神殺しのクロノスタシスⅣ

…今何て言った?この小人野郎。

「ロマンチックさが足りない。こんな結婚式じゃあ、『喜び』を感じられないよ」

と、宣うオレンジ小人の持つ小瓶には。

オレンジ色の液体が、小瓶の四分の三くはいの量を満たしてはいたが、残りの四分の一は、依然満たされないまま。

嘘だろ。

ここまでしたのに、まだ足りないと?

「何が…何が不満なんだよ?」

この上なく頑張っただろ。俺も、ベリクリーデも。

しかし。

「不満だね。だって、この式では…一番重要な…一番肝心な…誓いのキスをしてない!」

ぎくっ。

この野郎…そこに気づきやがったか。

いや、まぁ気づくよな。

何よりメルヘンとロマンを追求する小人にとって、結婚式の一大イベントである、誓いのキスのシーンが飛ばされたことは、当然不満だろう。

それは、俺も薄々勘づいてはいたよ。

誓いのキス省いたけど大丈夫だろうかって、ちょっと不安でもあったよ。

何とか、なぁなぁにして流せるかと思ったが…そこまで甘くなかった。

案の定咎められたか。

だけどな、でも…いくらなんでも。

誓いのキスだけは、お遊戯でやっちゃ駄目なことだと思ったんだよ。

「それに、なんか二人共ぎこちないよね?新婦はともかく新郎が」

ぎくっ。

こいつ…間抜けな顔してる癖に、案外目ざといぞ。

「これってもしかして、本当の結婚式じゃないんじゃないの?」

…お前。

なんて観察眼なんだ…。

いや、でもな?お前が勝手にペア割りして、勝手に契約の指輪を嵌めてきたんだからな?

