電車を降りると、すぐに夏の茹だる暑さが私を迎える。
この都会とも田舎ともつかない閑静な住宅街が地元なのだ。

じりじりと焼けるような太陽光を背中に受けながら、実家までの道のりを歩く。

アスファルトに乱反射する陽光が目に痛い。
額に浮かぶ汗をハンカチで拭い、日傘を持ち直した。

そのとき、道端に立っている一人の青年に気が付いた。
蜃気楼の揺らめきの中で、彼はただ立っていた。

黒髪を無造作に伸ばし、部屋着のような少々だらしない恰好でそこにいる人物は私の記憶の中の彼よりも幾分かくたびれた印象を受ける。

「……理玖……?」

戸惑いながら幼馴染の名前を呼んだ。
彼が顔を上げて私の方を向く。

「あ、あぁ。凛子、久しぶりだな」

へらりと笑った様子はどこか無理をしているように見えた。

あまりにも痛々しいその姿に胸を痛めたのは同情心からか。
気付けば私は口を開いていた。

「ちょっと、お茶しない?」

近くの喫茶店で彼の口から聞かされた近況に私は苦笑いを返すしかなかった。
凡人故に、どうすることも出来ない現実をただ現実として認識するばかりなのである。

高校を卒業したあと、理玖もまた菫さんの後を追うように美術系大学へ進学していた。
だが、そこに渦巻いていたのは才能と運の世界だった。

努力や夢中なんてものは、ただの必要最低限の事項でしかなく、その上で時代のうねりを生み出せる才能と運がアーティストには必須だったのだ。

だが、偉大なる兄を持ってしまったが故に理玖には才能が与えられなかった。
事あるごとに兄の名前が、栄光が、人脈が、大きな壁となって理玖の行く手を阻んだ。

それはどうしようもないことだった。
綺田菫の弟として芸術を極めるのならば、避けては通れぬ障壁だった。

「そして、俺にはその障壁を乗り越える才能はなかったんだよ……」

理玖は全てを諦めた表情でそう締め括った。
「才能」その一言にどれだけの意味や思いが含まれているのか、私には分からない。

ただそこに理玖が皮肉の色を滲ませたことだけは伝わってきた。

カラン。
アイスコーヒーの中に氷が沈む。

あとはただ、静かな時間だけが過ぎていった。