「愛し合ってないなんて、お前が勝手に決めんなよな」
「だって君、ちっとも新婦のことを愛してないじゃないか」
その通りだよ。
愛してはいない。愛してはいない…けどな。
「適当な言いがかりはやめてもらおうか。好きでもない女と…結婚式なんかする訳ないだろ」
今だけは、全力で愛させてもらうぞ。
俺は、これみよがしにベリクリーデの肩を抱いた。
ここでベリクリーデが逃げたら、もう取り返しがつかないところだったが。
生憎ベリクリーデは、きょとんとしながらも、逃げることはなかった。
よし、そのまま良い子でいてくれ。
後で、好きなだけ殴られてやるから。
「俺はちゃんと、ベリクリーデを愛してるよ」
「…本当に〜…?」
胡散臭い顔しやがって。
「あぁ。さっきは…その、小っ恥ずかしいもんだから…ぶっきらぼうな振りしてただけで…。本当は死ぬほど愛してるんだよ」
こうなったらやけっぱち。
背に腹は代えられない。
自分でも、何言ってんだ俺、とは思うが。
「誓いのキスが見たいんだったな?良いよ、証明してやるよ、俺がちゃんとベリクリーデを愛してるってことをな」
「え?」
オレンジ小人が、ぽかんとしているのを尻目に。
俺はベリクリーデの顎に軽く指を当てて、こちらを向かせ。
そのまま、グロスの光る唇に口付けした。
「ひょはっ!」とかいう、シルナ・エインリーの奇声や。
「あっ…」という、シュニィのちょっと恥ずかしそうな声や。
「…?」と、キスされているのにぽやんとしている、ベリクリーデの視線が痛かったが。
何度も言うが、背に腹は代えられない。
誓いのキスを見せて満足するなら、俺が後でベリクリーデに殴られるくらいは、安いものだ。
「う、うわぁ…!結婚式だ…誓いのキスだ!『喜び』が…『喜び』が溢れてるよ!」
オレンジ小人の、この現金なこと。
誓いのキスを見せられるなり、ぐんぐんと小瓶の中身が溜まり。
あっという間に、溢れ出る寸前。
「これぞ『喜び』…!白雪姫に捧げるに相応しい感情だ!」
と、小人が叫ぶなり。
俺達を戒めていた、茨の指輪が…霧のように、消えてなくなった。
…九死に、一生を得る。
とは、まさにこのこと。
誓いのキスで…救われる命もある。
「…やっぱりさぁ。そのまま結婚しちゃえば良いんじゃね?」
何とか一命を取り留めた俺とベリクリーデに、キュレムがポツリと溢した。
「お前、ふざけんなよ…。こっちは命懸かってるんだよ…」
危うく死ぬところだったんだからな。分かってるか?
そんな浮ついた気持ちになれるか。
それなのに、キュレムは。
「いやー…。割とお似合いだと思うけどねー」
お前、他人事だと思って呑気な。
あ、そうだそれよりも。
「ベリクリーデ…悪かったな」
「…ジュリスにキスされちゃった」
あ、うん…。
「しかも初めて。ナンバーワンキスだ…」
ファーストキスだろ。何だよナンバーワンって。
いや、言いたいことは分かるけど。
「悪かったと思ってるよ。殴って気が済むなら、好きなだけ殴ってくれ」
「何でジュリス殴るの?」
「そりゃお前…。予定にもないのに、乙女のファーストキスを奪ったからだろ…」
こんな、色気も何もないシチュエーションでさ。
女子にとっては、一生モノの傷になるだろう。
ファーストキスがこんな、好きでもない男に奪われるなんて。
本当に悪かったと思ってるよ。
でも、死ぬよりはマシだと思ったから。
「ジュリスなら嫌じゃないよ」
それなのに、ベリクリーデはこの反応。
…泣き叫んでビンタされても、文句は言えないと思ったんだけどな。
「無理しなくて良いんだぞ?」
「無理なんかしてないよ。他の人だったら、何だか嫌だけど…でもジュリスだから良いよ」
「…あ、そう…」
何で、俺なら良いのかは知らないが。
まぁ…傷つけたんじゃないんなら、良かった。
「…やっぱり結婚すれば?」
「冗談だろ…」
何故か、真顔で結婚を促すキュレムを、力なく一括して。
ともあれ、俺とベリクリーデは、無事に『白雪姫と七人の小人』の試練を乗り越え。
生存が、確定したのであった。
―――――――…ジュリスとベリクリーデの、命を懸けた超ロマンチック(?)な結婚式から、およそ二日。
