「どっ、どうしたの君達?」
いじけていたシルナだが、生徒の顔を見るや、弾かれたように立ち上がる。
「そ、それが…た、大変なんです!」
「はい…大変なんです!」
二人して、一体どうした。
そんな泣きそうな顔で。
「な、何?何々何なの!?何が大変なの!?」
大変とだけ言われても、何が起きたのか分からない。
ただ、生徒達のこの切羽詰まった様子から、何か大変なことが起きたのだということは、よく分かる。
が、
「ぶっ。ふふっ」
なんかナジュが笑ってるんですけど?
そんな笑い事で済むようなことなのか?不謹慎だぞこいつ。
「どうしたんだ。落ち着いて話してみろ」
「う、うぅ…。は、はい…」
生徒達を促すと、二人は、相変わらず半泣きの顔で、
「そ、それが…朝起きたら…学生寮の、各部屋に…」
か、各部屋に?
「こ、こんなものが…」
と、女子生徒が一人、それを取り出した。
ちっこいローソク立てみたいなものにセットされた、二本の細い…。
…お線香。
…!?
ちょっと、頭が追いつかないんだけど?
「朝起きたら、全室にこれが置いてあって…!」
「しかも、部屋の内側に供えるようにして置いてあったんです」
「私…びっくりして怖くて、悲鳴をあげちゃって…」
そりゃ叫ぶわ。
朝起きて、部屋の中に線香備えてあったら。
「しかも、それが全室だって?」
「は、はい。女子寮全室と…それから、聞くところによると男子寮の方も、全部屋にこれが供えてあったらしくて…」
マジで?男子寮の方も?
一体何事なんだ。この線香は何なんだ?
「た、タチの悪い悪戯か…?」
いや、でも、それにしては。
部屋の外じゃなくて、内側に供えてあったんだろう?
しかも、学生寮全部屋に。
生徒達は夜間、部屋に鍵をかけて寝るはずだ。従って、夜の間に知らないものが部屋の中にある、ってことは…。
…勝手に誰かに、部屋の中に侵入されたってことだ。
い、一体何処の誰が?
しかも、線香なんて…悪戯にしては不気味過ぎるものを。
「こ、これ何なんでしょう。私達、の…呪われるんですか…?」
涙目の女子生徒。
全室に線香なんて供えられてたら、そりゃそうもなるわ。
「そっ…そんなことはないよ!大丈夫だよ!」
しばし呆然としていたが、涙目の生徒を見て、慌てて励ますシルナである。
「でも、いつの間にこんな…」
「うぅ…き、気持ち悪いです…」
生徒達がそう言うのも分かる。
俺だって、朝起きたとき、部屋の内側で線香が煙を立ててたら、腰を抜かすよ。
どういう悪戯だ、そもそもこれは悪戯なのか、悪戯なのだとしたら、一体誰が何の為にこんな陰湿な、
「良かった、『八千歳』。皆喜んでくれてるみたいだね」
「そりゃーそーでしょ?俺達の努力の賜物だからね〜」
…。
…なんか今、不穏なひそひそ声が聞こえてきた気がするんだけど?
線香という、妙に古めかしい道具。
そして、夜間に鍵のかかった部屋に侵入するという手口。
…まさか、これは。
「…おい、そこのひそひそ暗殺者組」
「喜んでもらえたみたいで良かったね」
「ねー。一部屋一部屋回った甲斐があったよ」
「返事をしろ」
さては貴様ら。
やはり、何かを知ってるな?
「あなた達…何をしたんです?」
イレースの鋭い眼光が、二人の元暗殺者生徒に突き刺さった。
が、二人共なんてことないみたいな顔をして、
「何もしてないよ?」
「うん。ただちょっと、線香置いて回っただけ」
それは、何もしてない内には入らないんだよ。
確信犯じゃないか。
「馬鹿かお前ら?何をやってんだ!?」
「え、何でキレんの?」
「キレるに決まってるだろうが!悪戯にしてはタチが悪過ぎるぞ!いたいけな生徒達を朝からこんなにビビらせて…何がやりたかったんだお前らは!」
と、問い詰めてみると。
二人共、自分達が何を悪いことをしたのか、よく分かっていない様子で。
「何がって…。僕達は皆の為に頑張ったんだよ。ね?」
「うん。これは俺達の、ボランティア精神から始めたことだもんね〜」
人をビビらせることの、何がボランティア?
