神殺しのクロノスタシスⅣ

しかも、今回の同伴者はナジュである。

一番一緒にいたくない(読心魔法があるから)奴と、こんな遠方まで…。

「そんなぁ、そう言わないでくださいよ。俺とあなたの仲じゃないですか」

ほら。俺何も言ってないのに、平気で心読んで会話してくるし。

先が思いやられる。

「それで?どうするんだよ」

これ以上、読まれたくもない心を読まれる前に。

さっさとやるべきことを済ませて、学院に戻りたい。

「決まってるでしょう?突撃訪問ですよ」

やはりか。

まぁ、わざわざシャネオンまで来たんだから、そうだろうとは思っていたが。

「また、門前払い食らうんじゃないか?」

「あれは学院長が訪ねていったからでしょう?僕と羽久さんだけなら、話聞いてくれますよ」

「でも…俺達だって魔導師なんだぞ?エヴェリナ母が魔導師排斥論者なら、俺達のことも拒絶するだろうに」

「歓迎はされなくても、話くらいは聞いてもらえるでしょう」

「何でそう思うんだ?」

ナジュにしては、いやに楽観的…かと思いきや。

「だって、僕、これ持ってきてますから」

と、言って。

ナジュは、ぴらっ、と紙切れを掲げて見せた。

おま、それ…!

「退学届じゃないか…!何で持ってきたんだよそんなの?」

エヴェリナ母の手に渡ったら、すぐさま記入して、提出されかねない。

「『お望み通り持ってきましたよ、でもその前に、ちょっとお話させてください』くらい言わなきゃ、また門前払いでしょ。手ぶらじゃ入れてもらえませんよ」

そ、それはそうかもしれないが。

「それに、いくら退学届を提出されたって、こちらが受理しなかったら、退学は成立しません。記入用紙渡したから即退学、にはなりませんよ」

「そうだけど…。でも、退学届を渡すのは危険だろ…」

こっちは退学届に記入したんだから、さっさと受理しろ!と言い張ることが出来るんだぞ。

あまりに危険な綱渡りだ。

「だから、そもそもこのくらいの『誠意』を見せないと、まず話し合いの機会さえ持たせてくれないんですって」

「う…」

「まずは、同じテーブルに着かなきゃ話にならない。門前払いよりはマシでしょう」

…悔しいが、ナジュの言う通りだ。

俺達は、エヴェリナ母にとって敵なのだから。

交渉をするには、こちらもある程度の覚悟を決め、誠意を見せなければ。

そもそも、話し合いにさえ応じてもらえない。

「分かったよ…。でも、絶対退学は認めないからな。俺じゃなくて、シルナが」

「知ってますよ。だから、これはあくまでパフォーマンスです」

見せるだけ、ってことだな?

本気で退学させる気はないんだよな?

「そういうことですね」

そうか。なら良い。

「よし…。じゃあ、行くか」

「えぇ。いざ、打倒頑固主婦」

その言い方やめろ。
そして、辿り着いたオーネラント宅。

この家に来るのは、これで二度目だな。

二階を見上げてみたが、やはりカーテンは閉め切られ、エヴェリナの姿は見えなかった。

でも、多分あの部屋にいるんだよな…。

自分の運命はどうなってしまうのかと、不安を抱えながら…。

…心配するな。絶対、俺達が何とかしてやるからな。

「…格好良いこと言いますね」

「言ってねぇから。勝手に心を読んで、言ったことにするな」

これだから、ナジュ同伴は嫌だよ。

「さぁて、じゃあ押しますかー」

と、ナジュは躊躇なくインターホンを押す。

これで留守でした、とかだったら嫌だけど。

幸い、ちゃんとドアが開いた。

「…どちら様ですか?」

出てきたのは、不機嫌そうな顔の中年女性。

エヴェリナ母である。

惜しい。これがエヴェリナ父だったなら、ワンチャン快く家に上げてくれたかもしれないのに。

父親の方が、気性が穏やかそうだったから。

しかし、ナジュは気にしない。

「こんにちは、奥さん。いやぁ、突然お訪ねして済みません」

にこりと、人の良い笑みを浮かべてそう言った。

傍目から見れば、好青年に見えるのだろうが。

俺は、こいつの本性を知っているせいか、めちゃくちゃ胡散臭く見えた。

こういう奴が詐欺師になるんだよ。

「あぁ…はい」

イケメンカリスマ教師を自称するだけあって、ナジュの笑顔は、それなりに効果的だったようで。

エヴェリナ母は、少し扉を開けた。

どうやら門前払いはされそうもない…か?

