神殺しのクロノスタシスⅣ

そして。

俺とシルナは改めて、エヴェリナ・オーネラントという生徒を巡る、一連の経緯を話した。

本人の意志に関係なく、学院をやめさせられそうなこと。

その原因は、恐らくエヴェリナの母親にあること。

その母親は、シルナを筆頭に、魔導師を毛嫌いしていること。

けれどエヴェリナ本人は、学院に戻ることを望んでいるであろうということも。

一通り話し終えると。

「皆、どう思う?どうしたら解決すると思う?」

シルナは、全員に意見を求めた。

すると、真っ先に手を上げたのは。

何故か、教師ではなく、生徒のすぐりだった。

「そんなの簡単じゃん!その母親が邪魔なんでしょ?」

「じゃ、邪魔って言うか…お母さんを説得しないと、学院には戻れないだろうね」

「なら、その母親を消せば良いんだよ。それで一件落着だね」

涼しい顔して、何を言い出すんだお前は。

その短絡的で、過激で、浅はかな思考。

まさに元暗殺者。

邪魔者と見るや、即座に抹殺。

でも、そうじゃねぇから。

そういうの求めてるんじゃないから。

「馬鹿言うんじゃない。なんて方法考えるんだ、お前は」

「え?嫌なの?」

当たり前だろ。

嫌とかそういう問題じゃなくて、犯罪だからな。

大体母親が突然死したら、それはそれでエヴェリナが悲しむだろうが。

彼女にとっては、それでも母親なんだぞ。

「じゃあ、別の方法があるよ」

と、挙手したのは。

そのすぐりの相棒、令月。

おぉ。お前なら、もう少しマシな案を、

「殺すんじゃなくて、一定期間隔離しておけば良いんだよ。行方不明を装って。で、そのエヴェリナって人が学院を卒業したら解放して…」

違う。そうじゃない。

殺さなければ良いとか、そういう問題じゃない。

駄目だこいつらは。

発想がもう、完全に元暗殺者のそれ。

過激過ぎて、議論にもならない。

「あなた達…。もう本当に、学生寮に帰りなさい」

これには、イレースも血管浮き立たせてて小言。

最早、この場で一緒に議論する余地もないほど、意見が過激過ぎる。

イレースも、そう判断したのだろう。

その通りだ。

なら代わりにイレース、お前が何か良い代案を…。

「そういう面倒な親がいる生徒は、いっそ退学させれば良いんです」

…忘れてた。

イレースもイレースで、なかなか過激な発想の持ち主だったんだ。

元暗殺者組に比べれば、ちょっとマシってだけで。
「そ、そんな、イレースちゃん!退学させない為に、話し合ってるのに」

と、シルナが抗弁するも。

「この場を宥めすかして、学院に戻らせて…その後はどうするんです?そこまで強硬に学院に戻らせることを拒んでいるなら、今回で終わりじゃありませんよ、きっと」

イレースは、きっとシルナを睨んで言った。

そ、それは…まぁ…。

「何かある度に、娘を家へ戻せ、退学させろ、とグチグチグチグチ、文句言ってくるに違いありません。そんな面倒な保護者を、いちいち相手していたらキリがない。いっそ望み通り、退学させた方がスッキリするでしょう」

一理ある、と思ってしまった自分がいる。

確かに、今回何とか説得して、エヴェリナ母を納得させたとしても。

あの剣幕だったのだ。また何かしらのきっかけで、「やっぱりやめさせる!」と言い出しかねない。

その可能性は、常に付きまとっている。

「ましてやその生徒、一年生なんでしょう?これから先六年も、そんなモンスターペアレントに付き合ってやる義理はありません」

と、バッサリ切り捨てるイレース。

ま、まぁ…。常日頃、学院に寄せられる、様々なクレームに対応しているイレースにしてみれば…。

そんな下らない苦情に、毎回付き合ってやれるか、という思いがあるのだろうが…。

それは分からなくもないのだが…。

「でもでも!本人は学院に戻ってくることを望んでるんだよ!?」

あくまで、本人の意志を尊重したいシルナ。

しかし。

「そうは言っても、その生徒は、所詮まだ子供でしょう。世話をしているのも、学費を出しているのも、そのモンペ親です。彼女を保護する権利を持っているのも、親なんですから。私達が口を挟んだところで、『娘は返さない』と言われれば、それまででしょう」

