その日。
イーニシュフェルト魔導学院では。
「…何だ?これ…」
「…さぁ…」
学院長室に運ばれた、土まみれの「それ」を囲んで。
教員一同+生徒二名は、首を傾げていた。
俺達の目の前にあるもの。
「それ」は、全長1メートル半ほどもある、白い棺だった。
――――――…その棺を見つけたのは、約一時間ほど前。
放課後を迎えた俺は、いつも通り、園芸部の畑に向かった。
するとそこには、ゴム手袋をつけ、エプロンをつけ、長靴を履いたツキナが待ち構えていた。
「植え付けだー!植え付けだぞー!」
野菜の苗を片手に掲げて、今日も元気いっぱいのツキナである。
あー、見てたら超癒やされるな〜。
「すぐり君っ、すぐり君っ。今日は植え付けだぞ〜!」
「うん、知ってるよ〜」
一昨日辺りから、今日植えるんだ〜ってにっこにこしてたもんねー。
楽しませてもらったよ。
ちなみに、何を植えるのかと言うと。
「冬に食べる〜♪冬野菜〜♪大きなカブは〜♪それでもまだまだ〜♪抜けませ〜ん♪」
ツキナは、るんるんと苗を持ったままはしゃいでいた。
謎の歌を歌いながら。
そう。
今日植え付けをするのは、カブである。
何でカブなの?とツキナに聞いたら。
「それでもまだまだ抜けませんしたいから!」と、元気な顔で答えてくれた。
成程、と納得した。
この上なく、納得の行く返事だった。
でっかいカブを育てて、さながら昔話のように、うんとこしょーどっこいしょー、と収穫したいんだろう。
アホだな〜とは思うけど、可愛いからズルいよなぁ。
「よーし!まずは土を耕すぞ!」
お、来た大仕事。
「また鍬を使うんでしょ?じゃあ俺がやるよー」
こういうとき、耕運機買ってくれてたら楽だったのになぁ。
全くあれは惜しいことをしたよ。
でも最終的には、害虫対策になってツキナも喜んだから、良かったということで。
すると。
「ならぬっ…!その役目は、おいどんに任せてくれい!」
鍬を持とうとした俺を、ツキナがそう言って制した。
任せてくれい、と言われて、よし任せた!と言えないのが辛いところ。
「いやー、でもツキナはへっぴり腰だから無理じゃない?」
これまで、何回土の上に尻餅ついてきたか。
しかし、ツキナは。
「何をぅ!おいどんは、先祖代々百姓やってきてんでい!今時のわけーもんにしんぺーされるほど、なまっちゃねーべ!」
相変わらず強がるなぁ。
その訛りは何?田舎言葉?
ツキナって王都出身じゃなったっけ?
「分かったよ。じゃあ百姓のツキナさん、頑張って〜」
「おうよ、任せてけれ!」
どんと胸を張るツキナに、鍬を手渡すと。
勢いよく、ぶんっ、と鍬を振り上げ。
「よいさーっ!」
威勢の良い掛け声と共に、ザクッ、と鍬が土の中に突き刺っ、
…たかと思ったら、ガチンッ!!と土の中から異音がした。
!?
「ひょえあへふぇぇぇ!?」
鍬の先っちょが、何やら金属?石?らしきものに直撃したらしく。
反動で、ツキナが面白い声を出しながら、腕を痙攣させていた。
「…だいじょぶ?」
「…」
ツキナは、びっくりした!!みたいな顔でこちらを見つめ。
「な…なんじょやぁぁぁ〜っ!?」
奇声をあげた。
「何だ今の!?じーんってなった!腕が!今、じーんって!」
そりゃなっただろうね。
「何かに鍬がぶつかったね。土の中に何かあるんでしょ」
「何かって何!?私何も入れてないよ!?」
だよね?
俺も入れてないし、そもそも畑の中に、そんな鍬にクリーンヒットして異音を立てるようなブツが、埋められているとは思えないんだけど。
普通に考えたら…大きい石?が埋まってるとか?