ってか、ナジュの悪どい笑顔に騙されるなよ。

詐欺師だって絶対。

そしてナジュは、扉が充分開かれたのを確認してから。

「実は僕は、イーニシュフェルト魔導学院から来たんですが」

ようやく、身分を明かした。

若干心を開きかけていたエヴェリナ母は、それを聞いて顔を堅くした。

ヤバいか、と思ったが、しかし扉を開けてしまった手前、バンと閉じるようなことはしなかった。

相手に扉を開けさせてから、身分を明かすとは。

ナジュ、マジで詐欺師説。

しかし、今はそれが見事に刺さってるぞ。
「イーニシュフェルト魔導学院ですって?何をしに…」

と、エヴェリナ母がつっけんどんに言おうとしたが。

「いやはや先日は、うちの頑固ジジィ、いえ、学院長が失礼をしました」

ナジュはエヴェリナ母の言葉を遮って、深々と頭を下げた。

…今お前、シルナのことを頑固ジジィ呼ばわりした?

シルナ泣いてるぞ。

「あなた、それは…」

また、エヴェリナ母が何か言おうとしたが。

「全く、如何せんうちの学院長は、我々教員達も手を焼くほどに、頑固で、古めかしい考え方をしてましてね。先日は、お宅の事情も顧みずに、一方的に押しかけてしまって、大変申し訳なかったです」

ナジュはエヴェリナ母に何も喋らせず、続けざまにそう言って。

また、大袈裟なまでに頭を下げた。

一方的に押しかけてるのは、シルナじゃなくてナジュのように見えるのだが。

しかし。

「本当に済みませんね。いや、常日頃、我らの学院長の身勝手さには、辟易してるんですよ。全く、先日はさぞや不快な思いをされたことでしょう?僕達も困ってるんですよ。誠に申し訳なく…」

