神殺しのクロノスタシスⅣ

その日。

イーニシュフェルト魔導学院では。

「…何だ?これ…」

「…さぁ…」

学院長室に運ばれた、土まみれの「それ」を囲んで。

教員一同+生徒二名は、首を傾げていた。

俺達の目の前にあるもの。

「それ」は、全長1メートル半ほどもある、白い棺だった。






――――――…その棺を見つけたのは、約一時間ほど前。

放課後を迎えた俺は、いつも通り、園芸部の畑に向かった。

するとそこには、ゴム手袋をつけ、エプロンをつけ、長靴を履いたツキナが待ち構えていた。

「植え付けだー!植え付けだぞー!」

野菜の苗を片手に掲げて、今日も元気いっぱいのツキナである。

あー、見てたら超癒やされるな〜。

「すぐり君っ、すぐり君っ。今日は植え付けだぞ〜!」

「うん、知ってるよ〜」

一昨日辺りから、今日植えるんだ〜ってにっこにこしてたもんねー。

楽しませてもらったよ。

ちなみに、何を植えるのかと言うと。

「冬に食べる〜♪冬野菜〜♪大きなカブは〜♪それでもまだまだ〜♪抜けませ〜ん♪」

ツキナは、るんるんと苗を持ったままはしゃいでいた。

謎の歌を歌いながら。

そう。

今日植え付けをするのは、カブである。

何でカブなの?とツキナに聞いたら。

「それでもまだまだ抜けませんしたいから!」と、元気な顔で答えてくれた。

成程、と納得した。

この上なく、納得の行く返事だった。

でっかいカブを育てて、さながら昔話のように、うんとこしょーどっこいしょー、と収穫したいんだろう。

アホだな〜とは思うけど、可愛いからズルいよなぁ。

「よーし!まずは土を耕すぞ!」

お、来た大仕事。

「また鍬を使うんでしょ?じゃあ俺がやるよー」

こういうとき、耕運機買ってくれてたら楽だったのになぁ。

全くあれは惜しいことをしたよ。

でも最終的には、害虫対策になってツキナも喜んだから、良かったということで。

すると。

「ならぬっ…!その役目は、おいどんに任せてくれい!」

鍬を持とうとした俺を、ツキナがそう言って制した。

任せてくれい、と言われて、よし任せた!と言えないのが辛いところ。

「いやー、でもツキナはへっぴり腰だから無理じゃない?」

これまで、何回土の上に尻餅ついてきたか。

しかし、ツキナは。

「何をぅ!おいどんは、先祖代々百姓やってきてんでい!今時のわけーもんにしんぺーされるほど、なまっちゃねーべ!」

相変わらず強がるなぁ。

その訛りは何?田舎言葉?

ツキナって王都出身じゃなったっけ?

「分かったよ。じゃあ百姓のツキナさん、頑張って〜」

「おうよ、任せてけれ!」

どんと胸を張るツキナに、鍬を手渡すと。

勢いよく、ぶんっ、と鍬を振り上げ。

「よいさーっ!」

威勢の良い掛け声と共に、ザクッ、と鍬が土の中に突き刺っ、

…たかと思ったら、ガチンッ!!と土の中から異音がした。

!?

「ひょえあへふぇぇぇ!?」

鍬の先っちょが、何やら金属?石?らしきものに直撃したらしく。

反動で、ツキナが面白い声を出しながら、腕を痙攣させていた。

「…だいじょぶ?」

「…」

ツキナは、びっくりした!!みたいな顔でこちらを見つめ。

「な…なんじょやぁぁぁ〜っ!?」

奇声をあげた。

「何だ今の!?じーんってなった!腕が!今、じーんって!」

そりゃなっただろうね。

「何かに鍬がぶつかったね。土の中に何かあるんでしょ」

「何かって何!?私何も入れてないよ!?」

だよね?

俺も入れてないし、そもそも畑の中に、そんな鍬にクリーンヒットして異音を立てるようなブツが、埋められているとは思えないんだけど。

普通に考えたら…大きい石?が埋まってるとか?

