神殺しのクロノスタシスⅣ

…と、ここまで全員の意見を聞いて。

シルナはハロウィンパーティ、イレースは来年度予算の為に貯蓄、だったな。

俺と天音が似た意見で、学院の備品や、図書室の本を買い足すという意見。

で、ナジュが冬のボーナスで。

すぐりは部活動投資、令月は学院の警護設備に投資。

以上だ。

ろくな意見がないが、一番ないのはナジュだな。

「何でですか。皆思ってるでしょ、ボーナス少ないって」

「それは思ってるけどな、でもそういうことじゃないんだよ」

魔導教育委員会は、きっとそういう奨励金の使い方は望んでないんだよ。

確かに、俺達教員の努力があって、模範的と認められたのかもしれないが。

一番頑張ってるのは、そんな俺達教員の期待に応えてくれた、生徒達だから。

だからこのお金は、生徒の為に使わなきゃならないんだよ。

故に、ナジュ案は却下。

「あと、まともに考慮に値するのは…俺と天音とすぐり案だけか…」

「ちょっと羽久!シルナ案も入れて!」

「私の案も考慮に値するでしょう」

と、シルナとイレースが抗議した。

イレースはともかく、シルナは無しに決まってるだろ。

「いや、イレースの案も悪くはないと思うけど…。今年もらった奨励金を、来年に使い回すってのはどうかなと思って…」

「…む…。確かに言われてみれば、今年度末まで持っていたら、学院の資産として税金を取られますね」

そういうことじゃないけど、まぁそういうことにしておこう。

さすが大蔵大臣。考え方が違う。

「僕の防御壁案は?」

と、尋ねる令月。

「現実的じゃないから却下」

「…駄目だったか…」

駄目だよ。

何だよ、学院を覆う巨大な塀って。

怪しげな施設じゃないんだから。
「この三人の中で、誰の案にするよ?」

「どれも無難でつまらないですね…」

「園芸部だけ贔屓してよー。ねー、園芸部だけー」

うるせぇぞ外野。

シルナなんか、もう自分の夢は果たされないと悟ったのか、いじけてそっぽ向いてるし。

幼稚園児かよ。

更に、幼稚園児はシルナだけではない。

「ちぇー、つまんないの。ねー『八千代』。俺達、昨晩あんなに頑張ったのにさぁ。少しは園芸部に富を還元してくれても良いのにさー」

「うん…。昨日のあれは、園芸部の努力の賜物だよね」

いじけて、ボソボソ喋ってる元暗殺者組。

…昨日あんなに頑張った園芸部?

って何の話だ…と思っていた、

そのとき。

「がっ、学院長先生っ!!」

制服姿の女子生徒が二人、青ざめた顔で学院長室に飛び込んできた。

な、何事?
「どっ、どうしたの君達?」

いじけていたシルナだが、生徒の顔を見るや、弾かれたように立ち上がる。

「そ、それが…た、大変なんです!」

「はい…大変なんです!」

二人して、一体どうした。

そんな泣きそうな顔で。

「な、何?何々何なの!?何が大変なの!?」

大変とだけ言われても、何が起きたのか分からない。

ただ、生徒達のこの切羽詰まった様子から、何か大変なことが起きたのだということは、よく分かる。

が、

「ぶっ。ふふっ」

なんかナジュが笑ってるんですけど?

そんな笑い事で済むようなことなのか?不謹慎だぞこいつ。

「どうしたんだ。落ち着いて話してみろ」

「う、うぅ…。は、はい…」

生徒達を促すと、二人は、相変わらず半泣きの顔で、

「そ、それが…朝起きたら…学生寮の、各部屋に…」

か、各部屋に?

「こ、こんなものが…」

と、女子生徒が一人、それを取り出した。

ちっこいローソク立てみたいなものにセットされた、二本の細い…。

…お線香。

…!?

ちょっと、頭が追いつかないんだけど?

「朝起きたら、全室にこれが置いてあって…!」

「しかも、部屋の内側に供えるようにして置いてあったんです」

「私…びっくりして怖くて、悲鳴をあげちゃって…」

そりゃ叫ぶわ。

朝起きて、部屋の中に線香備えてあったら。

「しかも、それが全室だって?」

「は、はい。女子寮全室と…それから、聞くところによると男子寮の方も、全部屋にこれが供えてあったらしくて…」

マジで?男子寮の方も?

一体何事なんだ。この線香は何なんだ?