…でも。
「畑だよね?ここ…今年新しく開墾したとかじゃないのね?」
「ないない!去年もここにカブ植えたんだよぅ?」
やっぱり。
新しく開墾したばかりの畑ならともかく、去年もその前もずっと畑で、土は充分柔らかくなっているはずなのに。
そんな大きな石が埋まっているとは、考えにくい。
…ともあれ。
「何が埋まってるかなんて、掘ってみたら分かることでしょー」
俺は、さっきツキナが鍬を振り下ろした位置に立った。
「ちょっと下がっててね、ツキナ」
「すぐり君…?どうするの?スコップで掘るんじゃないの?」
「スコップで掘っても良いんだけど…。時間がかかるからね〜」
今日は、カブの植え付けをするんだからさ。
土を耕す段階で、もたもたしてられないよね。
俺は得意の糸魔法で、両手の指から糸を放出した。
真っ直ぐに伸びた透明な糸が、ブスッ、と地中に潜った。
糸に触れる感触を頼りに、異物の位置を手繰り寄せる。
「おぉっ、すぐり君凄い!」
「でしょ〜?」
もっと褒めてくれても良いよ。
すると間もなく、糸が硬い何かに触れた。
あ、これだな。
てっきり、球体の硬い石だと思っていたが…。
「…んん?」
「…?すぐり君、大丈夫?」
「…何だこれ。なんか、予想以上にでっかいよ」
「えっ?」
糸を伸ばしても伸ばしても、まだ硬い感触がする。
予想以上に大きい。1メートル以上はあるよ。
しかもこれ、球体じゃない。
横に長い…?いや、縦に長い…感触からして、石じゃない…何かが、土の中に埋もれている。
「…?引っ張り出して良い?」
「え?うん」
謎の何かに糸を絡ませ、力を込めて持ち上げる。
ズボッ、と土から出てきたそれに、俺もツキナも言葉を失った。
思ったより軽かったけど、大きさは思った以上だった。
しかも、土まみれのこれ…。
「ひ、ひぇぇぇ!?」
ツキナが、真っ先に悲鳴をあげた。
無理もない。
俺が地中から引き摺り出したのは、白い棺…棺桶だったからだ。
…まさかの。
園芸部の畑に、棺桶が埋まってた。
一体何処の誰が、こんなところに埋葬されたんだか…。
「ひょえぇぇぇごめんなさいごめんなさい!呪わないでください〜っ!!」
ツキナは、掘り起こしてしまった遺体の霊が呪いに来るのではないかと、その場に全力土下座して、棺桶に謝罪。
いや、掘り起こしたのは俺だから、呪いを受けるのも俺なんじゃない?
あ、でも最初に鍬で一撃加えたのはツキナか。
まー何でも良いけど。
何処の誰か知らないか、呪うなら、何も悪いことしてないツキナじゃなくて、悪いことしかしてこなかった俺にしてね。
その方が呪い甲斐もあるでしょ。
で。
とりあえず、白い棺を地面に下ろす。
「ふぇぇぇんすぐり君!私達、知らないうちに、墓地にカブ植えようとしてたんだぁ!」
半泣きでしがみついてくるツキナ。
こんな状況だけど、内心ガッツポーズ。
「だいじょーぶだって。墓地に畑作るくらい」
俺のこれまでの倫理観からしたら、その程度可愛いもんだよ。
墓地に畑を作ることの、何が悪い。
そんなところに埋まってる方が悪いんだよ。
しかし、ツキナは罰当たりなことをしてしまったと思っているのか、
「うぇぇぇん!私達祟られるんだぁ!安らかな眠りを妨げた報い〜!って、呪われちゃうよぉぉぉ」
と、ギャン泣き。
良い子だなぁツキナって…。
俺なんかとは、倫理観が違うね。
大丈夫大丈夫。ここまで倫理観の違う二人がいたら、呪われるとしても絶対俺だからさ。
「しっかし、何でこんなところに棺桶なんか埋まってるのかなぁ?」
「うぇぇぇぇん!」
困ったなー。ツキナが泣き過ぎて、俺が何喋っても独り言になってしまう…。
と、思っていたら。
「何してるの?『八千歳』。それ何?」
「あ、『八千代』じゃん」
学院の敷地内ををジョギング中だった『八千代』が、畑にやって来た。
「どーしたのさ、『八千代』」
「走ってたら、そこの女の子の泣き声がしたから、何かあったのかと思って」
成程。ギャン泣きだもんねツキナ。
「どうしたの?それ何?」
「棺桶」
「何処から見つけたの?」
「畑の中。耕してたら出てきた」
「中、誰がいるの?」
「さぁ」
干からびたミイラとかかな?
ツタンカーメンとか?
開けてびっくり玉手箱、だったりして。
「何で、学校の中に棺桶があるんだろう?」
「知らない。どーしよ?これ」
「うーん…」
ギャン泣きのツキナの頭を、よしよしと撫でながら。
『八千代』と二人で、棺桶の処遇について悩んでいたら。
そこに。
「何だか騒がしいですね。何やってるんですか?」
「あ、不死身先生」
「ナジュせんせーじゃん」
園芸部のなんちゃって顧問、ナジュせんせーが現れた。
途端。
「うわぁぁん、ナジュ先生〜っ!!」
あっ、こら。
ツキナが、ナジュせんせーの姿を認めるなり、ナジュせんせーの胸に飛び込んだ。
こ、こんの…!