『白雪姫と七人の小人』から、新たなる刺客が二人、やって来た。
「やぁ、僕は『怒り』の小人」
「僕は『悲しみ』の小人だよ」
「君達に、『怒り』を」
「『悲しみ』を」
「教えてもらいに来たよ!」
…。
…およそ。
怒りからも、悲しみからも程遠い、軽いノリで。
今度は、赤い服を着た「怒り」の小人。
そして、対象的に青い服を着た、「悲しみ」の小人が。
それぞれ、空っぽの小瓶を持って現れた。
そろそろ来るだろうと思ってたから、そんなに驚きはしない…つもりだったが。
やはり、いざ目の前に現れると…。
…やっぱりムカつくな。
こいつらは、俺を腹立させる天才だよ。
この時点で、もう既に「怒り」なら充分教えられる気がする。
「ほう、やっと来ましたか…。良いですね、怒りと悲しみ。僕はどっちでも良いですよ」
「う、うん…。契約…望むところだ」
いつ小人が出てきても良いように、棺桶の傍に控えていたナジュと天音が、小人の前に出る。
そして。
「我々がいることも、お忘れなきよう」
「僕と契約しても良いよ」
同じく棺桶の傍に控えていた、聖魔騎士団魔導部隊大隊長の、クュルナもエリュティアも同様だ。
ついでに言うなら、俺もな。
かかってこい。
「ふーん…。君達威勢が良いね〜」
「誰にしようかな?」
怒りと悲しみの小人は、しばし俺達を品定めするように眺めた後。
「よしっ、僕は君にするよ」
「僕は君に決めた!」
まるで、今晩の献立でも決めるかのような軽いノリで。
クュルナとエリュティアの指に、茨の指輪が巻き付けられた。
赤い服の、怒りの小人がクュルナに。
青い服の、悲しみの小人がエリュティアに。
七日後に迫った、死の刻限。
…こいつら…!
「おい、今度は何をさせるつもりだ?」
のっけから、俺は喧嘩腰だった。
怒りを教えろ、悲しみを教えろと言うなら話は早い。
とりあえず、逆さに宙吊りにして振りまくってやる。
そうすれば、怒りも悲しみも感じるだろう。
と、俺はなかなかに過激なことを考えていたが。
「何をすれば良いんですか、私は」
「悲しみって…どう教えたら良いの?」
契約を交わした当人である、クュルナとエリュティアは、意外と冷静であった。
騒いでいるのは俺だけか。
すると。
「君達は、何もしなくて良いんだよ」
「そうそう。ただ、感じてくれれば良いんだ」
「君は、怒りを」
「君は、悲しみを」
「それぞれ感じてくれれば、勝手に瓶はいっぱいになる」
「七日間、ずっとね」
小人共は、交互にこう説明した。
それだけでも充分ムカつくが。
七日間…ずっと、だと?
これまでは、俺達の努力次第で、七日間の期限を待たずに解放されていたが。
今回は違う。
こいつら今、七日間ずっと、って言ったぞ。
つまりクュルナとエリュティアを、七日間ずっと拘束し続けるってことか?
「そんなことしなくても…教えれば良いんだろう?お前達が望む…怒りや悲しみを」
「悪いけど、僕達には僕達のやり方があるから」
「そうだよ。君らに勝手に決められる筋合いはないね〜」
ムカッ。
それを言うならこっちだって、お前らに、勝手に決められる筋合いはないっての。
調子に乗りやがって。
「それに、他の小人の試練より楽だよ?」
「だって、君達は何の努力もしなくて良いんだから」
「そうだよ。ただ怒って、悲しんでくれれば良いだけ」
「その為のお膳立ては、僕達がしてあげるからね」
…何だと?
言ってる意味が、よく…。
と、思ったそのとき。
「わーっ!きゃーっ!」
シルナが、素っ頓狂な悲鳴をあげた。
何事かと思って振り向くと。
ケーキボックスを持ったシルナが、床にすってんころりんと転んでいた。
ボックスから飛び出たケーキが、べちょっ、とクュルナの服と髪を汚していた。
…何やってんだ?
一瞬にして、クリームまみれになるクュルナ。
「何をやってんだよ、この馬鹿シルナは?」
「ご、ごごごごめんクュルナちゃん!えぇ!?ちょ、私も分からないんだよ!な、何だか、いきなり足元が滑って…!転んだと言うより、転がされたみたいな…」
はぁ?何だその言い訳は。
「し、しかもそのケーキ…エリュティア君にあげようと思ってた奴…!」
そうなの?