ナジュの、怒涛のような謝罪の連鎖に。

「えぇと…はぁ…はい…」

エヴェリナ母は戸惑いながらも、しかし昨日のように、唾を飛ばして逆ギレすることはなかった。

「あのような学院長で、恥ずかしいばかりです。ねぇ、羽久さん。あなたもそう思いますよね?」

ナジュは、同意を求めてこちらを見た。

顔は、いかにも辟易している、といった表情だったが。

その目は、真剣そのものだった。

そのとき俺は、ナジュの狙いが分かった。

「そ、そうだな。先日はそちらの事情も考えず、勝手に押しかけて、本当に申し訳なかったです」

俺は、ナジュに合わせるようにして言った。

「先日失礼なことをしてしまったので、今日はまた改めて、学院長に代わりまして、伺った次第です。どうぞ、話し合いの場を持たせて頂けませんか?」

ナジュはまたしてもあの、人を騙す笑顔を浮かべて言った。

これはナジュの戦術である。

まず、シルナを敢えて悪者にして、槍玉に上げ。

「あくまでも悪いのはシルナ」だったことにして、自分は関係ないみたいな顔をし。

とにかく、しこたま謝る。

相手に反論する余地を与えず、謝り倒す。

人間、めちゃくちゃ謝ってきてる相手には、大きく出られないものである。

実際エヴェリナ母も、あまりに謝られまくって、怒るどころか戸惑っている。

そこに、ナジュがとどめを入れた。

「今日は、奥様がお望みだった退学届の記入用紙を持参してきました。どうか、中でお話させて頂けませんか?」

「…!」

エヴェリナ母が、表情を変えた。

出た、ナジュの切り札。

可能な限り第一印象を良く見せた後、餌をチラつかせる。

そして。

「…どうぞ」

エヴェリナ母の、鉄壁の要塞が崩れた。

「ありがとうございます。では、お邪魔しますね」

こうして、俺とナジュは。

ようやく、オーネラント宅の敷居を跨ぐことに成功したのだった。
――――――…その頃、イーニシュフェルト魔導学院では。

「は…へ、くちゅんっ、くちゅんっ」

続けざまに、くしゃみが出た。

ズズッ、と鼻を啜る。

「何です。良い歳したおっさんが、無駄に可愛いくしゃみをするんじゃないですよ、気色悪い」

イレースちゃんが、物凄く辛辣。

酷くない?今の聞いた?ねぇ。酷くない?私くしゃみしただけなのに。

「誰か、私の噂してるのかなぁ…?あっ。二回だったから、誰かが私の悪口言ってる?」

嫌なんだけど。

「馬鹿馬鹿しい。そんなジンクス、嘘っぱちです。くしゃみはくしゃみです」

イレースちゃんは、バッサリと切り捨てた。

…夢がない…。

「くしゃみが二回…誰かが自分のことを呪ってるんだっけ?」

「それは三回でしょ。二回は、寿命が二年縮んだんだよ」

「あ、そうだった」

と、恐らくジャマ王国の「くしゃみジンクス」を話している、令月君とすぐり君。

…知りたくなかったなぁ、そんなジンクス…。

くしゃみ二回で、寿命が二年縮み。

くしゃみ三回で、誰かに呪いをかけられている。

「…すぐり君。くしゃみが四回出たら、どんな意味があるの?」

知りたくないけど、何となく気になったら、聞かずにいられなかった。

が、

「四は『死』だからね〜。もうすぐ死ぬって意味」

やっぱり、聞かなければ良かった。

くしゃみが四回出たら、身の回りに気をつけよう…。

って言うか、ジャマ王国の「くしゃみジンクス」、怖過ぎない…?