「た、タチの悪い悪戯か…?」

いや、でも、それにしては。

部屋の外じゃなくて、内側に供えてあったんだろう?

しかも、学生寮全部屋に。

生徒達は夜間、部屋に鍵をかけて寝るはずだ。従って、夜の間に知らないものが部屋の中にある、ってことは…。

…勝手に誰かに、部屋の中に侵入されたってことだ。

い、一体何処の誰が?

しかも、線香なんて…悪戯にしては不気味過ぎるものを。

「こ、これ何なんでしょう。私達、の…呪われるんですか…?」

涙目の女子生徒。

全室に線香なんて供えられてたら、そりゃそうもなるわ。

「そっ…そんなことはないよ!大丈夫だよ!」

しばし呆然としていたが、涙目の生徒を見て、慌てて励ますシルナである。

「でも、いつの間にこんな…」

「うぅ…き、気持ち悪いです…」

生徒達がそう言うのも分かる。

俺だって、朝起きたとき、部屋の内側で線香が煙を立ててたら、腰を抜かすよ。

どういう悪戯だ、そもそもこれは悪戯なのか、悪戯なのだとしたら、一体誰が何の為にこんな陰湿な、

「良かった、『八千歳』。皆喜んでくれてるみたいだね」

「そりゃーそーでしょ?俺達の努力の賜物だからね〜」

…。

…なんか今、不穏なひそひそ声が聞こえてきた気がするんだけど?
線香という、妙に古めかしい道具。

そして、夜間に鍵のかかった部屋に侵入するという手口。

…まさか、これは。

「…おい、そこのひそひそ暗殺者組」

「喜んでもらえたみたいで良かったね」

「ねー。一部屋一部屋回った甲斐があったよ」

「返事をしろ」

さては貴様ら。

やはり、何かを知ってるな?

「あなた達…何をしたんです?」

イレースの鋭い眼光が、二人の元暗殺者生徒に突き刺さった。

が、二人共なんてことないみたいな顔をして、

「何もしてないよ?」

「うん。ただちょっと、線香置いて回っただけ」

それは、何もしてない内には入らないんだよ。

確信犯じゃないか。

「馬鹿かお前ら?何をやってんだ!?」

「え、何でキレんの?」

「キレるに決まってるだろうが!悪戯にしてはタチが悪過ぎるぞ!いたいけな生徒達を朝からこんなにビビらせて…何がやりたかったんだお前らは!」

と、問い詰めてみると。

二人共、自分達が何を悪いことをしたのか、よく分かっていない様子で。

「何がって…。僕達は皆の為に頑張ったんだよ。ね?」

「うん。これは俺達の、ボランティア精神から始めたことだもんね〜」

人をビビらせることの、何がボランティア?

「お前ら、この…!」

さすがにブチギレそうになった、そのとき。

「だって、今年は虫が多くて嫌だって、僕のルームメイトも言ってたし」

「そーそー。ツキナも言ってたよね〜。寝ようとしたら耳元に飛んでるから、むきゃーっ!ってなって眠れないって」

「やっぱり作って良かったね」

「うん。深夜に忍び込んだ甲斐かあったよね〜」

…ちょっと。

聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど?

「…虫って何のことだよ?」

改めて聞いてみると。

「虫は虫でしょ」

との答え。

そうじゃない。

「お前ら、二人して学生寮の全部屋に忍び込んだのか?」

「うん」

何の躊躇いもなく頷きやがった。

女子寮にも平気で入ったってことだよな?

この、不埒者め。

こいつらが良からぬことを企むはずもないが、しかし倫理的にはアウトである。

「何の為に!?」

「蚊取り線香。設置してまわろうと思って」

か…。

…蚊取り線香?
今、二人の女子生徒が持ってきてくれた、あのお線香。

あれ蚊取り線香なのか?

「ほら、今年って、もう二学期なのに、まだまだ蚊が多いじゃん?」

「…そうか?」

そうなのか?知らなかったんだが?

「学院の方はそうでもないよ。でも学生寮は、裏手に小さい溝があるから、そこから発生してるみたい」

と、令月。

…そうなんだ…。

「俺達はゴザの周りに蚊帳を吊ってあるから、蚊の心配はないけどさー」

「他の生徒は、しょっちゅう蚊に刺されて目が覚めるって、愚痴ってたから」

お前らは、何で蚊帳持ってるの?