エリュティアにあげるはずのケーキが、ぐちゃぐちゃになって潰れ、クュルナの服を汚した。
エリュティアも、クュルナも不幸になる展開である。
更に。
「で、でもお茶は無事だから!お茶飲んで落ち着こっ、ね?美味しい紅茶淹れたから、ほら」
シルナが、慌ててフォローの為に紅茶のティーカップを二人の前に出す。
が。
クュルナがティーカップを手にした瞬間、落としてもいないのに、パリーン、と割れるティーカップ。
熱い紅茶の水が、クュルナの袖をびしゃびしゃに濡らす。
そして、一方のエリュティアは。
「むぐっ…!?げほっ!!げほっ、えほっ…うぐっ…えほっ、ごほっ、ごほっ」
紅茶を一口飲んで、盛大に噎せていた。
「え、エリュティア?大丈夫か?」
どうした、器官に入ったか?
「しよっ、げほっ…。ごほっ、し、しおっ」
しお?
「し、塩っ、入ってる。しょ、しょっぱ…。げほっ、ごほっごほっ」
塩!?
紅茶に塩!?
「シルナ!?お前塩入れたのか、エリュティアの紅茶に!」
「えぇぇ!?そんなはず…。…あ!何で!?砂糖入れてたはずなのに…塩になってる!!」
慌ててシルナが引き出しを確認すると、いつもならスティックシュガーが山程入っているはずの場所が。
何故か、スティックソルトにすり替わっていた。
何だスティックソルトって。聞いたことないぞ。
これは…もしかして。
「ごめんね!はい、これは大丈夫だから。はい、これチョコ」
シルナが、急いでケーキの代わりに詫びチョコを出す。
が、
「…何だかこれ、一口齧られてるんですが…」
「えぇぇ!?」
クュルナが摘んだチョコは、何故か端っこがちょこっと欠けていた。
ネズミに齧られたみたいに。
更に、エリュティアは。
「もごっ…!?げほっ、げほっ!」
また噎せてる。
「大丈夫かエリュティア。しっかりしろ、何があった?」
「からっ…。辛い、これ…辛いっ…ごほっ」
辛い?チョコレートが?
よく確かめてみると、エリュティアの齧ったチョコレートの中には。
いつぞや、元暗殺者組が仕込んでいた、例のデスソースが。
まさかそんな。いつの間に、誰がこんな陰湿な悪戯を?
やっぱり、これは…。
よもやと思って、小人共を見ると。
奴らは、にやにやしながらこちらを見ていた。
よく見たら、それぞれの小瓶の底に、それぞれ赤い液体と、青い液体が溜まり始めていた。
あれが…奴らの感情ゲージなのか。
「お前らの仕業なのか?これ…」
「うん」
「そうだよ」
この野郎、悪びれもせず。
つまりこれは、全部この小人共の仕業で。
意図的に、クュルナとエリュティアに不運が起きるよう、操作しているのか。
クュルナは怒りを、エリュティアは悲しみを感じるように。
「この調子で、七日間じっくりかけて、僕は怒りを…」
「僕は悲しみを、君達に教えてもらうからね」
…最低だ。
そして陰湿だ。
もう、既にこの時点で怒りも悲しみも感じてるよ。
「大丈夫。瓶がいっぱいになったら、ちゃんと解放してあげるからさ」
「そうそう。君達は、ただ感じてくれるだけで良い。楽なものでしょ?」
この小人、もう何回もぶん殴ってやりたいと思ったことだが。
やっぱりぶん殴ってやりたい。
何が楽なもんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。
「この調子で、あと七日間…頑張ってね〜」
小人共に、へらへらと笑われ。
俺はこいつらをぶん殴りたい衝動を、必死に堪えるのだった。
――――――それから、クュルナとエリュティアに不幸が始まった。
…と、思ったのだが。
「…羽久、頭にガムついてる」
「…あぁ、知ってる」
さっき外の通路を歩いていたら、何処かから頭に、ベチャッ、と飛んできたんだよ。
もう、いちいちリアクションするのも面倒だから、知らない振りをしてたんだよ。
クュルナに、不幸が見舞われると思っていたら。
何故か、俺に不幸が降り掛かるようになった。
怒り、悲しみの小人と、クュルナとエリュティアがそれぞれ契約してから、今日で三日目。