「お前ら、この…!」
さすがにブチギレそうになった、そのとき。
「だって、今年は虫が多くて嫌だって、僕のルームメイトも言ってたし」
「そーそー。ツキナも言ってたよね〜。寝ようとしたら耳元に飛んでるから、むきゃーっ!ってなって眠れないって」
「やっぱり作って良かったね」
「うん。深夜に忍び込んだ甲斐かあったよね〜」
…ちょっと。
聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど?
「…虫って何のことだよ?」
改めて聞いてみると。
「虫は虫でしょ」
との答え。
そうじゃない。
「お前ら、二人して学生寮の全部屋に忍び込んだのか?」
「うん」
何の躊躇いもなく頷きやがった。
女子寮にも平気で入ったってことだよな?
この、不埒者め。
こいつらが良からぬことを企むはずもないが、しかし倫理的にはアウトである。
「何の為に!?」
「蚊取り線香。設置してまわろうと思って」
か…。
…蚊取り線香?
今、二人の女子生徒が持ってきてくれた、あのお線香。
あれ蚊取り線香なのか?
「ほら、今年って、もう二学期なのに、まだまだ蚊が多いじゃん?」
「…そうか?」
そうなのか?知らなかったんだが?
「学院の方はそうでもないよ。でも学生寮は、裏手に小さい溝があるから、そこから発生してるみたい」
と、令月。
…そうなんだ…。
「俺達はゴザの周りに蚊帳を吊ってあるから、蚊の心配はないけどさー」
「他の生徒は、しょっちゅう蚊に刺されて目が覚めるって、愚痴ってたから」
お前らは、何で蚊帳持ってるの?
「園芸部の畑の周りにも、よく飛んでてさー。畑仕事にしてるときにも、よく刺されるんだよね」
「うん。僕らは耐性があるから良いけど、蚊に刺されて死ぬ人もいるらしいしね」
「そーそー。このままじゃ死者が出ると思って」
お前らの祖国では、そうだったかもしれないが。
ルーデュニア聖王国の衛生環境なら、蚊に刺されて病気になって死ぬことはないと思うんだが。
そんなことは、ジャマ王国出身の二人は知らないので。
「この際だから、お手製の蚊取り線香を作って、皆に快適な夜をプレゼントしようと思ったんだよねー」
「うん。『八千歳』が発案者で、僕も手伝ったんだ」
「丁度園芸部の畑で、虫除け効果のあるハーブが育ってたから、それを練り込んだお手製蚊取り線香」
「二人で頑張って作って、手分けして全部屋に配ってきたよ」
「良い仕事したよねー」
「うん。頑張った」
…何、二人して良い汗かいてんの?
