神殺しのクロノスタシスⅣ

「どっ、どうしたの君達?」

いじけていたシルナだが、生徒の顔を見るや、弾かれたように立ち上がる。

「そ、それが…た、大変なんです!」

「はい…大変なんです!」

二人して、一体どうした。

そんな泣きそうな顔で。

「な、何?何々何なの!?何が大変なの!?」

大変とだけ言われても、何が起きたのか分からない。

ただ、生徒達のこの切羽詰まった様子から、何か大変なことが起きたのだということは、よく分かる。

が、

「ぶっ。ふふっ」

なんかナジュが笑ってるんですけど?

そんな笑い事で済むようなことなのか?不謹慎だぞこいつ。

「どうしたんだ。落ち着いて話してみろ」

「う、うぅ…。は、はい…」

生徒達を促すと、二人は、相変わらず半泣きの顔で、

「そ、それが…朝起きたら…学生寮の、各部屋に…」

か、各部屋に?

「こ、こんなものが…」

と、女子生徒が一人、それを取り出した。

ちっこいローソク立てみたいなものにセットされた、二本の細い…。

…お線香。

…!?

ちょっと、頭が追いつかないんだけど?

「朝起きたら、全室にこれが置いてあって…!」

「しかも、部屋の内側に供えるようにして置いてあったんです」

「私…びっくりして怖くて、悲鳴をあげちゃって…」

そりゃ叫ぶわ。

朝起きて、部屋の中に線香備えてあったら。

「しかも、それが全室だって?」

「は、はい。女子寮全室と…それから、聞くところによると男子寮の方も、全部屋にこれが供えてあったらしくて…」

マジで?男子寮の方も?

一体何事なんだ。この線香は何なんだ?

「た、タチの悪い悪戯か…?」

いや、でも、それにしては。

部屋の外じゃなくて、内側に供えてあったんだろう?

しかも、学生寮全部屋に。

生徒達は夜間、部屋に鍵をかけて寝るはずだ。従って、夜の間に知らないものが部屋の中にある、ってことは…。

…勝手に誰かに、部屋の中に侵入されたってことだ。

い、一体何処の誰が?

しかも、線香なんて…悪戯にしては不気味過ぎるものを。

「こ、これ何なんでしょう。私達、の…呪われるんですか…?」

涙目の女子生徒。

全室に線香なんて供えられてたら、そりゃそうもなるわ。

「そっ…そんなことはないよ!大丈夫だよ!」

しばし呆然としていたが、涙目の生徒を見て、慌てて励ますシルナである。

「でも、いつの間にこんな…」

「うぅ…き、気持ち悪いです…」

生徒達がそう言うのも分かる。

俺だって、朝起きたとき、部屋の内側で線香が煙を立ててたら、腰を抜かすよ。

どういう悪戯だ、そもそもこれは悪戯なのか、悪戯なのだとしたら、一体誰が何の為にこんな陰湿な、

「良かった、『八千歳』。皆喜んでくれてるみたいだね」

「そりゃーそーでしょ?俺達の努力の賜物だからね〜」

…。

…なんか今、不穏なひそひそ声が聞こえてきた気がするんだけど?
線香という、妙に古めかしい道具。

そして、夜間に鍵のかかった部屋に侵入するという手口。

…まさか、これは。

「…おい、そこのひそひそ暗殺者組」

「喜んでもらえたみたいで良かったね」

「ねー。一部屋一部屋回った甲斐があったよ」

「返事をしろ」

さては貴様ら。

やはり、何かを知ってるな?

「あなた達…何をしたんです?」

イレースの鋭い眼光が、二人の元暗殺者生徒に突き刺さった。

が、二人共なんてことないみたいな顔をして、

「何もしてないよ?」

「うん。ただちょっと、線香置いて回っただけ」

それは、何もしてない内には入らないんだよ。

確信犯じゃないか。

「馬鹿かお前ら?何をやってんだ!?」

「え、何でキレんの?」

「キレるに決まってるだろうが!悪戯にしてはタチが悪過ぎるぞ!いたいけな生徒達を朝からこんなにビビらせて…何がやりたかったんだお前らは!」

と、問い詰めてみると。

二人共、自分達が何を悪いことをしたのか、よく分かっていない様子で。

「何がって…。僕達は皆の為に頑張ったんだよ。ね?」

「うん。これは俺達の、ボランティア精神から始めたことだもんね〜」

人をビビらせることの、何がボランティア?

