一通り遊び終えればもう夜の八時。

初めての友達とやる金魚すくいも、バリエーション豊富な屋台の食べ物もしっかり満足できた。

案外広かったため時間はかかったが、一通り回ることは出来たし、今回は成功だと思う。

最初に集合した鳥居の前で少し話してから、渚がまた声をかける。

「皆今日はありがとうー!今日はこれで解散だけど、男子はちゃんと女子を送って行くこと!」

「はいはい、渚ちゃんも進行役お疲れ様!」と皆が口々に言う。

渚は照れたように笑っている。

「じゃあ誰が誰を送るか決めてね」

そう言って渚は遥斗を見つめる。

遥斗は少しはにかんで、「俺、渚で。」と渚の横に並ぶ。

両想いになれたのかは知らないけど、渚のアタックは効いているらしい。

渚も嬉しそうにお礼を言って、遥斗と二人の世界に入ってしまった。

残りのメンバーもそれぞれ話している。

美香やその友達も一応話しているが、男子軍のタイプではなかったらしく、佐藤も大地も凛の方に体を向けている。

本命であった八瀬は遠くから見守っているだけだ。

余った人と行くつもりなのだろう。

あれから八瀬とは距離を置きながら歩いて居たから私は選ばないはずだ。

それに佐藤や大地に沢山話しかけていたし。

けれど…

「俺凛ちゃんでいいけどなぁー」

と佐藤。

「え、俺も凛でいいっすよ」

と大地。

「しょうがないよね」とコソコソ喋る美香達。

「二人に取り合いされるとかこまるなぁー」

得意の作り笑いをしながら内心困惑する。

どちらもタイプではなかったから一緒に帰りたくないけれど、八瀬は助けてくれなさそうだ…。

と思ったら、八瀬がのそのそ近付いてくる。

「美香さん達困ってますけど」

八瀬は美香達二人を指さしながら言う。

佐藤が振り向けば美香達は目が合い少し頬を赤らめている。

なるほどねぇ、と納得しながら見ていると、佐藤が美香の友達、有咲の方に寄って行った。

「ごめん、困らせたよな。俺有咲ちゃんでいいよ、大地よろしく」

佐藤は有咲の肩に手をかけていて、有咲はと言うと、もう好きなのがバレバレだ。

顔はいいけどどうも気に入らないので凛は興味がなかった。

二人とも渚と同じように自分達の世界に既に入っている。

そんな中「貰っときますわ」と答える大地を無意識に睨んでしまう。

女の子をモノ扱いする男には腹が立ってしょうがない。

大地が振り返った途端に視線を逸らすと、大地が「行こ」と軽々しく声をかける。

「あ…」

引かれる手を見つめながらゆっくりと足を進める。

何故こんなにも行きたくないのだろう。

後ろを見れば八瀬がこちらを向き、美香がモジモジとしている。

実際美香は誰でもいいのだろうけれど、男に慣れていないのか何をすればいいのか迷っている様子だ。

これ以上振り返ったら足が止まりそうな予感がして、そのままうつむき加減に前を向いた。


「ちょっと」


途端、八瀬が口を開いた。

「俺、綾瀬さんと帰ります。」

「「え?」」

大地と声を揃えて戸惑う。

急にそんなことを言うなんて想像もしていなかった。

いつの間にか一人称が変わっているし…

「女の子を貰うなんて言う奴と綾瀬さん一緒に帰りたくないと思います。モノじゃないんですから馬鹿にしないでください」

そう言ってそのまま凛の手を引いていく。

大地は遠くから見守っていて、美香も気まずそうに声を掛けている。

横にいる凛より圧倒的に背の高い八瀬を見上げると、真剣な顔で前を向いている。

風が優しく吹いていて気持ちがいい。

八瀬の髪の毛はサラサラと揺れ、同時に優しい香りが漂ってくる。

「あの。……ありがとう、八瀬くん」

「俺の家父さん以外女なんです。母さんと姉さん二人。あと妹。父さんあんまり家にいないので、昔から女の子は守れって言われてたんですよね」

家族構成まで言ってくれるほど仲は良くないと思っていた。

だがそれは凛だけのようだった。

「俺、ギャルが本音でありがとうとごめん言えるとは思わなかったです。」

そんなことを言われてドキッとする。

これでも中学生までは真面目な女の子だった。

イジメまでは行かないが、陰口をたくさん言われていた。

だからそちら側につこう、とはならなかったが、とにかくいじめられないように必死で努力した。

高校に入って友達を沢山作った。

渚のような一番信頼出来る友達が出来た。

彼氏も欲しかった。

…でも、誘い方がわからなかった。

検索の仕方が悪かったのか、男の誘い方を調べた結果今のようになってしまった。

ギャルになるつもりはなかったのに。

根は良い子だと思っている。