…でも。

「畑だよね?ここ…今年新しく開墾したとかじゃないのね?」

「ないない!去年もここにカブ植えたんだよぅ?」

やっぱり。

新しく開墾したばかりの畑ならともかく、去年もその前もずっと畑で、土は充分柔らかくなっているはずなのに。

そんな大きな石が埋まっているとは、考えにくい。

…ともあれ。
「何が埋まってるかなんて、掘ってみたら分かることでしょー」

俺は、さっきツキナが鍬を振り下ろした位置に立った。

「ちょっと下がっててね、ツキナ」

「すぐり君…?どうするの?スコップで掘るんじゃないの?」

「スコップで掘っても良いんだけど…。時間がかかるからね〜」

今日は、カブの植え付けをするんだからさ。

土を耕す段階で、もたもたしてられないよね。

俺は得意の糸魔法で、両手の指から糸を放出した。

真っ直ぐに伸びた透明な糸が、ブスッ、と地中に潜った。

糸に触れる感触を頼りに、異物の位置を手繰り寄せる。

「おぉっ、すぐり君凄い!」

「でしょ〜?」

もっと褒めてくれても良いよ。

すると間もなく、糸が硬い何かに触れた。

あ、これだな。

てっきり、球体の硬い石だと思っていたが…。

「…んん?」

「…?すぐり君、大丈夫?」

「…何だこれ。なんか、予想以上にでっかいよ」

「えっ?」

糸を伸ばしても伸ばしても、まだ硬い感触がする。

予想以上に大きい。1メートル以上はあるよ。

しかもこれ、球体じゃない。

横に長い…?いや、縦に長い…感触からして、石じゃない…何かが、土の中に埋もれている。

「…?引っ張り出して良い?」

「え?うん」

謎の何かに糸を絡ませ、力を込めて持ち上げる。

ズボッ、と土から出てきたそれに、俺もツキナも言葉を失った。

思ったより軽かったけど、大きさは思った以上だった。

しかも、土まみれのこれ…。

「ひ、ひぇぇぇ!?」

ツキナが、真っ先に悲鳴をあげた。

無理もない。

俺が地中から引き摺り出したのは、白い棺…棺桶だったからだ。
…まさかの。

園芸部の畑に、棺桶が埋まってた。

一体何処の誰が、こんなところに埋葬されたんだか…。

「ひょえぇぇぇごめんなさいごめんなさい!呪わないでください〜っ!!」

ツキナは、掘り起こしてしまった遺体の霊が呪いに来るのではないかと、その場に全力土下座して、棺桶に謝罪。

いや、掘り起こしたのは俺だから、呪いを受けるのも俺なんじゃない?

あ、でも最初に鍬で一撃加えたのはツキナか。

まー何でも良いけど。

何処の誰か知らないか、呪うなら、何も悪いことしてないツキナじゃなくて、悪いことしかしてこなかった俺にしてね。

その方が呪い甲斐もあるでしょ。

で。

とりあえず、白い棺を地面に下ろす。

「ふぇぇぇんすぐり君!私達、知らないうちに、墓地にカブ植えようとしてたんだぁ!」

半泣きでしがみついてくるツキナ。

こんな状況だけど、内心ガッツポーズ。

「だいじょーぶだって。墓地に畑作るくらい」

俺のこれまでの倫理観からしたら、その程度可愛いもんだよ。

墓地に畑を作ることの、何が悪い。

そんなところに埋まってる方が悪いんだよ。

しかし、ツキナは罰当たりなことをしてしまったと思っているのか、

「うぇぇぇん!私達祟られるんだぁ!安らかな眠りを妨げた報い〜!って、呪われちゃうよぉぉぉ」

と、ギャン泣き。

良い子だなぁツキナって…。

俺なんかとは、倫理観が違うね。

大丈夫大丈夫。ここまで倫理観の違う二人がいたら、呪われるとしても絶対俺だからさ。

「しっかし、何でこんなところに棺桶なんか埋まってるのかなぁ?」

「うぇぇぇぇん!」

困ったなー。ツキナが泣き過ぎて、俺が何喋っても独り言になってしまう…。

と、思っていたら。

「何してるの?『八千歳』。それ何?」

「あ、『八千代』じゃん」

学院の敷地内ををジョギング中だった『八千代』が、畑にやって来た。
「どーしたのさ、『八千代』」

「走ってたら、そこの女の子の泣き声がしたから、何かあったのかと思って」

成程。ギャン泣きだもんねツキナ。

「どうしたの?それ何?」

「棺桶」

「何処から見つけたの?」

「畑の中。耕してたら出てきた」

「中、誰がいるの?」

「さぁ」

干からびたミイラとかかな?

ツタンカーメンとか?

開けてびっくり玉手箱、だったりして。

「何で、学校の中に棺桶があるんだろう?」

「知らない。どーしよ?これ」

「うーん…」

ギャン泣きのツキナの頭を、よしよしと撫でながら。

『八千代』と二人で、棺桶の処遇について悩んでいたら。

そこに。

「何だか騒がしいですね。何やってるんですか?」

「あ、不死身先生」

「ナジュせんせーじゃん」

園芸部のなんちゃって顧問、ナジュせんせーが現れた。

途端。

「うわぁぁん、ナジュ先生〜っ!!」

あっ、こら。

ツキナが、ナジュせんせーの姿を認めるなり、ナジュせんせーの胸に飛び込んだ。

こ、こんの…!