事情は分かったよ。分かったけど。
…何やってんの?お前ら。
「ほら、俺達前職が暗殺者だから、やっぱり邪魔者を排除をすることになると、血が騒ぐと言うか」
「やらなきゃ…!っていう使命感があるよね」
そんなことで、暗殺者の血を騒がせるんじゃない。
学生寮に蔓延る蚊を退治しようという、その心意気は買うけど…。
…だからって。
「…人の部屋に、勝手に侵入するな!」
「え、何で?」
「ちゃんと起こさないように入ったよ?」
そうだろうよ。
起きていても、気づかず侵入して、気づかず去っていくような奴らだからな。
でも違う。そうじゃない。
「皆喜んでるよ、きっと」
「ねー。学院側が何の虫対策もしてくれないから、俺達がやったんじゃんね〜。感謝して欲しいよ」
そうだな。
お前達が、その蚊取り線香を、普通に手渡しで配ってくれたんなら、感謝していただろうな。
誰が、勝手に侵入して、勝手に設置してこいと言ったよ。
お陰で今日、イーニシュフェルト魔導学院の生徒達は、揃って。
朝から、部屋の入口で煙を立てる蚊取り線香に、悲鳴をあげることになったよ。
…と、まぁ。
そんなこんなあって。
結局、魔導教育委員会からの奨励金は。
「各部屋への、殺虫スプレーと虫除けグッズ配布費用に使わせてもらうことになりました」
「…悲しい使い方だな…」
まさか、魔導教育委員会も、奨励金の使い道が虫除け対策グッズ購入だとは、思ってないだろうなぁ。
本当、生徒が何を求めているのかは、生徒目線じゃないと分からないっていうのは、事実だったな。
まさか、虫対策を求めていたとは。
まぁ良いよ。何だか、もっと他に使い道あっただろ!と思わなくもないけど。
結果敵に生徒の為になったんだし、これで生徒達の安眠を守れたんだと思えば。
そして。
「で、奨励金の残りについては…」
「ボーナスですか?」
「あなたを含め、我が学院には不埒者が多過ぎるので、あなたや、何処ぞの元暗殺者組に使う為に、電気椅子を購入することにしました」
エグい拷問具だ。
うちには、既にファラリスの雄牛があるというのに。
更に追加購入するのか。それは奨励金の使い道として正しいのか?
と、思ったが。
…下手に口を出して、イーニシュフェルト魔導学院の電気椅子犠牲者第一号になるのは、絶対に御免だったので。
黙っておくことにした。
「うぅ…。ハロウィンパーティ…。ヴィクトリアサンドイッチ…」
シルナが、しょんぼりと呟いていた。
今思えば、ハロウィンパーティの為にパーッと使っていた方が、まだマシだったかもしれない…。
が、時既に遅し、という奴である。
いずれにしても。
「いやはや、あぶく銭の使い道なんて、真面目に議論するもんじゃありませんね」
「…全くだよ…」
魔導教育委員会の人に、切実に言いたい。
今度からは、現物支給にしてくれ、と。
――――――封印が、目を覚ます。
眠ったままの、空っぽの白雪姫を目覚ませる為に。
その日。
イーニシュフェルト魔導学院では。
「…何だ?これ…」
「…さぁ…」
学院長室に運ばれた、土まみれの「それ」を囲んで。
教員一同+生徒二名は、首を傾げていた。
俺達の目の前にあるもの。
「それ」は、全長1メートル半ほどもある、白い棺だった。
――――――…その棺を見つけたのは、約一時間ほど前。
放課後を迎えた俺は、いつも通り、園芸部の畑に向かった。
するとそこには、ゴム手袋をつけ、エプロンをつけ、長靴を履いたツキナが待ち構えていた。
「植え付けだー!植え付けだぞー!」
野菜の苗を片手に掲げて、今日も元気いっぱいのツキナである。
あー、見てたら超癒やされるな〜。
「すぐり君っ、すぐり君っ。今日は植え付けだぞ〜!」
「うん、知ってるよ〜」
一昨日辺りから、今日植えるんだ〜ってにっこにこしてたもんねー。
楽しませてもらったよ。
ちなみに、何を植えるのかと言うと。
「冬に食べる〜♪冬野菜〜♪大きなカブは〜♪それでもまだまだ〜♪抜けませ〜ん♪」
ツキナは、るんるんと苗を持ったままはしゃいでいた。
謎の歌を歌いながら。
そう。
今日植え付けをするのは、カブである。
何でカブなの?とツキナに聞いたら。
「それでもまだまだ抜けませんしたいから!」と、元気な顔で答えてくれた。
成程、と納得した。
この上なく、納得の行く返事だった。
でっかいカブを育てて、さながら昔話のように、うんとこしょーどっこいしょー、と収穫したいんだろう。
アホだな〜とは思うけど、可愛いからズルいよなぁ。
「よーし!まずは土を耕すぞ!」
お、来た大仕事。
「また鍬を使うんでしょ?じゃあ俺がやるよー」
こういうとき、耕運機買ってくれてたら楽だったのになぁ。
全くあれは惜しいことをしたよ。
でも最終的には、害虫対策になってツキナも喜んだから、良かったということで。
すると。
「ならぬっ…!その役目は、おいどんに任せてくれい!」
鍬を持とうとした俺を、ツキナがそう言って制した。
任せてくれい、と言われて、よし任せた!と言えないのが辛いところ。
「いやー、でもツキナはへっぴり腰だから無理じゃない?」
これまで、何回土の上に尻餅ついてきたか。
しかし、ツキナは。
「何をぅ!おいどんは、先祖代々百姓やってきてんでい!今時のわけーもんにしんぺーされるほど、なまっちゃねーべ!」
相変わらず強がるなぁ。
その訛りは何?田舎言葉?