「園芸部の畑の周りにも、よく飛んでてさー。畑仕事にしてるときにも、よく刺されるんだよね」

「うん。僕らは耐性があるから良いけど、蚊に刺されて死ぬ人もいるらしいしね」

「そーそー。このままじゃ死者が出ると思って」

お前らの祖国では、そうだったかもしれないが。

ルーデュニア聖王国の衛生環境なら、蚊に刺されて病気になって死ぬことはないと思うんだが。
 
そんなことは、ジャマ王国出身の二人は知らないので。

「この際だから、お手製の蚊取り線香を作って、皆に快適な夜をプレゼントしようと思ったんだよねー」

「うん。『八千歳』が発案者で、僕も手伝ったんだ」

「丁度園芸部の畑で、虫除け効果のあるハーブが育ってたから、それを練り込んだお手製蚊取り線香」

「二人で頑張って作って、手分けして全部屋に配ってきたよ」

「良い仕事したよねー」

「うん。頑張った」

…何、二人して良い汗かいてんの?

事情は分かったよ。分かったけど。

…何やってんの?お前ら。

「ほら、俺達前職が暗殺者だから、やっぱり邪魔者を排除をすることになると、血が騒ぐと言うか」

「やらなきゃ…!っていう使命感があるよね」

そんなことで、暗殺者の血を騒がせるんじゃない。

学生寮に蔓延る蚊を退治しようという、その心意気は買うけど…。

…だからって。

「…人の部屋に、勝手に侵入するな!」

「え、何で?」

「ちゃんと起こさないように入ったよ?」

そうだろうよ。

起きていても、気づかず侵入して、気づかず去っていくような奴らだからな。

でも違う。そうじゃない。

「皆喜んでるよ、きっと」

「ねー。学院側が何の虫対策もしてくれないから、俺達がやったんじゃんね〜。感謝して欲しいよ」

そうだな。

お前達が、その蚊取り線香を、普通に手渡しで配ってくれたんなら、感謝していただろうな。

誰が、勝手に侵入して、勝手に設置してこいと言ったよ。

お陰で今日、イーニシュフェルト魔導学院の生徒達は、揃って。

朝から、部屋の入口で煙を立てる蚊取り線香に、悲鳴をあげることになったよ。
…と、まぁ。

そんなこんなあって。

結局、魔導教育委員会からの奨励金は。

「各部屋への、殺虫スプレーと虫除けグッズ配布費用に使わせてもらうことになりました」

「…悲しい使い方だな…」

まさか、魔導教育委員会も、奨励金の使い道が虫除け対策グッズ購入だとは、思ってないだろうなぁ。

本当、生徒が何を求めているのかは、生徒目線じゃないと分からないっていうのは、事実だったな。

まさか、虫対策を求めていたとは。

まぁ良いよ。何だか、もっと他に使い道あっただろ!と思わなくもないけど。

結果敵に生徒の為になったんだし、これで生徒達の安眠を守れたんだと思えば。

そして。

「で、奨励金の残りについては…」

「ボーナスですか?」

「あなたを含め、我が学院には不埒者が多過ぎるので、あなたや、何処ぞの元暗殺者組に使う為に、電気椅子を購入することにしました」

エグい拷問具だ。

うちには、既にファラリスの雄牛があるというのに。

更に追加購入するのか。それは奨励金の使い道として正しいのか?

と、思ったが。

…下手に口を出して、イーニシュフェルト魔導学院の電気椅子犠牲者第一号になるのは、絶対に御免だったので。

黙っておくことにした。

「うぅ…。ハロウィンパーティ…。ヴィクトリアサンドイッチ…」

シルナが、しょんぼりと呟いていた。

今思えば、ハロウィンパーティの為にパーッと使っていた方が、まだマシだったかもしれない…。

が、時既に遅し、という奴である。

いずれにしても。

「いやはや、あぶく銭の使い道なんて、真面目に議論するもんじゃありませんね」

「…全くだよ…」

魔導教育委員会の人に、切実に言いたい。

今度からは、現物支給にしてくれ、と。














――――――封印が、目を覚ます。


























眠ったままの、空っぽの白雪姫を目覚ませる為に。 


















その日。

イーニシュフェルト魔導学院では。

「…何だ?これ…」

「…さぁ…」

学院長室に運ばれた、土まみれの「それ」を囲んで。

教員一同+生徒二名は、首を傾げていた。

俺達の目の前にあるもの。

「それ」は、全長1メートル半ほどもある、白い棺だった。