「う、うぅ…」

言われれば、そうだ。

エリュティアの親みたいに、いっそ諦めて。

「お前なんざもう知らん!勝手にしろ!」と言ってくれれば、こちらも勝手にするのだが。

エヴェリナ母の場合、あくまでも子供の為を思って、退学を希望してるんだもんな。

あくまで、エヴェリナの親権を手放す気はないのだ。

あれはあれで、娘の将来を願っての行動。

俺達が口を挟むのは、余計なお節介なのだ。

でも、でもだからってな…。

「本人が、本気で魔導師になりたい気持ちがあるのなら、学院になど通わず、独学でも魔導師にはなれます。本人がその気なら、いずれ上がってくるでしょう」

イレースはあくまで、親が退学させたいのなら、勝手に退学させることを推奨。

「でも、エヴェリナちゃんは…イーニシュフェルト魔導学院を出て、魔導師になることを望んでるんだよ?」

「そんなこと言ったって、仕方ないでしょう。親が反対してるんだから。子供である以上、親に逆らってまで出来ることはたかが知れています。自分の家はそういう家なのだと納得するしかありません」

イレース…手厳しいな。

でも、その意見も正しいのかもしれない。

俺達が何とかしようとしても、結局彼女の親が納得しなければ、どうしようもない。

エヴェリナの養育権を持っているのは、彼女の両親なのだから。

「下手に父兄を敵に回して、学院の印象を悪くしたくもありません。その生徒には気の毒ですが、ここは諦め…」

と、イレースが言いかけたら。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

天音が、イレースの言葉を止めた。
「やめさせること前提で話すのは、やめようよ…。僕達にとっては彼女は、大勢いる生徒の一人だけど…彼女にとっては、ただ一回きりの人生なんだから…」

おっ、天音。

お前良いこと言うな。

「そう…。そう、そうだよ天音君!その通りだよ!」

シルナが、歓喜のあまり天音を抱擁していた。

やめてやれ。おっさんの抱擁ほど、気色の悪いものはない。

「ま、ましてや、魔導師を目指すにしても、退学なんかしたら、彼女の経歴に傷が付くし…。その後の人生にも関わるから…」

シルナの抱擁を受けながら、天音が言った。

その通り。

俺達にとってエヴェリナは、大勢いる生徒の一人だが。

エヴェリナにとっては、自分のこれから先の人生を、大きく左右する出来事なのだ。

もしここで退学させられれば、恐らく一生思い続けるだろう。

「あのとき、イーニシュフェルトを卒業出来ていれば…」と。

なまじうちの学院は、入学するだけでも、かなり箔が付くからな。

天下のイーニシュフェルト魔導学院に、入学はしたのに、一年生の夏で退学、地元の中学校に入ります…なんて。

彼女の学歴に、大きな傷をつけることになる。

何処に言っても、誰にでも聞かれ続けることになるだろう。

「何で、イーニシュフェルト魔導学院やめたの?」と。

その理由はああでこうで、母親が反対したから仕方なく…と、答え続けなければならない。

きっとその度に、今回のことを思い出して嫌な気分になるだろうし。

最悪、その恨みが母親に向くことにもなるかもしれない。

エヴェリナがもっと大きくなったとき、「お母さんがあのとき、私を退学なんかさせたから」と、深刻な親子喧嘩が勃発しかねない。

親子の関係に、深刻な不和を残すことになりかねないのだ。

その点では、慎重にならなければならない。

天音の言う通り、エヴェリナの人生が懸かっているのだから。

「仰ることはご最もですが、しかし現状、我々に出来ることがありますか?」

イレースが、天音を黙らせる一言を言った。

「…それは…」

「我々は、所詮一介の教師に過ぎません。何とかしてあげられるものなら、してあげたいですが…。しかし、どうにもならないこともあります。ましてや、私達は全員、魔導師なんですから」