私、ルーデュニア人で良かった…。
――――――…話を戻して。

南方都市シャネオンにある、オーネラント家にて。

俺とナジュは、ようやくこの家のリビングに入れてもらえた。

前回、話も聞いてもらえず、門前払いを食らったことを思えば。

マジで凄い進歩だと思うよ。

やべぇな、マジでもう。

ナジュの手口が、詐欺師過ぎて。

皆、訪問販売や宗教勧誘には気をつけろよ。ナジュみたいな、顔だけは良い訪問員には、特に要注意だ。

良い顔して良いこと言ってるように見えても、中身、腹黒どころじゃないから。

漆黒の腹だよ。

「本当に済みませんね、いきなり訪ねてきてしまって。ご迷惑だったでしょう?」

「…いえ…」

昨日とは打って変わって、静かなエヴェリナ母。

ナジュの、無駄に人の良い笑顔と、終始低姿勢のせいで…怒るに怒れないのだろう。

「ところで奥さん、今日は、ご主人はご在宅ですか?」

と、ナジュは笑顔のまま尋ねた。

「主人ですか?…書斎にいますけど…」

「あぁ、それは良かった。宜しければ、ご主人も同席の上で、お話させて頂けませんか?」

ピンと来た。

さっきナジュは、俺の心を読み、この家は母親より、父親の方が気性が穏やかだと知り。

その上で、あわよくば父親を味方につけようと、この場に呼ぼうとしているのだ。

「やはり、大事なお嬢さんの将来に関わることですから。ご主人も同席された方が良いかと…」

なんて、もっともらしいこと言って。

単に、味方増やしたいだけだからな。詐欺師舐めたらいかん。

そして、エヴェリナ母は、その詐欺師の罠にハマる。

「…分かりました。呼んできます」

そう言って、エヴェリナ母は席を立ち、書斎に向かった。

…リビングに、俺とナジュの二人きりになった瞬間。

「…さっきから、僕に対して失礼過ぎません?誰のお陰で、ここまでこぎ着けたと思ってるんですか」

「仕方ないだろ。お前が詐欺師なのが悪い」

「僕の何処が詐欺師ですか。こんなにイケメンで、人の良い善良な人間はいませんよ」

「その笑顔で人を騙し、読心魔法で相手の心境を伺いながら、シルナを悪者にして人の家に上がり込む奴が、何だって?」

「しっ…っつれいな…」

「ほら、もう戻ってきたぞ」

ナジュとの、僅かなお喋りの後。

エヴェリナ母が、夫であるエヴェリナ父を連れて、リビングに戻ってきた。
途端、ナジュの詐欺師モードが再発動。

「これはこれは、旦那さんまで呼びつけてしまって、大変申し訳ない。お忙しいところを…」

「あ、いえとんでもないです。娘の為に、わざわざ足を運んで頂いて…」

やはり、エヴェリナ父は、エヴェリナ母よりずっと話が分かる人のようで。

ナジュと違って演技ではなく、本当に申し訳なさそうな顔で、頭を下げた。

良かった。

エヴェリナ父がいてくれれば、もしエヴェリナ母がヒートアップしても。

何とか、緩衝材の役目を果たしてくれそうだ。

「それで、今日はお嬢さん…エヴェリナさんのお話をしに来たんですが…」

ナジュは、相変わらず微笑みを絶やさずに言った。

「聞いたところによると、エヴェリナさんを学院から退学させたいとか?」

「えぇ。そのつもりです」

エヴェリナ母は、先程とは打って変わって、きっぱりと答えた。

その話ならもう議論の余地なし、と言わんばかりの強硬な態度である。

この鉄壁を崩すのは、容易ではないぞ。

「それはまた、急なお話ですね。どうなさったんですか?」

分かってる癖に、とぼけた聞き方しやがって。

白々しいったらない。

「大体、私は娘を魔導学院なんかに入れるのは反対だったんです」

魔導学院「なんか」とまで言われてしまった。

悪かったな。魔導学院「なんか」で。

「魔導師を育てる学校だなんて…。詐欺師を育てる学校の間違いだわ」

「こ、こらお前…。やめないか…」

吐き捨てるように言ったエヴェリナ母を、エヴェリナ父が諌めようとしたが。

エヴェリナ母は、今度はキッ、と夫を睨んだ。

「あなたがそんな態度だから、あの子が我儘になってしまったんじゃないの。私は反対してたのに、イーニシュフェルトなんか受験させて、なまじ受かったものだから、良い気になって…」

「そ、それは、でもエヴェリナ自身もそう望んでたし…」

「あの子は、ただあのシルナ・エインリーに騙されてるだけなのよ。あの白々しい能天気な顔ったらないわ。あの顔で、人を騙すのよ。信じられないわ」

いや、どっちかと言うと。

今あなたを騙してるのは、白々しい笑顔を浮かべている、目の前の読心魔法教師なんだが?

そっちは疑わないのか?

「それから、今回のシャネオン駅の事件で確信したわ。あの事件は、魔導師排斥論者が起こした事件だそうね」

「えぇ、そう報道されてますね」

と、ナジュが答えた。

ちなみにあの事件の犯人は、無事捕まった。

エリュティアの努力の賜物である。

しかし。

「やっぱりね。魔導師なんて所詮インチキ呪い師だって、皆分かってるのよ。だからあんな事件が起きたんだわ」

そう捉えるのか、あんたは。

あの事件を聞いて、「魔導師排斥論者怖い」と思うのではなく。

「やっぱり魔導師排斥論者は正しいんだわ!」と思ったのか。

「私と同じ意見の人がいる!やっぱり私は間違ってない!」という、確信を得てしまった。

だから、エヴェリナを学院に返すことを拒んだのか。
「だから娘は絶対、イーニシュフェルト魔導学院になんか返しませんよ」

固い決意を感じる。

この難攻不落の要塞を相手に、どう立ち回れば良いのか…。

ナジュは、しばしエヴェリナ母に好きに言わせ、その様子を観察していたが。

「…でも、奥さん。イーニシュフェルトを退学させて、それからどうするんです?」

「そんなの決まってるわ。地元の中学校に転校させます」

本人の意志に関係なく、かよ。

「成程。でもそれって、学歴から見たら、凄く不利になると思いません?」

「…何ですって?」

お、ナジュの奴。

攻め込む隙を見つけたな?