「お?どうしたんですかツキナさん」
「ぶぇぇぇぇん!」
…釈然としない。
何で?何でナジュせんせーを見つけるなり、ナジュせんせーに飛びつくの?
「やっぱり、僕がイケメンカリスマ教師だからじゃないですか?ふふ、悪いですねぇ」
何だ、その勝者の笑み。
めっちゃムカつく。
「この女誑し教師…」
イレースせんせーに言いつけてやろうか。
「呪われちゃう〜!ナジュ先生〜っ!私呪われちゃうよぉぉぉ」
「へぇ?どうしたんですかいきなり…。大丈夫ですよ、あなたは呪わせませんって」
「ふぇぇぇぇん!」
泣き止まないツキナである。
「…どうしたんですか?本当に、これ」
「…これだよ」
俺は、さっき掘り出した棺桶を指差した。
ナジュせんせーなら、詳しく説明しなくても、心読めば分かるでしょ。
「あー、成程。ふーん…分かりました」
と、ナジュせんせーは頷き。
「大丈夫ですよツキナさん。棺桶に鍬を突き立てたからって、呪われやしませんから」
「うぇぇぇ、でも、だってぇぇ」
「大丈夫。ようは、もっと罰当たりな人間がいれば良いんでしょう?そうしたらそっちを呪うはずだから…。よいしょっと」
「えぇぇぇ!?」
あろうことか。
ナジュせんせーは、腰掛け代わりに、棺桶に腰を下ろした。
これには、ツキナも涙を止めて呆然。
「ふー、やれやれ。うーん、座り心地の悪いベンチですねぇ」
ベシベシ、と棺桶を叩くナジュせんせー。
成程、非常に罰当たり。
「な、ナジュ先生!そんなことしたら…そんなことしたら呪われちゃいますよ!」
「良いですよ?ツキナさんが呪われるくらいなら、その呪い、全部僕に回ってくれば良いんです。あなたの身代わりになれるなら、本望ですよ」
「な…ナジュ先生…!ありがとぉぉぉ…」
と、ツキナは泣いてナジュせんせーに感謝していた。
…ずっ…る〜…。
それ、俺がやりたかったのに。
「ふっ。こういうのは、早い者勝ちなんですよ」
「ナジュせんせー…。例えナジュせんせーが呪われなかったとしても、代わりに俺が呪うよ」
覚えておけよ。
俺の呪いは怖いからな。
ってか、ナジュせんせーには本命がいるじゃん。何で俺の本命を奪おうとするのさ。
性格悪過ぎでしょ。
「で、このベンチ…もとい、棺はどうしたんですか?」
「畑の中に埋まってたんだって。それを、『八千歳』と園芸部の部長が掘り出したって」
『八千代』が、俺の代わりに説明した。
「ふーん…。誰の棺なんでしょうね?」
「さぁ。分からない」
その、誰か分からない棺桶の上に座ってるんだよ。ナジュせんせーは。
本当に罰当たりだけど、ナジュせんせーはちっとも動じてない。
まー、不死身のナジュせんせーに、今更恐れるものなんてないだろうけど。
「やっぱり、別の場所に埋め戻した方が良いのかな?」
と、尋ねる『八千代』。
「勝手に場所、移していーの?」
「分からないけど…。でもこんなところにあったら邪魔じゃない?」
「うん。まー邪魔だね」
畑だからね。
これからここに、カブ植える予定だから。
まー、今日はもう、このアクシデントのせいで、植え付けは無理そうだけど。
何処の誰かは知らないけど、ここに埋められてたら、邪魔。
って、俺達も大概罰当たりだよねー。
元暗殺者に何を言うか、って感じだけど。
「ナジュせんせー。これ、どっか違うところに埋めてきて良い?」
学院の敷地内なら、何処でも良いんじゃない?
と、思ったが。
「どうなんでしょうね?それ、僕達が勝手に決めて良いことなんでしょうか」
んん?
