午前8時07分。



足早に階段を降り、昇降口に向かう。この時間は、先生が昇降口前の廊下に来る時間だ。


毎日その時間に合わせて、先生が通る廊下にある自販機で90円の缶コーヒーを買う。コーヒーを買うふりして、先生が来るのを待ち侘びている。


カラスがいたずらをする直前の時のように、不自然に周りを見渡しながら、腕を伸ばしてボタンを押すと、ピッという電子音とともにコーヒーがガタンという音を立てながら落ちてくる。



ーーああ、今日もタイミング、合わなかったなぁ。




と半ば諦めかけていたその時、数名の男の先生たちと共に、先生は来た。



先生がいると認識した私の体はすぐさま心拍数を上げたが、平静を装いスマホを鏡代わりにして前髪を櫛でとかす。

そして気持ちを昂らせた私は先生の顔を見ながら、おはようございます、と精一杯の笑顔を向け、にこやかに挨拶をする。


先生は目を合わせてはくれないが、ちゃんとおはよう、と返してくれる。私の周りに人はいないから、きっと私に挨拶を返してくれた、と都合よく解釈した。

先生は、挨拶しても会釈だけしかしないことが多いのに、私にはちゃんと言葉で返してくれた。それだけですごく嬉しさが増す。先生に会えた日は、今日も頑張ろう、と私の頑張る糧となる。先生とは今年はなんの関わりもない。高校生活最後の1年間、大好きな人と毎朝おはようございますと言えるか言えないかくらいの距離感なのはすごくもどかしい気持ちでいっぱいだ。