…え。
 
「パンダ学院長への言動を見るに、そのエヴェリナの母親は、恐らく魔導師排斥論者なんでしょう」

イレースに言われて、俺達はハッとした。

…言われてみれば、あのエヴェリナ母の言い分。

シルナのみならず、魔導師そのものを否定していた。

そして、その魔導師の筆頭に立つシルナを、見たくもないほどに毛嫌いしていた。

それはつまり、エヴェリナの母親が…魔導師排斥論者だから。

そう考えれば、説明がつく。

「そうか…。今、魔導師排斥運動が高まってるから…」

「この間の、シャネオン駅爆破事件で、余計拍車がかかったんでしょう。入学時はまぁ渋々我慢したけど、今回の件で、やっぱり我慢ならなくなった…ってところでしょうね」

成程。有り得る。

「全く、頭の堅い連中ですよ」

と、嘆息するイレース。

…いや、多分お前には言われたくないと思うが…。
 
なんて、考えたのが間違い。

ずっと黙っていたナジュが、目を輝かせた。

「イレースさんイレースさん、羽久さんが、イレースさんの方が頭が堅いと、」

「黙ってろ馬鹿ナジュ!」

嬉々として報告すんな!つーか読心をやめろ。

危うく、俺が殺されるところだったろうが。

「…今何か言いました?」

「いや、何も言ってない。話を続けよう」

イレースの雷魔法と戦うのは、シルナ一人で充分だ。
…ともかく。

「相手がマジで魔導師排斥論者なら、俺達がいくら説得しても、聞く耳持ってもらえんぞ」

「あ、羽久さん無理矢理話変えようとしてるー」

ナジュ黙ってろお前馬鹿。

「ここにいるのは、皆魔法使える人だけだもんね…。魔導学院なんだから、当たり前だけど…」

「シルナの言葉なんか、いくら説得しようが、まず言葉を聞いてももらえないだろうしな」

実際、シルナが何を言っても、「詐欺師!ペテン師!」だったもんな。

俺だってイレースだって天音だってナジュだって、魔導師なんだから。

俺達がいくら、何を言おうと。

言葉での説得は、無理に近い。

だって俺達の言葉は、全部魔導師の言葉なんだから。

とても、あの頑固なエヴェリナ母に届くとは思えない。

「…」

一同が、無言になったのを見て。

何を思ったか、令月が、懐から小刀を取り出した。

「…やっぱり消す?」

おい、何言ってんだやめろ。

「俺も加勢するよ」

すぐりが、両手にピン、と糸を張った。

やめろって。

お前らに狙われたら、俺達だって生きて帰れるか。

消す?じゃねーんだよ。アホの発想。

「消す以外の方法を考えるんだ」

「…そんなこと言われても…」

「あ、良いこと思いついた『八千代』」

困りかけた令月に、すぐりが何やら名案を思いついた。

何だ?

「捕まえて、洗脳すれば良いんだよ。檻の中に入れて、『お前は魔導師を崇拝する、お前は魔導師を崇拝する』って延々聞かせてさ。簡単でしょ」

「成程、さすが『八千歳』。頭良い」

頭おかしい、の間違いだろ。

何を考えてるんだ。

こいつらさっきから、発想が暗殺者過ぎるぞ。

「駄目に決まってるだろ、馬鹿かお前らは」

ろくな案を考えやしない。

学生寮に追い返すぞ。

…すると。

「全く皆さん、不甲斐ないですねぇ」

これまで、横槍を入れる以外は黙っていたナジュが、やれやれ、とばかりに言った。

…何だと?

「じゃあ、お前には何か良い案があるのか?」

「まぁまぁ、僕に任せてくださいよ。ここは、イーニシュフェルト1のイケメンカリスマ教師の出番ですね。…あ、羽久さんにも協力してもらうので宜しく」

「…」

…なんか、俺だけ巻き込まれんの、すげー嫌なんだけど。

しかし現状、何の打開策もない(元暗殺者組の提案は論外)ので、否が応でも、ナジュの提案に乗るしかなかった。
で、そのナジュの提案が、何だったかと言うと。

俺はその翌日、再び。

南方都市、シャネオンにいた。





…なんか、最近俺、ここに来ること多くね?








しかも、今回の同伴者はナジュである。

一番一緒にいたくない(読心魔法があるから)奴と、こんな遠方まで…。

「そんなぁ、そう言わないでくださいよ。俺とあなたの仲じゃないですか」

ほら。俺何も言ってないのに、平気で心読んで会話してくるし。

先が思いやられる。

「それで?どうするんだよ」

これ以上、読まれたくもない心を読まれる前に。

さっさとやるべきことを済ませて、学院に戻りたい。

「決まってるでしょう?突撃訪問ですよ」

やはりか。

まぁ、わざわざシャネオンまで来たんだから、そうだろうとは思っていたが。

「また、門前払い食らうんじゃないか?」

「あれは学院長が訪ねていったからでしょう?僕と羽久さんだけなら、話聞いてくれますよ」

「でも…俺達だって魔導師なんだぞ?エヴェリナ母が魔導師排斥論者なら、俺達のことも拒絶するだろうに」

「歓迎はされなくても、話くらいは聞いてもらえるでしょう」

「何でそう思うんだ?」

ナジュにしては、いやに楽観的…かと思いきや。

「だって、僕、これ持ってきてますから」

と、言って。

ナジュは、ぴらっ、と紙切れを掲げて見せた。

おま、それ…!

