神殺しのクロノスタシスⅣ

…九死に、一生を得る。

とは、まさにこのこと。

誓いのキスで…救われる命もある。

「…やっぱりさぁ。そのまま結婚しちゃえば良いんじゃね?」

何とか一命を取り留めた俺とベリクリーデに、キュレムがポツリと溢した。

「お前、ふざけんなよ…。こっちは命懸かってるんだよ…」

危うく死ぬところだったんだからな。分かってるか?

そんな浮ついた気持ちになれるか。

それなのに、キュレムは。

「いやー…。割とお似合いだと思うけどねー」

お前、他人事だと思って呑気な。

あ、そうだそれよりも。

「ベリクリーデ…悪かったな」

「…ジュリスにキスされちゃった」

あ、うん…。

「しかも初めて。ナンバーワンキスだ…」

ファーストキスだろ。何だよナンバーワンって。

いや、言いたいことは分かるけど。

「悪かったと思ってるよ。殴って気が済むなら、好きなだけ殴ってくれ」

「何でジュリス殴るの?」

「そりゃお前…。予定にもないのに、乙女のファーストキスを奪ったからだろ…」

こんな、色気も何もないシチュエーションでさ。

女子にとっては、一生モノの傷になるだろう。

ファーストキスがこんな、好きでもない男に奪われるなんて。

本当に悪かったと思ってるよ。

でも、死ぬよりはマシだと思ったから。

「ジュリスなら嫌じゃないよ」

それなのに、ベリクリーデはこの反応。

…泣き叫んでビンタされても、文句は言えないと思ったんだけどな。

「無理しなくて良いんだぞ?」

「無理なんかしてないよ。他の人だったら、何だか嫌だけど…でもジュリスだから良いよ」

「…あ、そう…」

何で、俺なら良いのかは知らないが。

まぁ…傷つけたんじゃないんなら、良かった。

「…やっぱり結婚すれば?」

「冗談だろ…」

何故か、真顔で結婚を促すキュレムを、力なく一括して。

ともあれ、俺とベリクリーデは、無事に『白雪姫と七人の小人』の試練を乗り越え。

生存が、確定したのであった。
―――――――…ジュリスとベリクリーデの、命を懸けた超ロマンチック(?)な結婚式から、およそ二日。






『白雪姫と七人の小人』から、新たなる刺客が二人、やって来た。

「やぁ、僕は『怒り』の小人」

「僕は『悲しみ』の小人だよ」

「君達に、『怒り』を」

「『悲しみ』を」

「教えてもらいに来たよ!」

…。

…およそ。

怒りからも、悲しみからも程遠い、軽いノリで。





今度は、赤い服を着た「怒り」の小人。

そして、対象的に青い服を着た、「悲しみ」の小人が。

それぞれ、空っぽの小瓶を持って現れた。

そろそろ来るだろうと思ってたから、そんなに驚きはしない…つもりだったが。

やはり、いざ目の前に現れると…。

…やっぱりムカつくな。

こいつらは、俺を腹立させる天才だよ。

この時点で、もう既に「怒り」なら充分教えられる気がする。

「ほう、やっと来ましたか…。良いですね、怒りと悲しみ。僕はどっちでも良いですよ」

「う、うん…。契約…望むところだ」

いつ小人が出てきても良いように、棺桶の傍に控えていたナジュと天音が、小人の前に出る。

そして。

「我々がいることも、お忘れなきよう」

「僕と契約しても良いよ」

同じく棺桶の傍に控えていた、聖魔騎士団魔導部隊大隊長の、クュルナもエリュティアも同様だ。

ついでに言うなら、俺もな。

かかってこい。

「ふーん…。君達威勢が良いね〜」

「誰にしようかな?」

怒りと悲しみの小人は、しばし俺達を品定めするように眺めた後。

「よしっ、僕は君にするよ」

「僕は君に決めた!」

まるで、今晩の献立でも決めるかのような軽いノリで。

クュルナとエリュティアの指に、茨の指輪が巻き付けられた。

赤い服の、怒りの小人がクュルナに。

青い服の、悲しみの小人がエリュティアに。

七日後に迫った、死の刻限。

…こいつら…!