「お前ら、この…!」

さすがにブチギレそうになった、そのとき。

「だって、今年は虫が多くて嫌だって、僕のルームメイトも言ってたし」

「そーそー。ツキナも言ってたよね〜。寝ようとしたら耳元に飛んでるから、むきゃーっ!ってなって眠れないって」

「やっぱり作って良かったね」

「うん。深夜に忍び込んだ甲斐かあったよね〜」

…ちょっと。

聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど?

「…虫って何のことだよ?」

改めて聞いてみると。

「虫は虫でしょ」

との答え。

そうじゃない。

「お前ら、二人して学生寮の全部屋に忍び込んだのか?」

「うん」

何の躊躇いもなく頷きやがった。

女子寮にも平気で入ったってことだよな?

この、不埒者め。

こいつらが良からぬことを企むはずもないが、しかし倫理的にはアウトである。

「何の為に!?」

「蚊取り線香。設置してまわろうと思って」

か…。

…蚊取り線香?
今、二人の女子生徒が持ってきてくれた、あのお線香。

あれ蚊取り線香なのか?

「ほら、今年って、もう二学期なのに、まだまだ蚊が多いじゃん?」

「…そうか?」

そうなのか?知らなかったんだが?

「学院の方はそうでもないよ。でも学生寮は、裏手に小さい溝があるから、そこから発生してるみたい」

と、令月。

…そうなんだ…。

「俺達はゴザの周りに蚊帳を吊ってあるから、蚊の心配はないけどさー」

「他の生徒は、しょっちゅう蚊に刺されて目が覚めるって、愚痴ってたから」

お前らは、何で蚊帳持ってるの?

「園芸部の畑の周りにも、よく飛んでてさー。畑仕事にしてるときにも、よく刺されるんだよね」

「うん。僕らは耐性があるから良いけど、蚊に刺されて死ぬ人もいるらしいしね」

「そーそー。このままじゃ死者が出ると思って」

お前らの祖国では、そうだったかもしれないが。

ルーデュニア聖王国の衛生環境なら、蚊に刺されて病気になって死ぬことはないと思うんだが。
 
そんなことは、ジャマ王国出身の二人は知らないので。

「この際だから、お手製の蚊取り線香を作って、皆に快適な夜をプレゼントしようと思ったんだよねー」

「うん。『八千歳』が発案者で、僕も手伝ったんだ」

「丁度園芸部の畑で、虫除け効果のあるハーブが育ってたから、それを練り込んだお手製蚊取り線香」

「二人で頑張って作って、手分けして全部屋に配ってきたよ」

「良い仕事したよねー」

「うん。頑張った」

…何、二人して良い汗かいてんの?