「だってお嬢さん、一度はイーニシュフェルト魔導学院に入学してますから。一学期だけいて、そこから退学して、地元の中学校に転校…なんて、他人が見たら、何かあったのかと余計な勘繰りを入れらますよ、きっと」

「…」

そこまでは、考えが及んでいなかったのか。

エヴェリナ母は、一瞬返す言葉もなく口を噤んだ。

「良くも悪くも、我が校はエリート校と言われてますからね。そのエリート校をたった一学期でやめて、地元に帰る…なんて、やっぱり良い目では見てもらえませんよ」

こいつ、言い方は丁寧なように見えるが。

要するに、脅してるだけだからな。

「お宅の娘さん、学歴に傷がつくけど良いの?一生『あそこの娘さんって…』みたいにひそひそ言われるけど良いの?」って。

性悪な奴だよ。

「折角国内最難関と言われてる学校に合格して、しかもお嬢さん、成績も良いですからね。授業についていけてないのならともかく、今やめるのは勿体無くないですか?」

笑顔で追い詰めていくスタイル。

やっぱり詐欺師だわ。

「お嬢さんの学歴の為にも、ここは一旦六年間、お嬢さんをイーニシュフェルトで預からせてもらえませんか?」

「…」

口を噤み、こちらを睨むエヴェリナ母。

イレース並みの敵意を放ってるぞ。

あの目を前に、よくもまぁ笑顔で、つらつらと白々しいことばっか言えるもんだ。

「それにほら、イーニシュフェルト魔導学院を卒業したからって、必ず魔導師にならなきゃいけない訳じゃありません。学歴はあくまで、お嬢さんの経歴に箔が付いたということにして、別の道を進むという手段もありますよ」

まぁ、確かにそうなんだけど。

過去にそういう生徒も、全くいなかった訳じゃないんだけど。

国内最難関の魔導学院を、まるまる六年通って卒業しておきながら。

魔導師とは一切関係のない、普通の職につく生徒は、非常に稀だ。

しかもその頃には、エヴェリナもほとんど大人になっている。

自分の人生を、自分で決める権利を持てる年頃だ。

親の制止なんて、あってないようなもの。

六年後に従順になることを期待するのは、あまりにも無謀…だが。

ナジュが、あまりにももっともな顔して、もっともなことを言うので。

成程確かにそうだな、と思わせてくる。

本当に詐欺師だ。

相手にそう思い込ませる、その技術が凄い。

やっぱり詐欺師だわ。

敵に回したくない。もとは敵だったけれども。

「どうでしょう?ねぇ、お父さん」

ナジュは、敢えてエヴェリナ父の方に同意を求めた。

まずは、父親の方を味方につけようと思ったのだろう。

そして、実際。

「う、うん…。確かにそうだな。ともあれ、エヴェリナの望むように…」

と、味方になってくれそうな雰囲気を出したが。

エヴェリナ母は、夫が敵に回ろうとしているのを察知し。

伝家の宝刀、逆ギレを始めてしまった。
「何よ、あなたまで言いくるめられて!」

自分も言いくるめられている自覚、あったのか?

