「え?今、なんて言ったの?」
「先輩のこと、好きなんです」
「私を?好き?夏希が?嘘言わないでよ」
笑いながら言うと、「嘘じゃない」と言われて顔が固くなる。
見ると、夏希の耳はトマトくらい真っ赤。
どうしても信じられなかった。
「でもなんで?」
「俺ホントは、ずっと好きでした。多分初めて会った頃から好きだった。他の女の子が下駄の尾を直していても、止まらなかったかもしれない。」
夏希はそのまま話を続けた。
「最初にぶつかった時、綺麗な子だと思いました。でも、もう会うことはないと思ったので、冷たく接しました。あの子がギャルじゃなかったら…とか考えたりして。」
「そうだったんだ…」
「そしたらお祭り一緒で。なんか目から貴方が離れなくなって。最初は先輩のこと置いていったんですけど、居ないことに気づいて戻りました。」
わざわざ戻ってくれたのだと思うと胸が熱くなる。
こんなに長く話している夏希もあまり見たことは無い。
「そこから、冷たくすれば凹んで、話しかければ喜ぶ貴方を見て、だんだん好きになって…」
「で、でもなんで林間学校のとき言わなかったの?」
「中途半端だったんです」
夏希が結愛と会ったあとに告白したのが悪かったらしい。
また最初の想いに気づいてしまったんだそう。
あんなタイミングで勢いに任せて言わなければよかった。
それでも夏希は辛いのに、凛の為に悩んでくれた。
結愛と凛にしっかり話をしようとしてくれていたのに。
凛はそれを避けてしまっていた。
「ごめん……避けたりして」
「いいんです。悪いのは結愛と凛先輩をちゃんと選べなかった俺です。」
「でも……」
「でも、今はちゃんと選べてます。俺は今、凛先輩しか見えない。」
一切無駄な言葉を入れずに、想いを伝えてくれた。
凛もその言葉に応えたい。
─────と、以前なら考えていた。
「俺と付き合って下さい。」
今までなら、直ぐにOKしていた。
選択肢は『はい』or『はい』だったはずだ。
でも今は、言葉が出てこない。
『はい』or『いいえ』になっている訳では無い。
「夏希……」
とても言いずらかった。
言いたくなかった。
けど、言わなければならない。
「ごめんなさい」
「……」
夏希は何故かも聞かずに続きを待った。
「夏希の想い、めちゃくちゃ嬉しい。もちろん凛も答えたい。」
「はい」
「でもね、さっき木陰で泣いてるなぎを見たの」
何も言わずに驚いている夏希に、さっきも気付いていなかったんだとわかる。
「なぎの気持ちを置いて、先にいけない。夏希には申し訳ないけど、なぎは凛を今まで支えてくれたの。」
「はい」
「なぎは今傷ついてる。一人で泣いてるのに、隣にいてあげられなくて。その上『付き合った』なんて報告したら…もっと傷つけちゃうかもしれない。……だから、ごめんなさい。」
「……分かりました。俺も遥風先輩に気付いてあげられなくてすいませんでした」
頭を下げて夏希は謝ってくる。
「そっ、そんな!夏希は悪くないって!」
「俺も気付いていれば……」
ずっと自分を責めている夏希に、もっと心が沈んでいく。
「……でも、俺の気持ちはこの先変わりません。だから、今は遥風先輩の所へ行ってあげてください」
「…いいの?」
「親友ならそばにいてあげるべきです。俺のせいで凛先輩と遥風先輩が傷つくなんて嫌ですもん」
へへっ、と笑った夏希に申し訳なさが増す。
けど、凛も笑い返して感謝を告げた。
「行ってください」
見送られながら体育館裏を出る。
木陰を見ても渚はいなかった。
「なぎ!なぎー!渚ーー!!!」
グラウンドにはもう人はいない。
先生達は職員室に帰り、生徒たちも親と帰ったのだろう。
もしかしたら渚も帰ってしまったかもしれない。
歩きながらグラウンドを見渡す。
「なぎー!……帰っちゃったのー?ねぇ!いるなら返事……!」
「なによ」
鞄を持った渚が後ろから歩いてくる。