事情は分かったよ。分かったけど。

…何やってんの?お前ら。

「ほら、俺達前職が暗殺者だから、やっぱり邪魔者を排除をすることになると、血が騒ぐと言うか」

「やらなきゃ…!っていう使命感があるよね」

そんなことで、暗殺者の血を騒がせるんじゃない。

学生寮に蔓延る蚊を退治しようという、その心意気は買うけど…。

…だからって。

「…人の部屋に、勝手に侵入するな!」

「え、何で?」

「ちゃんと起こさないように入ったよ?」

そうだろうよ。

起きていても、気づかず侵入して、気づかず去っていくような奴らだからな。

でも違う。そうじゃない。

「皆喜んでるよ、きっと」

「ねー。学院側が何の虫対策もしてくれないから、俺達がやったんじゃんね〜。感謝して欲しいよ」

そうだな。

お前達が、その蚊取り線香を、普通に手渡しで配ってくれたんなら、感謝していただろうな。

誰が、勝手に侵入して、勝手に設置してこいと言ったよ。

お陰で今日、イーニシュフェルト魔導学院の生徒達は、揃って。

朝から、部屋の入口で煙を立てる蚊取り線香に、悲鳴をあげることになったよ。
…と、まぁ。

そんなこんなあって。

結局、魔導教育委員会からの奨励金は。

「各部屋への、殺虫スプレーと虫除けグッズ配布費用に使わせてもらうことになりました」

「…悲しい使い方だな…」

まさか、魔導教育委員会も、奨励金の使い道が虫除け対策グッズ購入だとは、思ってないだろうなぁ。

本当、生徒が何を求めているのかは、生徒目線じゃないと分からないっていうのは、事実だったな。

まさか、虫対策を求めていたとは。

まぁ良いよ。何だか、もっと他に使い道あっただろ!と思わなくもないけど。

結果敵に生徒の為になったんだし、これで生徒達の安眠を守れたんだと思えば。

そして。

「で、奨励金の残りについては…」

「ボーナスですか?」

「あなたを含め、我が学院には不埒者が多過ぎるので、あなたや、何処ぞの元暗殺者組に使う為に、電気椅子を購入することにしました」

エグい拷問具だ。

うちには、既にファラリスの雄牛があるというのに。

更に追加購入するのか。それは奨励金の使い道として正しいのか?

と、思ったが。

…下手に口を出して、イーニシュフェルト魔導学院の電気椅子犠牲者第一号になるのは、絶対に御免だったので。

黙っておくことにした。

「うぅ…。ハロウィンパーティ…。ヴィクトリアサンドイッチ…」

シルナが、しょんぼりと呟いていた。

今思えば、ハロウィンパーティの為にパーッと使っていた方が、まだマシだったかもしれない…。

が、時既に遅し、という奴である。

いずれにしても。

「いやはや、あぶく銭の使い道なんて、真面目に議論するもんじゃありませんね」

「…全くだよ…」

魔導教育委員会の人に、切実に言いたい。

今度からは、現物支給にしてくれ、と。














――――――封印が、目を覚ます。


























眠ったままの、空っぽの白雪姫を目覚ませる為に。 


















その日。

イーニシュフェルト魔導学院では。

「…何だ?これ…」

「…さぁ…」

学院長室に運ばれた、土まみれの「それ」を囲んで。

教員一同+生徒二名は、首を傾げていた。

俺達の目の前にあるもの。

「それ」は、全長1メートル半ほどもある、白い棺だった。






――――――…その棺を見つけたのは、約一時間ほど前。

放課後を迎えた俺は、いつも通り、園芸部の畑に向かった。

するとそこには、ゴム手袋をつけ、エプロンをつけ、長靴を履いたツキナが待ち構えていた。

「植え付けだー!植え付けだぞー!」

野菜の苗を片手に掲げて、今日も元気いっぱいのツキナである。

あー、見てたら超癒やされるな〜。

「すぐり君っ、すぐり君っ。今日は植え付けだぞ〜!」

「うん、知ってるよ〜」

一昨日辺りから、今日植えるんだ〜ってにっこにこしてたもんねー。

楽しませてもらったよ。

ちなみに、何を植えるのかと言うと。

「冬に食べる〜♪冬野菜〜♪大きなカブは〜♪それでもまだまだ〜♪抜けませ〜ん♪」

ツキナは、るんるんと苗を持ったままはしゃいでいた。

謎の歌を歌いながら。

そう。

今日植え付けをするのは、カブである。

何でカブなの?とツキナに聞いたら。

「それでもまだまだ抜けませんしたいから!」と、元気な顔で答えてくれた。

成程、と納得した。

この上なく、納得の行く返事だった。

でっかいカブを育てて、さながら昔話のように、うんとこしょーどっこいしょー、と収穫したいんだろう。

アホだな〜とは思うけど、可愛いからズルいよなぁ。

「よーし!まずは土を耕すぞ!」

お、来た大仕事。

「また鍬を使うんでしょ?じゃあ俺がやるよー」

こういうとき、耕運機買ってくれてたら楽だったのになぁ。

全くあれは惜しいことをしたよ。

でも最終的には、害虫対策になってツキナも喜んだから、良かったということで。

すると。

「ならぬっ…!その役目は、おいどんに任せてくれい!」

鍬を持とうとした俺を、ツキナがそう言って制した。

任せてくれい、と言われて、よし任せた!と言えないのが辛いところ。

「いやー、でもツキナはへっぴり腰だから無理じゃない?」

これまで、何回土の上に尻餅ついてきたか。

しかし、ツキナは。

「何をぅ!おいどんは、先祖代々百姓やってきてんでい!今時のわけーもんにしんぺーされるほど、なまっちゃねーべ!」

相変わらず強がるなぁ。

その訛りは何?田舎言葉?