本当の結婚式になる訳ないだろうよ。強制結婚じゃないか。

しかし、そんな道理は、小人には通用しない。

「こんな結婚式じゃ、僕は満足しないね。ちゃんと、互いが愛し合う結婚式じゃないと。愛の感じられない結婚式なんて、それは結婚式じゃない!」

駄々っ子のように断言して、ふいっ、と顔を背ける小人。

…不味い。

「そ、そんな…。そんなことはないですよ。お二人共、ちゃんと永遠の愛を誓ったじゃないですか?」

シュニィが、半ば青ざめて小人を説得しようとするも。

小人は、こんな結婚式では合格を出す訳にはいかないとばかりに、ふんぞり返って無視。

…良い度胸じゃねぇか。

そうやって、俺達に結婚式二度目を強いるつもりか。

しかし今回の場合、一度目が二度目を上回ることは、決してない。

何故なら、もう既に一度、ドレスも見せたしケーキも見せている。

一度見た時点で、二度目へのハードルは爆上がりなのだ。

このまま、何とか二度目を開催したとしても、OKが出る可能性は低い。

ならば、どうするか。

ここで、何とかゴリ押しするしかないってことだ。

誰もが青ざめたそのとき、俺は全力で虚勢を張り。

「おい、誰が愛し合ってないだって?」

やけっぱち、かつ渾身の…悪あがきを始めた。
「愛し合ってないなんて、お前が勝手に決めんなよな」

「だって君、ちっとも新婦のことを愛してないじゃないか」

その通りだよ。

愛してはいない。愛してはいない…けどな。

「適当な言いがかりはやめてもらおうか。好きでもない女と…結婚式なんかする訳ないだろ」

今だけは、全力で愛させてもらうぞ。

俺は、これみよがしにベリクリーデの肩を抱いた。

ここでベリクリーデが逃げたら、もう取り返しがつかないところだったが。

生憎ベリクリーデは、きょとんとしながらも、逃げることはなかった。

よし、そのまま良い子でいてくれ。

後で、好きなだけ殴られてやるから。

「俺はちゃんと、ベリクリーデを愛してるよ」

「…本当に〜…?」

胡散臭い顔しやがって。

「あぁ。さっきは…その、小っ恥ずかしいもんだから…ぶっきらぼうな振りしてただけで…。本当は死ぬほど愛してるんだよ」

こうなったらやけっぱち。

背に腹は代えられない。

自分でも、何言ってんだ俺、とは思うが。

「誓いのキスが見たいんだったな?良いよ、証明してやるよ、俺がちゃんとベリクリーデを愛してるってことをな」

「え?」

オレンジ小人が、ぽかんとしているのを尻目に。

俺はベリクリーデの顎に軽く指を当てて、こちらを向かせ。

そのまま、グロスの光る唇に口付けした。

「ひょはっ!」とかいう、シルナ・エインリーの奇声や。

「あっ…」という、シュニィのちょっと恥ずかしそうな声や。

「…?」と、キスされているのにぽやんとしている、ベリクリーデの視線が痛かったが。

何度も言うが、背に腹は代えられない。

誓いのキスを見せて満足するなら、俺が後でベリクリーデに殴られるくらいは、安いものだ。

「う、うわぁ…!結婚式だ…誓いのキスだ!『喜び』が…『喜び』が溢れてるよ!」

オレンジ小人の、この現金なこと。

誓いのキスを見せられるなり、ぐんぐんと小瓶の中身が溜まり。

あっという間に、溢れ出る寸前。

「これぞ『喜び』…!白雪姫に捧げるに相応しい感情だ!」

と、小人が叫ぶなり。

俺達を戒めていた、茨の指輪が…霧のように、消えてなくなった。
…九死に、一生を得る。

とは、まさにこのこと。

誓いのキスで…救われる命もある。

「…やっぱりさぁ。そのまま結婚しちゃえば良いんじゃね?」

何とか一命を取り留めた俺とベリクリーデに、キュレムがポツリと溢した。

「お前、ふざけんなよ…。こっちは命懸かってるんだよ…」

危うく死ぬところだったんだからな。分かってるか?

そんな浮ついた気持ちになれるか。

それなのに、キュレムは。

「いやー…。割とお似合いだと思うけどねー」

お前、他人事だと思って呑気な。

あ、そうだそれよりも。

「ベリクリーデ…悪かったな」

「…ジュリスにキスされちゃった」

あ、うん…。

「しかも初めて。ナンバーワンキスだ…」

ファーストキスだろ。何だよナンバーワンって。

いや、言いたいことは分かるけど。

「悪かったと思ってるよ。殴って気が済むなら、好きなだけ殴ってくれ」

「何でジュリス殴るの?」

「そりゃお前…。予定にもないのに、乙女のファーストキスを奪ったからだろ…」

こんな、色気も何もないシチュエーションでさ。

女子にとっては、一生モノの傷になるだろう。

ファーストキスがこんな、好きでもない男に奪われるなんて。

本当に悪かったと思ってるよ。

でも、死ぬよりはマシだと思ったから。

「ジュリスなら嫌じゃないよ」

それなのに、ベリクリーデはこの反応。

…泣き叫んでビンタされても、文句は言えないと思ったんだけどな。

「無理しなくて良いんだぞ?」

「無理なんかしてないよ。他の人だったら、何だか嫌だけど…でもジュリスだから良いよ」

「…あ、そう…」

何で、俺なら良いのかは知らないが。

まぁ…傷つけたんじゃないんなら、良かった。

「…やっぱり結婚すれば?」

「冗談だろ…」

何故か、真顔で結婚を促すキュレムを、力なく一括して。

ともあれ、俺とベリクリーデは、無事に『白雪姫と七人の小人』の試練を乗り越え。

生存が、確定したのであった。
―――――――…ジュリスとベリクリーデの、命を懸けた超ロマンチック(?)な結婚式から、およそ二日。






『白雪姫と七人の小人』から、新たなる刺客が二人、やって来た。

「やぁ、僕は『怒り』の小人」

「僕は『悲しみ』の小人だよ」

「君達に、『怒り』を」

「『悲しみ』を」

「教えてもらいに来たよ!」

…。

…およそ。

怒りからも、悲しみからも程遠い、軽いノリで。





今度は、赤い服を着た「怒り」の小人。

そして、対象的に青い服を着た、「悲しみ」の小人が。

それぞれ、空っぽの小瓶を持って現れた。

そろそろ来るだろうと思ってたから、そんなに驚きはしない…つもりだったが。

やはり、いざ目の前に現れると…。

…やっぱりムカつくな。

こいつらは、俺を腹立させる天才だよ。

この時点で、もう既に「怒り」なら充分教えられる気がする。

「ほう、やっと来ましたか…。良いですね、怒りと悲しみ。僕はどっちでも良いですよ」

「う、うん…。契約…望むところだ」

いつ小人が出てきても良いように、棺桶の傍に控えていたナジュと天音が、小人の前に出る。

そして。

「我々がいることも、お忘れなきよう」

「僕と契約しても良いよ」

同じく棺桶の傍に控えていた、聖魔騎士団魔導部隊大隊長の、クュルナもエリュティアも同様だ。

ついでに言うなら、俺もな。

かかってこい。

「ふーん…。君達威勢が良いね〜」

「誰にしようかな?」

怒りと悲しみの小人は、しばし俺達を品定めするように眺めた後。

「よしっ、僕は君にするよ」

「僕は君に決めた!」

まるで、今晩の献立でも決めるかのような軽いノリで。

クュルナとエリュティアの指に、茨の指輪が巻き付けられた。

赤い服の、怒りの小人がクュルナに。

青い服の、悲しみの小人がエリュティアに。

七日後に迫った、死の刻限。

…こいつら…!