「おい、今度は何をさせるつもりだ?」

のっけから、俺は喧嘩腰だった。

怒りを教えろ、悲しみを教えろと言うなら話は早い。

とりあえず、逆さに宙吊りにして振りまくってやる。

そうすれば、怒りも悲しみも感じるだろう。

と、俺はなかなかに過激なことを考えていたが。

「何をすれば良いんですか、私は」

「悲しみって…どう教えたら良いの?」

契約を交わした当人である、クュルナとエリュティアは、意外と冷静であった。

騒いでいるのは俺だけか。

すると。

「君達は、何もしなくて良いんだよ」

「そうそう。ただ、感じてくれれば良いんだ」

「君は、怒りを」

「君は、悲しみを」

「それぞれ感じてくれれば、勝手に瓶はいっぱいになる」

「七日間、ずっとね」

小人共は、交互にこう説明した。

それだけでも充分ムカつくが。

七日間…ずっと、だと?
これまでは、俺達の努力次第で、七日間の期限を待たずに解放されていたが。

今回は違う。

こいつら今、七日間ずっと、って言ったぞ。

つまりクュルナとエリュティアを、七日間ずっと拘束し続けるってことか?

「そんなことしなくても…教えれば良いんだろう?お前達が望む…怒りや悲しみを」

「悪いけど、僕達には僕達のやり方があるから」

「そうだよ。君らに勝手に決められる筋合いはないね〜」

ムカッ。

それを言うならこっちだって、お前らに、勝手に決められる筋合いはないっての。

調子に乗りやがって。

「それに、他の小人の試練より楽だよ?」

「だって、君達は何の努力もしなくて良いんだから」

「そうだよ。ただ怒って、悲しんでくれれば良いだけ」

「その為のお膳立ては、僕達がしてあげるからね」

…何だと?

言ってる意味が、よく…。

と、思ったそのとき。

「わーっ!きゃーっ!」

シルナが、素っ頓狂な悲鳴をあげた。

何事かと思って振り向くと。

ケーキボックスを持ったシルナが、床にすってんころりんと転んでいた。

ボックスから飛び出たケーキが、べちょっ、とクュルナの服と髪を汚していた。

…何やってんだ?

一瞬にして、クリームまみれになるクュルナ。

「何をやってんだよ、この馬鹿シルナは?」

「ご、ごごごごめんクュルナちゃん!えぇ!?ちょ、私も分からないんだよ!な、何だか、いきなり足元が滑って…!転んだと言うより、転がされたみたいな…」

はぁ?何だその言い訳は。

「し、しかもそのケーキ…エリュティア君にあげようと思ってた奴…!」

そうなの?

エリュティアにあげるはずのケーキが、ぐちゃぐちゃになって潰れ、クュルナの服を汚した。

エリュティアも、クュルナも不幸になる展開である。

更に。

「で、でもお茶は無事だから!お茶飲んで落ち着こっ、ね?美味しい紅茶淹れたから、ほら」

シルナが、慌ててフォローの為に紅茶のティーカップを二人の前に出す。

が。

クュルナがティーカップを手にした瞬間、落としてもいないのに、パリーン、と割れるティーカップ。

熱い紅茶の水が、クュルナの袖をびしゃびしゃに濡らす。

そして、一方のエリュティアは。

「むぐっ…!?げほっ!!げほっ、えほっ…うぐっ…えほっ、ごほっ、ごほっ」

紅茶を一口飲んで、盛大に噎せていた。

「え、エリュティア?大丈夫か?」

どうした、器官に入ったか?

「しよっ、げほっ…。ごほっ、し、しおっ」

しお?

「し、塩っ、入ってる。しょ、しょっぱ…。げほっ、ごほっごほっ」

塩!?

紅茶に塩!?

「シルナ!?お前塩入れたのか、エリュティアの紅茶に!」

「えぇぇ!?そんなはず…。…あ!何で!?砂糖入れてたはずなのに…塩になってる!!」

慌ててシルナが引き出しを確認すると、いつもならスティックシュガーが山程入っているはずの場所が。

何故か、スティックソルトにすり替わっていた。

何だスティックソルトって。聞いたことないぞ。

これは…もしかして。
「ごめんね!はい、これは大丈夫だから。はい、これチョコ」

シルナが、急いでケーキの代わりに詫びチョコを出す。

が、

「…何だかこれ、一口齧られてるんですが…」

「えぇぇ!?」

クュルナが摘んだチョコは、何故か端っこがちょこっと欠けていた。

ネズミに齧られたみたいに。

更に、エリュティアは。

「もごっ…!?げほっ、げほっ!」

また噎せてる。

「大丈夫かエリュティア。しっかりしろ、何があった?」

「からっ…。辛い、これ…辛いっ…ごほっ」

辛い?チョコレートが?

