初めて恋心を自覚したのは、高校生のときだった。
相手は隣に住む綺田家の長男、菫さん。

私より五歳も年上の彼は、当時美大生で彼から醸し出される大人な雰囲気が魅力的だった。
高校生の私は彼の指先から描かれる繊細で独創的な表現に惹かれ、そのまま菫さんを好きになった。

今思えばこの頃の私は随分と単純だったし、実際綺田家の次男で私の幼馴染でもある理玖も私の気持ちを本気にはしていなかった。

「私ね、菫さんのことが好きになっちゃったみたい」
「あぁ、そう。ま、どうせ凛子のことだからただの気まぐれみたいなもんだろ？」

「ちょっと、私は本気なんだけど？」
「はいはい、言ってろよ」

意を決して理玖に本音を告白したときの彼の反応の淡白さたるや。
いやまぁ、確かに自分の兄への気持ちを聞いたところで正解の反応なんてものはないのだけど。

とにかく、十代の私は菫さんのことを好きで好きで仕方がなかった。
そしてその純粋な憧れを胸に秘めたまま大人になった。

私が大人になるまでの間に、菫さんはアートの才能を開花させ、あっという間に手の届かない遠い存在になっていった。
二十八歳の彼は、今や日本を代表する世界的アーティストだ。

私は菫さんの芸術家としての活躍をただ液晶画面越しに応援しているだけ。

そんなだから、私は菫さんへの憧れを憧れのままにするほかなかった。
どこかで落ちぶれてくれた方が遥かにましだっただろう、と思う。

こうして、菫さんへの恋とも憧れとも尊敬ともつかない気持ちを持て余したまま、私は平凡な社会人二年目の夏を迎えていた。

恋人は一度も出来たことがない。
否、菫さんを超える理想の男性に出会えないまま、気づけばもう二十三歳になっていた。