「おい、今度は何をさせるつもりだ?」

のっけから、俺は喧嘩腰だった。

怒りを教えろ、悲しみを教えろと言うなら話は早い。

とりあえず、逆さに宙吊りにして振りまくってやる。

そうすれば、怒りも悲しみも感じるだろう。

と、俺はなかなかに過激なことを考えていたが。

「何をすれば良いんですか、私は」

「悲しみって…どう教えたら良いの?」

契約を交わした当人である、クュルナとエリュティアは、意外と冷静であった。

騒いでいるのは俺だけか。

すると。

「君達は、何もしなくて良いんだよ」

「そうそう。ただ、感じてくれれば良いんだ」

「君は、怒りを」

「君は、悲しみを」

「それぞれ感じてくれれば、勝手に瓶はいっぱいになる」

「七日間、ずっとね」

小人共は、交互にこう説明した。

それだけでも充分ムカつくが。

七日間…ずっと、だと?
これまでは、俺達の努力次第で、七日間の期限を待たずに解放されていたが。

今回は違う。

こいつら今、七日間ずっと、って言ったぞ。

つまりクュルナとエリュティアを、七日間ずっと拘束し続けるってことか?

「そんなことしなくても…教えれば良いんだろう?お前達が望む…怒りや悲しみを」

「悪いけど、僕達には僕達のやり方があるから」

「そうだよ。君らに勝手に決められる筋合いはないね〜」

ムカッ。

それを言うならこっちだって、お前らに、勝手に決められる筋合いはないっての。

調子に乗りやがって。

「それに、他の小人の試練より楽だよ?」

「だって、君達は何の努力もしなくて良いんだから」

「そうだよ。ただ怒って、悲しんでくれれば良いだけ」

「その為のお膳立ては、僕達がしてあげるからね」

…何だと?

言ってる意味が、よく…。

と、思ったそのとき。

「わーっ!きゃーっ!」

シルナが、素っ頓狂な悲鳴をあげた。

何事かと思って振り向くと。

ケーキボックスを持ったシルナが、床にすってんころりんと転んでいた。

ボックスから飛び出たケーキが、べちょっ、とクュルナの服と髪を汚していた。

…何やってんだ?

一瞬にして、クリームまみれになるクュルナ。

「何をやってんだよ、この馬鹿シルナは?」

「ご、ごごごごめんクュルナちゃん!えぇ!?ちょ、私も分からないんだよ!な、何だか、いきなり足元が滑って…!転んだと言うより、転がされたみたいな…」

はぁ?何だその言い訳は。

「し、しかもそのケーキ…エリュティア君にあげようと思ってた奴…!」

そうなの?

エリュティアにあげるはずのケーキが、ぐちゃぐちゃになって潰れ、クュルナの服を汚した。

エリュティアも、クュルナも不幸になる展開である。

更に。

「で、でもお茶は無事だから!お茶飲んで落ち着こっ、ね?美味しい紅茶淹れたから、ほら」

シルナが、慌ててフォローの為に紅茶のティーカップを二人の前に出す。

が。

クュルナがティーカップを手にした瞬間、落としてもいないのに、パリーン、と割れるティーカップ。

熱い紅茶の水が、クュルナの袖をびしゃびしゃに濡らす。

そして、一方のエリュティアは。

「むぐっ…!?げほっ!!げほっ、えほっ…うぐっ…えほっ、ごほっ、ごほっ」

紅茶を一口飲んで、盛大に噎せていた。

「え、エリュティア?大丈夫か?」

どうした、器官に入ったか?

「しよっ、げほっ…。ごほっ、し、しおっ」

しお?

「し、塩っ、入ってる。しょ、しょっぱ…。げほっ、ごほっごほっ」

塩!?

紅茶に塩!?