ツキナって王都出身じゃなったっけ?

「分かったよ。じゃあ百姓のツキナさん、頑張って〜」

「おうよ、任せてけれ!」

どんと胸を張るツキナに、鍬を手渡すと。

勢いよく、ぶんっ、と鍬を振り上げ。

「よいさーっ!」

威勢の良い掛け声と共に、ザクッ、と鍬が土の中に突き刺っ、

…たかと思ったら、ガチンッ!!と土の中から異音がした。

!?

「ひょえあへふぇぇぇ!?」

鍬の先っちょが、何やら金属?石?らしきものに直撃したらしく。

反動で、ツキナが面白い声を出しながら、腕を痙攣させていた。

「…だいじょぶ?」

「…」

ツキナは、びっくりした!!みたいな顔でこちらを見つめ。

「な…なんじょやぁぁぁ〜っ!?」

奇声をあげた。

「何だ今の!?じーんってなった!腕が!今、じーんって!」

そりゃなっただろうね。

「何かに鍬がぶつかったね。土の中に何かあるんでしょ」

「何かって何!?私何も入れてないよ!?」

だよね?

俺も入れてないし、そもそも畑の中に、そんな鍬にクリーンヒットして異音を立てるようなブツが、埋められているとは思えないんだけど。

普通に考えたら…大きい石?が埋まってるとか?

…でも。

「畑だよね?ここ…今年新しく開墾したとかじゃないのね?」

「ないない!去年もここにカブ植えたんだよぅ?」

やっぱり。

新しく開墾したばかりの畑ならともかく、去年もその前もずっと畑で、土は充分柔らかくなっているはずなのに。

そんな大きな石が埋まっているとは、考えにくい。

…ともあれ。
「何が埋まってるかなんて、掘ってみたら分かることでしょー」

俺は、さっきツキナが鍬を振り下ろした位置に立った。

「ちょっと下がっててね、ツキナ」

「すぐり君…?どうするの?スコップで掘るんじゃないの?」

「スコップで掘っても良いんだけど…。時間がかかるからね〜」

今日は、カブの植え付けをするんだからさ。

土を耕す段階で、もたもたしてられないよね。

俺は得意の糸魔法で、両手の指から糸を放出した。

真っ直ぐに伸びた透明な糸が、ブスッ、と地中に潜った。

糸に触れる感触を頼りに、異物の位置を手繰り寄せる。

「おぉっ、すぐり君凄い!」

「でしょ〜?」

もっと褒めてくれても良いよ。

すると間もなく、糸が硬い何かに触れた。

あ、これだな。

てっきり、球体の硬い石だと思っていたが…。

「…んん?」

「…?すぐり君、大丈夫?」

「…何だこれ。なんか、予想以上にでっかいよ」

「えっ?」

糸を伸ばしても伸ばしても、まだ硬い感触がする。

予想以上に大きい。1メートル以上はあるよ。

しかもこれ、球体じゃない。

横に長い…?いや、縦に長い…感触からして、石じゃない…何かが、土の中に埋もれている。

「…?引っ張り出して良い?」

「え?うん」

謎の何かに糸を絡ませ、力を込めて持ち上げる。

ズボッ、と土から出てきたそれに、俺もツキナも言葉を失った。

思ったより軽かったけど、大きさは思った以上だった。

しかも、土まみれのこれ…。

「ひ、ひぇぇぇ!?」

ツキナが、真っ先に悲鳴をあげた。

無理もない。

俺が地中から引き摺り出したのは、白い棺…棺桶だったからだ。