よく確かめてみると、エリュティアの齧ったチョコレートの中には。

いつぞや、元暗殺者組が仕込んでいた、例のデスソースが。

まさかそんな。いつの間に、誰がこんな陰湿な悪戯を?

やっぱり、これは…。

よもやと思って、小人共を見ると。

奴らは、にやにやしながらこちらを見ていた。

よく見たら、それぞれの小瓶の底に、それぞれ赤い液体と、青い液体が溜まり始めていた。

あれが…奴らの感情ゲージなのか。

「お前らの仕業なのか?これ…」

「うん」

「そうだよ」

この野郎、悪びれもせず。

つまりこれは、全部この小人共の仕業で。

意図的に、クュルナとエリュティアに不運が起きるよう、操作しているのか。

クュルナは怒りを、エリュティアは悲しみを感じるように。

「この調子で、七日間じっくりかけて、僕は怒りを…」

「僕は悲しみを、君達に教えてもらうからね」 

…最低だ。

そして陰湿だ。

もう、既にこの時点で怒りも悲しみも感じてるよ。

「大丈夫。瓶がいっぱいになったら、ちゃんと解放してあげるからさ」

「そうそう。君達は、ただ感じてくれるだけで良い。楽なものでしょ?」

この小人、もう何回もぶん殴ってやりたいと思ったことだが。

やっぱりぶん殴ってやりたい。

何が楽なもんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。

「この調子で、あと七日間…頑張ってね〜」

小人共に、へらへらと笑われ。

俺はこいつらをぶん殴りたい衝動を、必死に堪えるのだった。
――――――それから、クュルナとエリュティアに不幸が始まった。




…と、思ったのだが。





「…羽久、頭にガムついてる」

「…あぁ、知ってる」

さっき外の通路を歩いていたら、何処かから頭に、ベチャッ、と飛んできたんだよ。

もう、いちいちリアクションするのも面倒だから、知らない振りをしてたんだよ。

クュルナに、不幸が見舞われると思っていたら。

何故か、俺に不幸が降り掛かるようになった。










怒り、悲しみの小人と、クュルナとエリュティアがそれぞれ契約してから、今日で三日目。

俺は、数々の不幸に見舞われるようになっていた。

「髪に絡まってるよ、ガム」

「陰湿ないじめだねー」

「…別にいじめではないけど…」

頭の後ろに手を回してみると、ガムのベタベタが髪に貼り付いていた。

気持ち悪っ…。

無視していようと思ったけど、さすがに無視出来ない。

「あぁ…。あぁぁ〜…羽久…大丈夫?」

シルナが、あわあわしながら聞いてきた。

「大丈夫ではないだろ…」

一昨日、昨日と、こんなことばかりだ。

いや、日に日に酷くなっている。

「羽久、足元汚れてるよ」

令月が、俺の足元を眺めながら呟いた。

そうだよ。知ってる。

「さっき歩いてたら、突き飛ばされて水溜りに足突っ込んだんだよ」

「背中も汚れてるよ」

「さっき外で、泥団子が飛んできた」

もう、いっそコントなんじゃないかと思うよな。

不運とか、そういう次元を越えてるよ。

「可哀想だねー。ガム、俺の糸で取ってあげるよ」

「おぉ…ありがとう」

すぐりが得意の糸魔法を使って、俺の髪の毛にへばりついたガムを、こそげ取ってくれた。

ありがとう。

これで、少しはベタベタが何とかなるだろう。

「元気出して、羽久…!ほら、これ。私の秘蔵のチョコあげるから」

シルナが、お宝のチョコレートをくれた。

「あぁ、ありがとう…」

有り難くチョコレートを受け取って、口に放り込む。

が。

「…!?」

甘いはずのチョコレートは、何故か一口噛むなり、信じられない苦味を感じた。

漢方薬みたいな味がする。何だこれ?

「げほっ…がはっ…」

「え、だ、大丈夫!?」

「にっが…!何だこれ…!?」

一体、何が仕込まれてるんだ?

