山野涼でいいの?」



「あ、はい!できれば麗華へって書いてほしいです!」



「漢字?ひらがな?なにがいい?」



「あ、じゃあ漢字でお願いします!!」



「麗華いっぱいいるからなぁ。」


そういうと座席表を教卓から取り出して私の名前を書きはじめる。

「どうしたい?」


「えと、サイン、ください。」



「ちょー恥ずいんだけど!え、名前だけでいい?じゃあ」



「じゃ名前とメッセージで!」


「メッセージなにかく?」


玲奈が私に問いかける。


「メッセージはおまかせでお願いします!」



「ええ、うわあ笑 じゃ、世界史がんばってくださいで、いいですか?」


そう問われたわたしはコクコクと頷く。大好きな人の近くで、大好きな人と話が出来て、コミュニケーションがうまく取れないことに気づく。そして気が高揚した私が


「じゃこれ部屋に飾る!!」

と宣言すると、


「なんで?笑 ふふふ……」

と先生がこたえる。そして笑いながら先生はスラスラとペンを走らせ、書き終わると私に色紙を渡してくれた。


まさかこんなものを書く日がくるとは、と言いながら嬉しそうにしている。


「すみません。ありがとうございます!!」


「いえいえ、すみません笑」


「先生!あと、写真撮ってもらってもいいですか?



「写真?いいですよ笑」


「ありがとうございます!!」


「あ、じゃあわたしカメラマンになるよ。」


「ありがとう!!!!」

どうやら玲奈がカメラマンになってくれるみたいだ。ありがたい。


「せっかくならその色紙持ちなよ!」


「そうだね!」


「色紙、、笑 もーちょー恥ずかしいよー」


授業中の先生とは違ってプライベートな姿の先生は意外と照れ屋さんなようだ。なんだかすごくかわいく感じる。

「はい!いきまーす!はいチーズ……。おっけーです!」

玲奈が掛け声と共にシャッターを押し、撮り終わるとすかさず私が話しかける。

「あ、自撮りの方でもお願いします!」


「自撮りの方……笑 最近の女子高生は忙しいね笑笑」


そう言いつつ自撮りの方でも写真を撮ってくれた。

「撮れました!ありがとうございます!」


「よかったね!」


玲奈が私のことを応援してくれたおかげでうまくいった。すごくありがたい。


2人でお礼をしながら社会科室をあとにしたタイミングで、廊下で先生を待っていた悠乃が先生になにかを渡した声が聞こえたーーー






ミッションを成功させた私と玲奈は生物室へと足早に向かう。

2人っきりでお昼をたべるためだ。
本来なら教室でもいいところだが、新型コロナ対策で黙食をしなければならないから、教室が偉く静かだから、私たちの会話は丸聞こえになってしまう。


恐らく実験で濡れたのであろう水の跡が残る、抹茶よりも深いみどり色の机にお弁当を広げると先程撮った写真を玲奈からエアドロしてもらう。写真を撮っているときは緊張してそれどころでなかったため気がつかなかったが、先生は私の方に体を傾けてくれてる。
些細なことで好きが増す。

もうだめだ。本当に本当にだいすきだ。頭の中先生でいっぱいいっぱいだ。


あんなに推していたアイドルよりも山野先生のほうが好きだ。性格も系統も全然違う。
すごくハマってアイドルのオタ活してた自分がなんだか懐かしい。

私は先生とのやりとりの余韻に浸りに浸って、その後の授業なんて頭に入ってこなかった。