だから一軍としていても、ハブられている子は仲間に入れてあげる。

そんな感じで過ごしてきていた。

「思い詰めてどうしたんすか。悪い意味で言ったんじゃないですよ。」

「…ううん、そうじゃないの。なんでもない。」

八瀬は不思議そうな目をしていたが返事を聞けば納得までは行かないが「もういいや」的な顔をしている。

「で、家どこですか。」

「えっ?あぁ、もう少し先。ここで帰っていいよ?私となんか嫌でしょう」

「別に。行きますよ」

嫌じゃないという言葉を短縮してそのまま歩いてくれる。

他の人にはない優しさを初めて見た気がした。

         ♥

「送ってくれてありがとう。また学校で会えるといいね」

「はい。」

玄関先で会話をする。

弟は中学校の遅めに開催される修学旅行が明日あるので、多分もう寝ている。

親はまだ仕事から帰っていないようだった。

祖母も、祖父の住む近所の家に帰っただろう。

「誰も居ないんすか?」

「ん?まぁね。弟は寝てるよ」

「ふーん。もう少しいましょうか?」

「えっ、大丈夫大丈夫!じゃあ…」

足を後ずさりしてドアノブに手をかけると、「あれ?」と聞かれる。

「どうしたの?」

「連絡先聞かないんですか?」

「え?いいの?」

八瀬からはでなさそうな言葉に躊躇してしまう。

「ギャルって連絡先交換するものかと…」

「ギャルって言うなっ」

すかさず突っ込んでから、巾着袋の中に入っているスマホを取り出す。

「……じゃあ、いいかな。」

いつもは躊躇わないはずの事が、急に恥ずかしくなってくる。

「はい」

スマホでQRコードを読み取ると、ピコンっと音が鳴る。

【 NATSU が追加されました】

表示された名前を見て思い出す。

「そう言えば、夏希、だったっけ?」

「あぁ、はい。女の子らしくて嫌なんですよね」

…だから八瀬で呼ぶように言っているのか、と納得。

「私は夏希っていい名前だと思うけどな。名前、素敵だよ。」

ニコッと笑って口に出すと、八瀬が驚いたように目を見つめてくる。

「……ありがとう…ございます。俺も…いいと思います、凛って。」

「え、あ、ありがとう…」

お互いが何か不思議な空気に身を包まれて居るうちに八瀬が言葉を発した。

「そういえば苗字も似てますよね、『やせ』と『あやせ』って、奇跡ですね」

「そこは運命にしとこ?」

「ははっ、そうっすね」

あまり笑わない八瀬が笑って、なんだか心が暖かくなる。

「じゃあ、苗字似てるの運命ですね。」

上から目線ではない、優しい目線が凛に降り注ぐ。

その数分後、白の車が家の駐車場に止まった。

「あ、お母さん」

まだ母は死角で凛達が見えていない。

「帰ってきちゃったね」

「帰ってくるまで待ってましたから」

「え…」

胸がトクンと鳴る。

まるで少女漫画のような言葉だが、本当に心臓が少し揺れた。

「ひとりにしてはおけないでしょう。女の子は守りなさい、そう言われてますから。」

数分前に言った言葉を繰り返して、着物をひるがえす。

眼鏡を襟に戻して、体はそのまま、顔だけ振り返った。

「…じゃあ、学校でまた会いましょう」

「あ…うん…」

母は男子にはうるさいから、見られないうちに行ってよかった。

けれど、走り去っていく背中を呆然と見るだけなのは少し罪悪感が湧いた。

大きく息を吸って胸を張る。

「…ありがとぉおおおお!!!!!」

夜の九時には迷惑な大声を出した。

角に曲がろうとしていた八瀬が足を止めて、少し後ろに下がる。

軽く手を出して微笑んでから歩き出した。

また胸が鳴る。

今度はさっきよりも大きい。

後ろを見ると、仕事帰りに買い物をしてきたのか、スーパーの袋を下げた母が立っている。

「あんた…迷惑でしょ!?大きい声出さないでよびっくりするじゃない!誰に言ってたの一体?」

八瀬は見られていないようで安心した。

「なぎだよ。送ってきてくれたの」

誤魔化すと…

「え!あの子一人になっちゃうじゃない!おいで、車出すから送りに行きましょう!ここから遠いんだから…!何かあったら困るわ」

焦ってゴチャゴチャ言葉を並べる母の肩を掴む。

「な、なぎは迎えが来てて…その…とにかく大丈夫だから。もう親といるよ」

「えぇ?じゃあなぎちゃんのママにありがとうって電話しましょう」

「いや、あの、おじいちゃんが来てたの!だから連絡取れないでしょ!」

「あらそうなの?じゃあいいわね」

渚の祖父はお堅い人だから、母はあまり好まない。

素早く諦めてくれた母からひと袋を取って玄関に入る。

まだ胸は鳴っていた。