「なぎ!よかった、まだいたんだ…」
「まぁ……。で、なに?そんな叫んで」
何事も無かったかのように渚は振舞っているが、目はまだ赤い。
「なぎ。とりあえず座ろう」
体育館の近くにある段差に腰かけて話をする。
「さっき泣いてるの見た。」
遠回しに伝えても面倒くさいな、と思って直球に言った。
渚も見られていた事が恥ずかしかったのか、顔を咄嗟に隠した。
「なっ……誰も居ない様に確認してたんだけどな」
はははっと軽く笑った。
その顔を見ているだけで涙が出そうだった。
「ねぇなんで、一人で泣くの?」
「だって凛は八瀬くんと歩いてたから。用があるのかと思って。」
「嘘つき。」
片付けをしている最中、渚が体育館に走っていくところが見えた。
夏希が来たのはそれからだ。
「……凛にはなんでもお見通しか」
「なんで頼ってくれないの。」
「心配かけたくないから」
「親友なのに」
「親友だからだよ」
渚は泣きそうなのに、涙を堪えて話している。
「凛ってさ。お母さんよりなぎのこと喜ぶんだよ。わかる?」
「んー…?」
「ははっ、えーとね…。なぎに何か嬉しいことがあると、お母さんよりも凛の方が喜ぶの」
「あぁなるほど」
「だから絶対、なぎが泣けばあんたも泣くじゃん」
言うまでもない。
なんならなぎが泣いてなくても泣きそうだし。
「だから言いたくなかったし見せたくなかった。凛の前では強く居たかったの。」
「そんなの嬉しくない」
見せたくないということは本音を吐けないってこと。
部長だからって、渚はいつもお姉さんぽく振る舞う。
凛にはいつも、少し隠し事をしているような気がしている。
「そんなの親友じゃない」
「凛……」
「全部言ってよ。本音で言ってよ。頼ってよ」
「なんであんたが泣くのよ」
いつの間にか凛が泣いていた。
釣られて渚も涙を浮かべ始める。
「わかった…もう秘密はなし…っ、だから泣かないでよ」
「なぎだって泣いてるじゃん…っ」
秋の風が心地よく吹いて、その中で笑い合う。
これからはお互い、秘密なし。
晴れの日に雨が降るように、笑顔の中二人は泣いた。
泣いて泣いて、抱き合って、凛が立ち上がった。
「もう行かなきゃ。言ってなかったけど、夏希に告白されたの」
「へ?」
「さっきは断ったけど今なら大丈夫」
「ま、待って、告られたの?断ったの?なんで?」
さっきまでの事情を話せば、渚は少しずつ口を開けて行く。
しまいにはあんぐりと口を開けて固まった。
「と、まぁ…断りました」
「なぎのせい…?」
「え?いや、なぎのせいじゃないよ?これは凛が勝手に決めて……」
「なぎが泣いてたからでしょ!?」
急に声を上げた渚にビクッとする。
「え…ちょっとなぎ、どうしたの?」
「なぎが、凛の恋、邪魔しちゃった……」
「してないよ!なぎは悪くないって」
「なんで断っちゃうのよ」
なぎのために一度断わったのが、かえって良くなかったらしい。
涙がせっかく止まったのに、また泣き出してしまった。
「……凛の馬鹿!!!!!」
まるで子供のように、渚は泣き出した。
どうすればいいかわからなくて、その場で渚の声を受け止めた。
「凛の恋が実って怒ったりするわけないじゃん!ばかっ!」
「ご、ごめん……」
「凛が幸せになれば、なぎも幸せなんだよ!」
「うん……」
「なぎみたいになって欲しくないの!」
泣く、というより、怒ってる…?
「凛のばか」
ううん、顔を上げた渚は笑ってる。
何故か笑ってる。
「なぎのことなんてほっといて、八瀬くんに返事してきなよ」
「でもなぎは……?」
「…切り替えるよ。あんなやつ、もー知らない」
「ははっ、そっか。その方がいいよ。ありがとうなぎ。」
渚は一番の親友。
それはこれからも変わらなそうだ。
まだ少ない人生の大事な場面で、何度も助けられてる気がするから。
「じゃあ、また来週」
手を振って夏希を探し始める。
凛は心と足取りがいつもよりも軽かった。