「退学届じゃないか…!何で持ってきたんだよそんなの?」

エヴェリナ母の手に渡ったら、すぐさま記入して、提出されかねない。

「『お望み通り持ってきましたよ、でもその前に、ちょっとお話させてください』くらい言わなきゃ、また門前払いでしょ。手ぶらじゃ入れてもらえませんよ」

そ、それはそうかもしれないが。

「それに、いくら退学届を提出されたって、こちらが受理しなかったら、退学は成立しません。記入用紙渡したから即退学、にはなりませんよ」

「そうだけど…。でも、退学届を渡すのは危険だろ…」

こっちは退学届に記入したんだから、さっさと受理しろ!と言い張ることが出来るんだぞ。

あまりに危険な綱渡りだ。

「だから、そもそもこのくらいの『誠意』を見せないと、まず話し合いの機会さえ持たせてくれないんですって」

「う…」

「まずは、同じテーブルに着かなきゃ話にならない。門前払いよりはマシでしょう」

…悔しいが、ナジュの言う通りだ。

俺達は、エヴェリナ母にとって敵なのだから。

交渉をするには、こちらもある程度の覚悟を決め、誠意を見せなければ。

そもそも、話し合いにさえ応じてもらえない。

「分かったよ…。でも、絶対退学は認めないからな。俺じゃなくて、シルナが」

「知ってますよ。だから、これはあくまでパフォーマンスです」

見せるだけ、ってことだな?

本気で退学させる気はないんだよな?

「そういうことですね」

そうか。なら良い。

「よし…。じゃあ、行くか」

「えぇ。いざ、打倒頑固主婦」

その言い方やめろ。
そして、辿り着いたオーネラント宅。

この家に来るのは、これで二度目だな。

二階を見上げてみたが、やはりカーテンは閉め切られ、エヴェリナの姿は見えなかった。

でも、多分あの部屋にいるんだよな…。

自分の運命はどうなってしまうのかと、不安を抱えながら…。

…心配するな。絶対、俺達が何とかしてやるからな。

「…格好良いこと言いますね」

「言ってねぇから。勝手に心を読んで、言ったことにするな」

これだから、ナジュ同伴は嫌だよ。

「さぁて、じゃあ押しますかー」

と、ナジュは躊躇なくインターホンを押す。

これで留守でした、とかだったら嫌だけど。

幸い、ちゃんとドアが開いた。

「…どちら様ですか?」

出てきたのは、不機嫌そうな顔の中年女性。

エヴェリナ母である。

惜しい。これがエヴェリナ父だったなら、ワンチャン快く家に上げてくれたかもしれないのに。

父親の方が、気性が穏やかそうだったから。

しかし、ナジュは気にしない。

「こんにちは、奥さん。いやぁ、突然お訪ねして済みません」

にこりと、人の良い笑みを浮かべてそう言った。

傍目から見れば、好青年に見えるのだろうが。

俺は、こいつの本性を知っているせいか、めちゃくちゃ胡散臭く見えた。

こういう奴が詐欺師になるんだよ。

「あぁ…はい」

イケメンカリスマ教師を自称するだけあって、ナジュの笑顔は、それなりに効果的だったようで。

エヴェリナ母は、少し扉を開けた。

どうやら門前払いはされそうもない…か?

ってか、ナジュの悪どい笑顔に騙されるなよ。

詐欺師だって絶対。

そしてナジュは、扉が充分開かれたのを確認してから。

「実は僕は、イーニシュフェルト魔導学院から来たんですが」

ようやく、身分を明かした。

若干心を開きかけていたエヴェリナ母は、それを聞いて顔を堅くした。

ヤバいか、と思ったが、しかし扉を開けてしまった手前、バンと閉じるようなことはしなかった。

相手に扉を開けさせてから、身分を明かすとは。

ナジュ、マジで詐欺師説。

しかし、今はそれが見事に刺さってるぞ。
「イーニシュフェルト魔導学院ですって?何をしに…」

と、エヴェリナ母がつっけんどんに言おうとしたが。

「いやはや先日は、うちの頑固ジジィ、いえ、学院長が失礼をしました」

ナジュはエヴェリナ母の言葉を遮って、深々と頭を下げた。

…今お前、シルナのことを頑固ジジィ呼ばわりした?