「さっきから聞いてれば、自分達に色の良いことばかり言って。そうやって、結局なぁなぁに済ませようとしてるんでしょ!?」

おっ、よく気づいた。

良いぞお母さん。詐欺師の手口にハマるな。

「私は騙されないわよ!御託は良いから、さっさと退学届を出しなさい!」

交渉は決裂、と言ったところか。

しかし。

「でもですね、奥さん。お嬢さんの人生は長いんです。一度傷ついてしまった学歴は、取り戻せませんよ?ましてやこの思春期の時期に…」

余程、このエヴェリナ母の中では、先程ナジュが言った「学歴に傷がつくこと」を気にしているらしく。

なおも、そこを起点にナジュが攻め込もうとするも。

「余計なお世話よ!うちの問題に、教師ごときが首を突っ込まないで!」

そんな自分の迷いを晴らすように、怒鳴り散らすエヴェリナ母。

駄目っぽいぞ、これ。

すると。

「お、お前やめないか。折角先生方が来てくださったのに…」

「あなた、そんな弱気でどうするのよ!エヴェリナが、詐欺師に育てられようとしてるのよ?それを止めないなんて、あなた父親なの!?」

「で、でもな…エヴェリナの将来なんだから、エヴェリナ本人が…」

「あの子はまだ子供なんだから、親が軌道修正するのは当然でしょ!」

「そんな。エヴェリナだって、小さい子供じゃないんだから…」

「あなたもエヴェリナも騙されてるのよ!今何とかしないで、エヴェリナの将来が台無しになったらどうするの!?」

夫婦喧嘩、勃発。

「…親のエゴですよねー」

「…全くだな…」

を、傍目に俺達教師陣もひそひそ話。

すると、そのときだった。

「お母さん!お父さんも、やめて!」

恐らく、上で聞いていたのだろう。

耐えきれなくなったエヴェリナ本人が、現場に駆けつけてきた。
こんな醜い大人同士の争い、絶対に子供には見せたくなかったのに。

来てしまったか。まぁそうなるよな。

学校の先生が二人も家にやって来て、リビングから母親の怒鳴り声が聞こえたら。

自分のせいで、こんなにも言い争っていると思えば…割り込まずにはいられまい。

「も、もう良いから…!私、イーニシュフェルト魔導学院をやめるから。それで良いでしょ?」

おい、ちょっと。

なんてことを。

「私、もう我儘言わないから。だから喧嘩しないで。もう良い、もう良いから…」

何がもう良い、だ。

「エヴェリナ…!お前、本気で言ってるのか?今ここで諦めたら、一生後悔するかもしれないんだぞ」

俺は、思わず口を挟まずにはいられなかった。

こんなこと言ったら、余計エヴェリナ母の怒りの炎に、油を注ぐようなものだが。

しかし、言わずにはいられなかった。

「う、うん…。良い、良いです」

エヴェリナは、涙目で頷いた。

本気かよ。

「私はもう、学院をやめます。魔導師にもなりません。それで良いでしょ?」

何が良いんだよ。

何も良くないだろうが。そんな泣きそうな顔して。

「だから、先生。退学届をください」

「…」

ナジュは、そう頼み込むエヴェリナを、しばしじっと見つめ。

そして。

「…分かりました。あなたがそうしたいのなら、そうすれば良いでしょう」

あろうことか、ナジュは退学届の記入用紙を、エヴェリナに渡した。

ちょ、何やってんだナジュ。

「ただし、よく考えて。冷静になって、よくよく考えて。イーニシュフェルト魔導学院に入学するまでのことを、入学式を迎えた日のことを、よく考えて。家族ではなく自分の為に、どうしたいのかちゃんと考えてください」

「…」

「本当に覚悟が決まったら、これを送ってください。そうでないなら、受け取りませんから。良いですね?」

エヴェリナは、ぶるぶると退学届を受け取り。

ぎゅっと目を瞑って、頷いた。

「宜しい。…では、我々は帰りましょうか羽久さん」

「は!?いや待てよ、まだ話は…」

全然終わってないし、何ならこのまま、エヴェリナは退学届に記入してしまいそうだ。

それだけは止めなくては。

しかし。

「ここまで拗れたら、何言っても通じないでしょ。僕ら、邪魔なんですよ」

ナジュは小声でそう言って、くるりと踵を返した。

そんな…。

「では、お邪魔しましたー」

俺は、半ばナジュに首根っこを掴まれるような形で。

なんとも混沌とした空気の中、オーネラント家を後にした。