俺は、数々の不幸に見舞われるようになっていた。
「髪に絡まってるよ、ガム」
「陰湿ないじめだねー」
「…別にいじめではないけど…」
頭の後ろに手を回してみると、ガムのベタベタが髪に貼り付いていた。
気持ち悪っ…。
無視していようと思ったけど、さすがに無視出来ない。
「あぁ…。あぁぁ〜…羽久…大丈夫?」
シルナが、あわあわしながら聞いてきた。
「大丈夫ではないだろ…」
一昨日、昨日と、こんなことばかりだ。
いや、日に日に酷くなっている。
「羽久、足元汚れてるよ」
令月が、俺の足元を眺めながら呟いた。
そうだよ。知ってる。
「さっき歩いてたら、突き飛ばされて水溜りに足突っ込んだんだよ」
「背中も汚れてるよ」
「さっき外で、泥団子が飛んできた」
もう、いっそコントなんじゃないかと思うよな。
不運とか、そういう次元を越えてるよ。
「可哀想だねー。ガム、俺の糸で取ってあげるよ」
「おぉ…ありがとう」
すぐりが得意の糸魔法を使って、俺の髪の毛にへばりついたガムを、こそげ取ってくれた。
ありがとう。
これで、少しはベタベタが何とかなるだろう。
「元気出して、羽久…!ほら、これ。私の秘蔵のチョコあげるから」
シルナが、お宝のチョコレートをくれた。
「あぁ、ありがとう…」
有り難くチョコレートを受け取って、口に放り込む。
が。
「…!?」
甘いはずのチョコレートは、何故か一口噛むなり、信じられない苦味を感じた。
漢方薬みたいな味がする。何だこれ?
「げほっ…がはっ…」
「え、だ、大丈夫!?」
「にっが…!何だこれ…!?」
一体、何が仕込まれてるんだ?
更に、俺の不幸はこれだけに留まらない。
「だ、大丈夫羽久!?ほらっ…せめてこれ、ホットチョコレート飲んで。美味しいから」
シルナが、ホットチョコレートの入ったマグカップを渡してくれた。
「あぁ、ありが…」
マグカップを受け取った、その瞬間。
何もしてないのに、マグカップの持ち手が、バキッと音を立てて壊れ。
そのまま、マグカップが俺の膝の上に落下。
同時に、カップに入っていた熱々のホットチョコレートが膝を汚した。
「あっつ!!」
「あわあわあわ。羽久大丈夫!?」
もう、何をしても全く上手く行かない。
どころか、何をしても、不幸しか生まない。
慌てて、シルナと天音が、ホットチョコレートで火傷した膝に、回復魔法をかけてくれた。
申し訳なくて泣きたい。
すると、天音があることに気づいた。
「…!…羽久さん、その頭の瘤…どうしたの?」
おぉ…天音。よく気づいてくれたな。
「あぁ、これな…。今朝、授業の為に教室に行こうとしたら…階段から…椅子が落ちてきて…」
「階段から…椅子…!?」
信じられない事態だと思うだろう?
俺も信じられなかったよ。
でも、実際転げ落ちてきた椅子が、脳天を直撃したら…信じない訳にはいかないだろう?
めちゃくちゃ痛かった。
「そ、そんな不幸なことが…何で羽久さんに…」
「あぁ…うん。それなぁ…」
俺も、この三日間、ずっと考えてるんだけど…。
「とはいえ、エリュティアさんも負けてないですよ」
俺が不幸に見舞われるのを見ながら、ナジュがそう言った。
あぁ、そうだな。
悲しみの青い小人と、契約してからというもの。
不幸の度合いで言うなら、エリュティアも俺と負けてないのだ。
その証拠に。
「…エリュティアさん…その、何でびしょびしょなんですか?」
天音が、恐る恐る尋ねると。
エリュティアは遠い目をして、悲しげに答えた。
「うん…実は、僕の頭上にだけ、ピンポイントで雨雲が発生してて…」
雨に打たれて、びしょ濡れだと。
空、快晴なのにな。
エリュティアの頭上だけに雨雲とか、どんなギャグ漫画だよ。
「しかも…拭こうと思って持ってきたタオルに…いつの間にか穴が空いてて…」
そう言って、エリュティアは巨大な穴の空いた、穴開きタオルを広げて見せてくれた。
これは切ない。
「いっそもう…傘を持って歩こうかと思ってるんだ…」
「…そうか…」
それは…悲しいな。