シルナ泣いてるぞ。

「あなた、それは…」

また、エヴェリナ母が何か言おうとしたが。

「全く、如何せんうちの学院長は、我々教員達も手を焼くほどに、頑固で、古めかしい考え方をしてましてね。先日は、お宅の事情も顧みずに、一方的に押しかけてしまって、大変申し訳なかったです」

ナジュはエヴェリナ母に何も喋らせず、続けざまにそう言って。

また、大袈裟なまでに頭を下げた。

一方的に押しかけてるのは、シルナじゃなくてナジュのように見えるのだが。

しかし。

「本当に済みませんね。いや、常日頃、我らの学院長の身勝手さには、辟易してるんですよ。全く、先日はさぞや不快な思いをされたことでしょう?僕達も困ってるんですよ。誠に申し訳なく…」

ナジュの、怒涛のような謝罪の連鎖に。

「えぇと…はぁ…はい…」

エヴェリナ母は戸惑いながらも、しかし昨日のように、唾を飛ばして逆ギレすることはなかった。

「あのような学院長で、恥ずかしいばかりです。ねぇ、羽久さん。あなたもそう思いますよね?」

ナジュは、同意を求めてこちらを見た。

顔は、いかにも辟易している、といった表情だったが。

その目は、真剣そのものだった。

そのとき俺は、ナジュの狙いが分かった。

「そ、そうだな。先日はそちらの事情も考えず、勝手に押しかけて、本当に申し訳なかったです」

俺は、ナジュに合わせるようにして言った。

「先日失礼なことをしてしまったので、今日はまた改めて、学院長に代わりまして、伺った次第です。どうぞ、話し合いの場を持たせて頂けませんか?」

ナジュはまたしてもあの、人を騙す笑顔を浮かべて言った。

これはナジュの戦術である。

まず、シルナを敢えて悪者にして、槍玉に上げ。

「あくまでも悪いのはシルナ」だったことにして、自分は関係ないみたいな顔をし。

とにかく、しこたま謝る。

相手に反論する余地を与えず、謝り倒す。

人間、めちゃくちゃ謝ってきてる相手には、大きく出られないものである。

実際エヴェリナ母も、あまりに謝られまくって、怒るどころか戸惑っている。

そこに、ナジュがとどめを入れた。

「今日は、奥様がお望みだった退学届の記入用紙を持参してきました。どうか、中でお話させて頂けませんか?」

「…!」

エヴェリナ母が、表情を変えた。

出た、ナジュの切り札。

可能な限り第一印象を良く見せた後、餌をチラつかせる。

そして。

「…どうぞ」

エヴェリナ母の、鉄壁の要塞が崩れた。

「ありがとうございます。では、お邪魔しますね」

こうして、俺とナジュは。

ようやく、オーネラント宅の敷居を跨ぐことに成功したのだった。
――――――…その頃、イーニシュフェルト魔導学院では。

「は…へ、くちゅんっ、くちゅんっ」

続けざまに、くしゃみが出た。

ズズッ、と鼻を啜る。

「何です。良い歳したおっさんが、無駄に可愛いくしゃみをするんじゃないですよ、気色悪い」

イレースちゃんが、物凄く辛辣。

酷くない?今の聞いた?ねぇ。酷くない?私くしゃみしただけなのに。

「誰か、私の噂してるのかなぁ…?あっ。二回だったから、誰かが私の悪口言ってる?」

嫌なんだけど。

「馬鹿馬鹿しい。そんなジンクス、嘘っぱちです。くしゃみはくしゃみです」

イレースちゃんは、バッサリと切り捨てた。

…夢がない…。

「くしゃみが二回…誰かが自分のことを呪ってるんだっけ?」

「それは三回でしょ。二回は、寿命が二年縮んだんだよ」

「あ、そうだった」

と、恐らくジャマ王国の「くしゃみジンクス」を話している、令月君とすぐり君。

…知りたくなかったなぁ、そんなジンクス…。

くしゃみ二回で、寿命が二年縮み。

くしゃみ三回で、誰かに呪いをかけられている。

「…すぐり君。くしゃみが四回出たら、どんな意味があるの?」

知りたくないけど、何となく気になったら、聞かずにいられなかった。

が、

「四は『死』だからね〜。もうすぐ死ぬって意味」

やっぱり、聞かなければ良かった。

くしゃみが四回出たら、身の回りに気をつけよう…。

って言うか、ジャマ王国の「くしゃみジンクス」、怖過ぎない…?

私、ルーデュニア人で良かった…。