「だって、ここって元々は、イーニシュフェルトの里があった場所なんでしょう?」
あ、そういえば。
ナジュせんせーに言われて思い出したよ。
「そーいえば、そーだね」
ここって昔は、イーニシュフェルトの里だったんだよね。
つまり、学院長せんせーの生まれ故郷。
そこに棺が埋めてあるってことは…。
「学院長の知り合いの人なのかな?」
「その可能性はあるねー」
知り合いじゃなくても、里の人だったのかも。
もしかして、例の族長の棺だったりして。
だとしたら、その上に普通に座ってるナジュせんせーって、めちゃくちゃ罰当たりだよね。
「でも、そんな大昔の棺が、こんなに綺麗な形で残ってるとは…とても…」
「分かりませんよ?イーニシュフェルトの里の技術って、今の技術とは違うらしいですし」
確かに。
まぁ、いずれにしても。
「俺達だけで、勝手に決めるのは不味いかもってことだね」
「そうですね」
「学院長のとこに行って、これどうしたら良いのか聞いてこよう」
と、いうことで。
俺と『八千代』とナジュせんせーは、棺桶を持って、学院長室に行くことにした。
…あ、ツキナは落ち着いてきたので、先に学生寮に戻ってもらった。
ちゃんと、あとは「俺に」任せて安心してね、って言っといたから。へーきへーき。
――――――…と、いうことがあって。
いきなり、棺桶を担いだナジュ、令月、すぐりの三人が学院長室にやって来た。
のが、十五分ほど前のこと。
そのときシルナは、学院長室で…。
…俺に、泣きついていた。
何に泣いているのかと言うと。
「うぇぇぇぇん、羽久ぇ〜…。ヴィクトリアサンドイッチ食べたかったよ〜…。クラフティ〜…」
「…」
食べ損なった、例の『ヘンゼルとグレーテル』とかいう菓子屋の菓子である。
こいつ、まだ言ってる。
まだ言ってるよ。
余程やりたかったんだな、ハロウィンパーティ。
でも無理なんだよ。諦めろ。
「どっちか一個なら!一種類なら!セーフだと思わない!?」
「いや、アウトだろ…」
お前、今までその『ヘンゼルとグレーテル』で頼んだ菓子のせいで、二度もイレースに雷落とされたの覚えてないのか?
一種類でも駄目だよ。
「でも食べたかったのに〜…」
「はいはい…」
何で、俺がお菓子食べたい駄々っ子の相手をしなきゃならないんだよ。
あー面倒臭い…と、思っていたときに。
「お邪魔しまーす」
前述の三人が、白い棺を担いで学院長室にやって来た。
マジで何の前触れもなくやって来たので。
俺もシルナも、最初は、何が来たのかと呆然としていた。
半べそかいていたシルナも、このときばかりは、普通にびっくりしていた。
「棺桶一丁、お待たせしました〜」
ちょっと待て。そんなものは頼んでない。
勝手に出前みたいにするな。
「な…何だ、どうしたんだ…!?それは何だ!?」
「棺桶」
と、簡潔に令月が答えた。
か、棺桶?
確かに、よく見たら白い棺桶だ。
しかも、ところどころに泥がついてるんだけど?
お前ら、これ何処から持ってきた?
「何で棺桶なんだ?シルナを入れる為か?」
「ちょ、羽久!?勝手に私を殺さないで!?」
いや、この中で一番棺桶に近い年齢なのは、シルナかなと思って。
しかし、どうやらシルナ用ではないらしい。
「畑を耕してたら、見つけたんだよ。これ、誰の棺桶?」
と、すぐり。
畑を耕してたら、棺桶を見つけた…!?
どういうシチュエーションだよ。
びっくりしただろうなぁ。
俺達もびっくりしてるけどさ。
「誰の棺桶って…そんなの、俺が聞きたいよ…」
「そもそも、この棺桶、何か中身入ってるんですかね?」
「さぁ。誰かが入ってると思って、ここまで運んで持ってきたけど…」
「なんか、予想以上に軽いよね〜。もしかして、中身空っぽ?」
つーか、何で持ってきたんだ?こんなところまで。
「埋葬場所的に、学院長のお知り合いの方かもしれないと思ったもので」
俺の心を読んだナジュが、そう答えた。
あ…。
そう…それは…。その可能性は…あるか。
イーニシュフェルトの里があった場所なんだから…。棺桶の一つくらい、出てきてもおかしくない…。
…いや、おかしいのでは?
学院を創立して、もう何年たつと思ってるんだ。
今頃、畑を耕したくらいで、ポコンと里時代の遺物が出土するとは考えにくい。
「シルナ…知ってるか?あの棺…」
念の為、シルナ本人に尋ねてみると。
「へ…?全然知らない…」
マジで知らないらしく、シルナもポカンとしていた。
だよな。
「え?学院長せんせーの知り合いじやないの?」
「そうだよ。イーニシュフェルトの里時代のお友達とか」
「いや、確かに彼らはこの地で命を落としたけど…。でも、イーニシュフェルトの里の賢者は皆長命だから、基本的に死ぬことがないし…。死んだとしても、今みたいに棺桶に埋葬する、っていう文化はないんだよ」
そうなんだ。
それは初めて知った。
「え?じゃあこの棺桶って何?」
俺達が知りたいよそれは。