ツキナって王都出身じゃなったっけ?
「分かったよ。じゃあ百姓のツキナさん、頑張って〜」
「おうよ、任せてけれ!」
どんと胸を張るツキナに、鍬を手渡すと。
勢いよく、ぶんっ、と鍬を振り上げ。
「よいさーっ!」
威勢の良い掛け声と共に、ザクッ、と鍬が土の中に突き刺っ、
…たかと思ったら、ガチンッ!!と土の中から異音がした。
!?
「ひょえあへふぇぇぇ!?」
鍬の先っちょが、何やら金属?石?らしきものに直撃したらしく。
反動で、ツキナが面白い声を出しながら、腕を痙攣させていた。
「…だいじょぶ?」
「…」
ツキナは、びっくりした!!みたいな顔でこちらを見つめ。
「な…なんじょやぁぁぁ〜っ!?」
奇声をあげた。
「何だ今の!?じーんってなった!腕が!今、じーんって!」
そりゃなっただろうね。
「何かに鍬がぶつかったね。土の中に何かあるんでしょ」
「何かって何!?私何も入れてないよ!?」
だよね?
俺も入れてないし、そもそも畑の中に、そんな鍬にクリーンヒットして異音を立てるようなブツが、埋められているとは思えないんだけど。
普通に考えたら…大きい石?が埋まってるとか?
…でも。
「畑だよね?ここ…今年新しく開墾したとかじゃないのね?」
「ないない!去年もここにカブ植えたんだよぅ?」
やっぱり。
新しく開墾したばかりの畑ならともかく、去年もその前もずっと畑で、土は充分柔らかくなっているはずなのに。
そんな大きな石が埋まっているとは、考えにくい。
…ともあれ。
「何が埋まってるかなんて、掘ってみたら分かることでしょー」
俺は、さっきツキナが鍬を振り下ろした位置に立った。
「ちょっと下がっててね、ツキナ」
「すぐり君…?どうするの?スコップで掘るんじゃないの?」
「スコップで掘っても良いんだけど…。時間がかかるからね〜」
今日は、カブの植え付けをするんだからさ。
土を耕す段階で、もたもたしてられないよね。
俺は得意の糸魔法で、両手の指から糸を放出した。
真っ直ぐに伸びた透明な糸が、ブスッ、と地中に潜った。
糸に触れる感触を頼りに、異物の位置を手繰り寄せる。
「おぉっ、すぐり君凄い!」
「でしょ〜?」
もっと褒めてくれても良いよ。
すると間もなく、糸が硬い何かに触れた。
あ、これだな。
てっきり、球体の硬い石だと思っていたが…。
「…んん?」
「…?すぐり君、大丈夫?」
「…何だこれ。なんか、予想以上にでっかいよ」
「えっ?」
糸を伸ばしても伸ばしても、まだ硬い感触がする。
予想以上に大きい。1メートル以上はあるよ。
しかもこれ、球体じゃない。
横に長い…?いや、縦に長い…感触からして、石じゃない…何かが、土の中に埋もれている。
「…?引っ張り出して良い?」
「え?うん」
謎の何かに糸を絡ませ、力を込めて持ち上げる。
ズボッ、と土から出てきたそれに、俺もツキナも言葉を失った。
思ったより軽かったけど、大きさは思った以上だった。
しかも、土まみれのこれ…。
「ひ、ひぇぇぇ!?」
ツキナが、真っ先に悲鳴をあげた。
無理もない。
俺が地中から引き摺り出したのは、白い棺…棺桶だったからだ。