更に、俺の不幸はこれだけに留まらない。
「だ、大丈夫羽久!?ほらっ…せめてこれ、ホットチョコレート飲んで。美味しいから」

シルナが、ホットチョコレートの入ったマグカップを渡してくれた。

「あぁ、ありが…」

マグカップを受け取った、その瞬間。

何もしてないのに、マグカップの持ち手が、バキッと音を立てて壊れ。

そのまま、マグカップが俺の膝の上に落下。

同時に、カップに入っていた熱々のホットチョコレートが膝を汚した。

「あっつ!!」

「あわあわあわ。羽久大丈夫!?」

もう、何をしても全く上手く行かない。

どころか、何をしても、不幸しか生まない。

慌てて、シルナと天音が、ホットチョコレートで火傷した膝に、回復魔法をかけてくれた。

申し訳なくて泣きたい。

すると、天音があることに気づいた。

「…!…羽久さん、その頭の瘤…どうしたの?」

おぉ…天音。よく気づいてくれたな。

「あぁ、これな…。今朝、授業の為に教室に行こうとしたら…階段から…椅子が落ちてきて…」

「階段から…椅子…!?」

信じられない事態だと思うだろう?

俺も信じられなかったよ。

でも、実際転げ落ちてきた椅子が、脳天を直撃したら…信じない訳にはいかないだろう?

めちゃくちゃ痛かった。

「そ、そんな不幸なことが…何で羽久さんに…」

「あぁ…うん。それなぁ…」

俺も、この三日間、ずっと考えてるんだけど…。

「とはいえ、エリュティアさんも負けてないですよ」

俺が不幸に見舞われるのを見ながら、ナジュがそう言った。

あぁ、そうだな。

悲しみの青い小人と、契約してからというもの。

不幸の度合いで言うなら、エリュティアも俺と負けてないのだ。

その証拠に。

「…エリュティアさん…その、何でびしょびしょなんですか?」

天音が、恐る恐る尋ねると。

エリュティアは遠い目をして、悲しげに答えた。

「うん…実は、僕の頭上にだけ、ピンポイントで雨雲が発生してて…」

雨に打たれて、びしょ濡れだと。

空、快晴なのにな。

エリュティアの頭上だけに雨雲とか、どんなギャグ漫画だよ。

「しかも…拭こうと思って持ってきたタオルに…いつの間にか穴が空いてて…」

そう言って、エリュティアは巨大な穴の空いた、穴開きタオルを広げて見せてくれた。

これは切ない。

「いっそもう…傘を持って歩こうかと思ってるんだ…」

「…そうか…」

それは…悲しいな。
この三日間、俺もエリュティアも、ずっとこんな感じだ。

エリュティアは、まだ分かる。

悲しい出来事が、エリュティアの身に次々と降り注ぐ。

そりゃ悲しいだろう。

その証拠に、青い小人の感情の小瓶は、じわじわと、着実に中身が溜まってきていた。

一方、クュルナが契約した赤い小人の、感情の小瓶。

こちらも、同じくじわじわと中身が溜まっているのだが。

何故かクュルナが受けるべき(?)不幸は、全て俺に降り掛かってきている。

てっきり、契約者本人に不幸が起きるのかと思っていたのだが。

赤い小人の不幸の矛先は、何故か常に俺である。

意味分かんねぇ、と最初は思ったものだが。

何のことはない。

クュルナが契約したのは、怒りの小人だ。

契約者本人に不幸が降り注げば、それは契約者を悲しませるだけ。

怒らせることは出来ない。

でも、本人じゃなかったら?

自分の代わりに、親しい他人が不幸を被ることになったら?

その感情は、悲しみではなく、怒りに変わる。

その証拠に。

「…」

見てみろ。この、クュルナの眉間の皺。

美人が台無し。

クュルナも最初は、自分の身に不幸が襲って、それによって怒りを蓄積させられるもの、と思っていたらしいが。

蓋を開けてみれば、不幸な目に遭うのは自分ではなく俺だったと知って、今ではこの不機嫌っぷり。

見事に小人の策に嵌まり、じわじわと怒りゲージが溜まっている。

そりゃまぁ、気持ちは分かる。

自分が不幸な目に遭うだけなら、自分一人の責任でどうとでもなるけど。

自分のせいで他人が不幸な目に遭うと来たら、見過ごせない。

あの赤い小人も、それを分かっててやってるのだ。

で、それが何で俺の集中砲火に繋がるのかは、分からないが。

他の人間が不幸になるだけなら、俺でなくても良いのでは?

何故頑なに、俺ばかりが不幸に見舞われるのか…それは分からないけども。

見たところクュルナには効果抜群なので、小人の策は上手く行っていると言わざるを得ない。

腹立たしいことに。