「シルナ!?お前塩入れたのか、エリュティアの紅茶に!」

「えぇぇ!?そんなはず…。…あ!何で!?砂糖入れてたはずなのに…塩になってる!!」

慌ててシルナが引き出しを確認すると、いつもならスティックシュガーが山程入っているはずの場所が。

何故か、スティックソルトにすり替わっていた。

何だスティックソルトって。聞いたことないぞ。

これは…もしかして。
「ごめんね!はい、これは大丈夫だから。はい、これチョコ」

シルナが、急いでケーキの代わりに詫びチョコを出す。

が、

「…何だかこれ、一口齧られてるんですが…」

「えぇぇ!?」

クュルナが摘んだチョコは、何故か端っこがちょこっと欠けていた。

ネズミに齧られたみたいに。

更に、エリュティアは。

「もごっ…!?げほっ、げほっ!」

また噎せてる。

「大丈夫かエリュティア。しっかりしろ、何があった?」

「からっ…。辛い、これ…辛いっ…ごほっ」

辛い?チョコレートが?

よく確かめてみると、エリュティアの齧ったチョコレートの中には。

いつぞや、元暗殺者組が仕込んでいた、例のデスソースが。

まさかそんな。いつの間に、誰がこんな陰湿な悪戯を?

やっぱり、これは…。

よもやと思って、小人共を見ると。

奴らは、にやにやしながらこちらを見ていた。

よく見たら、それぞれの小瓶の底に、それぞれ赤い液体と、青い液体が溜まり始めていた。

あれが…奴らの感情ゲージなのか。

「お前らの仕業なのか?これ…」

「うん」

「そうだよ」

この野郎、悪びれもせず。

つまりこれは、全部この小人共の仕業で。

意図的に、クュルナとエリュティアに不運が起きるよう、操作しているのか。

クュルナは怒りを、エリュティアは悲しみを感じるように。

「この調子で、七日間じっくりかけて、僕は怒りを…」

「僕は悲しみを、君達に教えてもらうからね」 

…最低だ。

そして陰湿だ。

もう、既にこの時点で怒りも悲しみも感じてるよ。

「大丈夫。瓶がいっぱいになったら、ちゃんと解放してあげるからさ」

「そうそう。君達は、ただ感じてくれるだけで良い。楽なものでしょ?」

この小人、もう何回もぶん殴ってやりたいと思ったことだが。

やっぱりぶん殴ってやりたい。

何が楽なもんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。

「この調子で、あと七日間…頑張ってね〜」

小人共に、へらへらと笑われ。

俺はこいつらをぶん殴りたい衝動を、必死に堪えるのだった。
――――――それから、クュルナとエリュティアに不幸が始まった。




…と、思ったのだが。





「…羽久、頭にガムついてる」

「…あぁ、知ってる」

さっき外の通路を歩いていたら、何処かから頭に、ベチャッ、と飛んできたんだよ。

もう、いちいちリアクションするのも面倒だから、知らない振りをしてたんだよ。

クュルナに、不幸が見舞われると思っていたら。

何故か、俺に不幸が降り掛かるようになった。










怒り、悲しみの小人と、クュルナとエリュティアがそれぞれ契約してから、今日で三日目。

俺は、数々の不幸に見舞われるようになっていた。

「髪に絡まってるよ、ガム」

「陰湿ないじめだねー」

「…別にいじめではないけど…」

頭の後ろに手を回してみると、ガムのベタベタが髪に貼り付いていた。

気持ち悪っ…。

無視していようと思ったけど、さすがに無視出来ない。

「あぁ…。あぁぁ〜…羽久…大丈夫?」

シルナが、あわあわしながら聞いてきた。

「大丈夫ではないだろ…」

一昨日、昨日と、こんなことばかりだ。

いや、日に日に酷くなっている。

「羽久、足元汚れてるよ」

令月が、俺の足元を眺めながら呟いた。

そうだよ。知ってる。

「さっき歩いてたら、突き飛ばされて水溜りに足突っ込んだんだよ」

「背中も汚れてるよ」

「さっき外で、泥団子が飛んできた」

もう、いっそコントなんじゃないかと思うよな。

不運とか、そういう次元を越えてるよ。

「可哀想だねー。ガム、俺の糸で取ってあげるよ」

「おぉ…ありがとう」

すぐりが得意の糸魔法を使って、俺の髪の毛にへばりついたガムを、こそげ取ってくれた。

ありがとう。

これで、少しはベタベタが何とかなるだろう。

「元気出して、羽久…!ほら、これ。私の秘蔵のチョコあげるから」

シルナが、お宝のチョコレートをくれた。

「あぁ、ありがとう…」

有り難くチョコレートを受け取って、口に放り込む。

が。

「…!?」

甘いはずのチョコレートは、何故か一口噛むなり、信じられない苦味を感じた。

漢方薬みたいな味がする。何だこれ?

「げほっ…がはっ…」

「え、だ、大丈夫!?」

「にっが…!何だこれ…!?」

一体、何が仕込まれてるんだ?

更に、俺の不幸はこれだけに留まらない。