「お?どうしたんですかツキナさん」

「ぶぇぇぇぇん!」

…釈然としない。

何で?何でナジュせんせーを見つけるなり、ナジュせんせーに飛びつくの?

「やっぱり、僕がイケメンカリスマ教師だからじゃないですか?ふふ、悪いですねぇ」

何だ、その勝者の笑み。

めっちゃムカつく。

「この女誑し教師…」

イレースせんせーに言いつけてやろうか。

「呪われちゃう〜!ナジュ先生〜っ!私呪われちゃうよぉぉぉ」

「へぇ?どうしたんですかいきなり…。大丈夫ですよ、あなたは呪わせませんって」

「ふぇぇぇぇん!」

泣き止まないツキナである。

「…どうしたんですか?本当に、これ」

「…これだよ」

俺は、さっき掘り出した棺桶を指差した。

ナジュせんせーなら、詳しく説明しなくても、心読めば分かるでしょ。

「あー、成程。ふーん…分かりました」

と、ナジュせんせーは頷き。

「大丈夫ですよツキナさん。棺桶に鍬を突き立てたからって、呪われやしませんから」

「うぇぇぇ、でも、だってぇぇ」

「大丈夫。ようは、もっと罰当たりな人間がいれば良いんでしょう?そうしたらそっちを呪うはずだから…。よいしょっと」

「えぇぇぇ!?」

あろうことか。

ナジュせんせーは、腰掛け代わりに、棺桶に腰を下ろした。
これには、ツキナも涙を止めて呆然。

「ふー、やれやれ。うーん、座り心地の悪いベンチですねぇ」

ベシベシ、と棺桶を叩くナジュせんせー。

成程、非常に罰当たり。

「な、ナジュ先生!そんなことしたら…そんなことしたら呪われちゃいますよ!」

「良いですよ?ツキナさんが呪われるくらいなら、その呪い、全部僕に回ってくれば良いんです。あなたの身代わりになれるなら、本望ですよ」

「な…ナジュ先生…!ありがとぉぉぉ…」

と、ツキナは泣いてナジュせんせーに感謝していた。

…ずっ…る〜…。

それ、俺がやりたかったのに。

「ふっ。こういうのは、早い者勝ちなんですよ」

「ナジュせんせー…。例えナジュせんせーが呪われなかったとしても、代わりに俺が呪うよ」

覚えておけよ。

俺の呪いは怖いからな。

ってか、ナジュせんせーには本命がいるじゃん。何で俺の本命を奪おうとするのさ。

性格悪過ぎでしょ。

「で、このベンチ…もとい、棺はどうしたんですか?」

「畑の中に埋まってたんだって。それを、『八千歳』と園芸部の部長が掘り出したって」

『八千代』が、俺の代わりに説明した。

「ふーん…。誰の棺なんでしょうね?」

「さぁ。分からない」

その、誰か分からない棺桶の上に座ってるんだよ。ナジュせんせーは。

本当に罰当たりだけど、ナジュせんせーはちっとも動じてない。

まー、不死身のナジュせんせーに、今更恐れるものなんてないだろうけど。

「やっぱり、別の場所に埋め戻した方が良いのかな?」

と、尋ねる『八千代』。

「勝手に場所、移していーの?」

「分からないけど…。でもこんなところにあったら邪魔じゃない?」

「うん。まー邪魔だね」

畑だからね。

これからここに、カブ植える予定だから。

まー、今日はもう、このアクシデントのせいで、植え付けは無理そうだけど。

何処の誰かは知らないけど、ここに埋められてたら、邪魔。

って、俺達も大概罰当たりだよねー。

元暗殺者に何を言うか、って感じだけど。
「ナジュせんせー。これ、どっか違うところに埋めてきて良い?」

学院の敷地内なら、何処でも良いんじゃない?

と、思ったが。

「どうなんでしょうね?それ、僕達が勝手に決めて良いことなんでしょうか」

んん?

「だって、ここって元々は、イーニシュフェルトの里があった場所なんでしょう?」

あ、そういえば。

ナジュせんせーに言われて思い出したよ。

「そーいえば、そーだね」

ここって昔は、イーニシュフェルトの里だったんだよね。

つまり、学院長せんせーの生まれ故郷。

そこに棺が埋めてあるってことは…。

「学院長の知り合いの人なのかな?」

「その可能性はあるねー」

知り合いじゃなくても、里の人だったのかも。
 
もしかして、例の族長の棺だったりして。

だとしたら、その上に普通に座ってるナジュせんせーって、めちゃくちゃ罰当たりだよね。

「でも、そんな大昔の棺が、こんなに綺麗な形で残ってるとは…とても…」

「分かりませんよ?イーニシュフェルトの里の技術って、今の技術とは違うらしいですし」

確かに。

まぁ、いずれにしても。

「俺達だけで、勝手に決めるのは不味いかもってことだね」

「そうですね」

「学院長のとこに行って、これどうしたら良いのか聞いてこよう」

と、いうことで。

俺と『八千代』とナジュせんせーは、棺桶を持って、学院長室に行くことにした。

…あ、ツキナは落ち着いてきたので、先に学生寮に戻ってもらった。

ちゃんと、あとは「俺に」任せて安心してね、って言っといたから。へーきへーき。
――――――…と、いうことがあって。

いきなり、棺桶を担いだナジュ、令月、すぐりの三人が学院長室にやって来た。

のが、十五分ほど前のこと。

そのときシルナは、学院長室で…。

…俺に、泣きついていた。

何に泣いているのかと言うと。





「うぇぇぇぇん、羽久ぇ〜…。ヴィクトリアサンドイッチ食べたかったよ〜…。クラフティ〜…」

「…」

食べ損なった、例の『ヘンゼルとグレーテル』とかいう菓子屋の菓子である。

こいつ、まだ言ってる。

まだ言ってるよ。

余程やりたかったんだな、ハロウィンパーティ。

でも無理なんだよ。諦めろ。

「どっちか一個なら!一種類なら!セーフだと思わない!?」

「いや、アウトだろ…」

お前、今までその『ヘンゼルとグレーテル』で頼んだ菓子のせいで、二度もイレースに雷落とされたの覚えてないのか?

一種類でも駄目だよ。

「でも食べたかったのに〜…」

「はいはい…」

何で、俺がお菓子食べたい駄々っ子の相手をしなきゃならないんだよ。

あー面倒臭い…と、思っていたときに。

「お邪魔しまーす」

前述の三人が、白い棺を担いで学院長室にやって来た。
マジで何の前触れもなくやって来たので。

俺もシルナも、最初は、何が来たのかと呆然としていた。

半べそかいていたシルナも、このときばかりは、普通にびっくりしていた。

「棺桶一丁、お待たせしました〜」

ちょっと待て。そんなものは頼んでない。

勝手に出前みたいにするな。

「な…何だ、どうしたんだ…!?それは何だ!?」

「棺桶」

と、簡潔に令月が答えた。

か、棺桶?

確かに、よく見たら白い棺桶だ。

しかも、ところどころに泥がついてるんだけど?

お前ら、これ何処から持ってきた?

「何で棺桶なんだ?シルナを入れる為か?」

「ちょ、羽久!?勝手に私を殺さないで!?」

いや、この中で一番棺桶に近い年齢なのは、シルナかなと思って。

しかし、どうやらシルナ用ではないらしい。

「畑を耕してたら、見つけたんだよ。これ、誰の棺桶?」

と、すぐり。

畑を耕してたら、棺桶を見つけた…!?

どういうシチュエーションだよ。

びっくりしただろうなぁ。

俺達もびっくりしてるけどさ。

「誰の棺桶って…そんなの、俺が聞きたいよ…」

「そもそも、この棺桶、何か中身入ってるんですかね?」

「さぁ。誰かが入ってると思って、ここまで運んで持ってきたけど…」

「なんか、予想以上に軽いよね〜。もしかして、中身空っぽ?」

つーか、何で持ってきたんだ?こんなところまで。

「埋葬場所的に、学院長のお知り合いの方かもしれないと思ったもので」

俺の心を読んだナジュが、そう答えた。

あ…。

そう…それは…。その可能性は…あるか。

イーニシュフェルトの里があった場所なんだから…。棺桶の一つくらい、出てきてもおかしくない…。

…いや、おかしいのでは?

学院を創立して、もう何年たつと思ってるんだ。

今頃、畑を耕したくらいで、ポコンと里時代の遺物が出土するとは考えにくい。

「シルナ…知ってるか?あの棺…」

念の為、シルナ本人に尋ねてみると。

「へ…?全然知らない…」

マジで知らないらしく、シルナもポカンとしていた。

だよな。

「え?学院長せんせーの知り合いじやないの?」

「そうだよ。イーニシュフェルトの里時代のお友達とか」

「いや、確かに彼らはこの地で命を落としたけど…。でも、イーニシュフェルトの里の賢者は皆長命だから、基本的に死ぬことがないし…。死んだとしても、今みたいに棺桶に埋葬する、っていう文化はないんだよ」

そうなんだ。

それは初めて知った。

「え?じゃあこの棺桶って何?」

俺達が知りたいよそれは。