神殺しのクロノスタシスⅣ

意気込んで、エヴェリナの家に来たは良いものの。

ろくに話も出来ず、門前払い。

あんなに激昂されては、再びインターホンを鳴らす勇気もない。

と言うか、これ以上踏み入ろうとすれば、警察呼ばれかねない勢いだった。

こうなったら俺達は、すごすごと引き下がる他ない。

「…仕方ない、シルナ。日を改めて…」

と、俺が言いかけたとき。

シルナは、俺の方を向いてはいなかった。

シルナは上を…オーネラント家の二階を見上げていた。

釣られて、俺も上を見ると。

二階の窓から、カーテンを少しだけ開けて。

後ろめたそうな、申し訳無さそうな…そして泣きそうな顔をした少女が、こちらを覗いていた。

あれは…エヴェリナ本人?

俺が彼女の姿を見れたのは、ごく一瞬のことだった。

俺と目が合うなり、彼女はハッとして、カーテンを閉めた。

ほんの一瞬だったけど、でも、確かに見えた。

彼女は…。

「…学院に戻りたくないのは、エヴェリナちゃん本人の意志じゃないんだ」

シルナは、ポツリと呟いた。

…そうだな。

本当に学院に戻りたくないなら、あんな顔、するはずがない。

「だとしたら…私は諦めないよ、羽久」

「あぁ…。そうだと思ってた」

こういうときの、シルナの諦めの悪さは。

俺が、一番良く知ってるからな。
…放課後。学院に戻ってから。

俺達イーニシュフェルト魔導学院の教員達は、学院長室に集結していた。

俺とシルナだけではなく、他の教員の意見も借りようと思ったのだ。

「じゃあ、今回の件について話すね。まず…」

「よし、ちょっと待てシルナ」

皆に詳細を話す前に、やるべきことがある。

「…何?」

何って、決まってるだろ。

「…おい!この屋根裏こそこそ坊主共!いるのは分かってるんだぞ。降りてこい!」

と、俺は天井裏に向かって叫んだ。

…すると。

天井裏から、ゴソゴソと音がして。

パカッ、とマンホールの蓋でも外すみたいに、天井に穴が空いた。

そして、そこから。

しゅたっ、と令月とすぐりが降りてきた。

「よく気づいたね、羽久」

やっぱりいたな。

案の定いた。

カマかけのつもりだったが、まさか本当にいるとは。

何をやってんだ、こいつらは。

よく気づいたねじゃねぇ。

「お前らの放課後脱走癖は、嫌と言うほど経験してるからな。大体、元々天井裏に穴なんてなかったはずだろ」

「え?開けた」

なければ作れば良い、ってか?

こんなところで、無駄な才能を発揮するんじゃない。

「お前らは帰れ。これは大人の話だ」

子供に聞かせるようなことじゃない。

しかし。

「大人の話だってー!気になるね、大人って俺達に隠れて、どんな話してるんだろ?」

「きっと子供には言えないことなんだよ。聞いてみたいね」

駄目だ。むしろ興味をそそられてる。

これじゃあ、追い出しても追い出しても、侵入してくる気満々じゃないか。

「その通りですよ羽久さん。今この二人、天井裏が駄目なら、床下で盗み聞きしよう、とか考えてますから」

と、ナジュの痛烈な一言。

…そうか。

それはもう…駄目だな。

「大人って、なんか悪さでも企んでるの?」

何わくわくしながら聞いてんだ。

悪さ企んでるのは、お前らだろ。

「…分かったよ。別に聞いてても良いけど…でも、他言はするなよ」

「うん、分かった」

「りょーかーい」

何でもかんでも、首突っ込みたがり屋の二人ではあるが。

口の堅さだけは、信用出来るからな。

第一、追い出しても追い出しても、侵入してくるのは分かりきっているし。

だったら、もう最初からこの場にいさせた方がマシだ。
そして。

俺とシルナは改めて、エヴェリナ・オーネラントという生徒を巡る、一連の経緯を話した。

本人の意志に関係なく、学院をやめさせられそうなこと。

その原因は、恐らくエヴェリナの母親にあること。

その母親は、シルナを筆頭に、魔導師を毛嫌いしていること。

けれどエヴェリナ本人は、学院に戻ることを望んでいるであろうということも。

一通り話し終えると。

「皆、どう思う?どうしたら解決すると思う?」

シルナは、全員に意見を求めた。

すると、真っ先に手を上げたのは。

何故か、教師ではなく、生徒のすぐりだった。

「そんなの簡単じゃん!その母親が邪魔なんでしょ?」

「じゃ、邪魔って言うか…お母さんを説得しないと、学院には戻れないだろうね」

「なら、その母親を消せば良いんだよ。それで一件落着だね」

涼しい顔して、何を言い出すんだお前は。

その短絡的で、過激で、浅はかな思考。

まさに元暗殺者。

邪魔者と見るや、即座に抹殺。

でも、そうじゃねぇから。

そういうの求めてるんじゃないから。

「馬鹿言うんじゃない。なんて方法考えるんだ、お前は」

「え?嫌なの?」

当たり前だろ。

嫌とかそういう問題じゃなくて、犯罪だからな。

大体母親が突然死したら、それはそれでエヴェリナが悲しむだろうが。

彼女にとっては、それでも母親なんだぞ。

「じゃあ、別の方法があるよ」

と、挙手したのは。

そのすぐりの相棒、令月。

おぉ。お前なら、もう少しマシな案を、

「殺すんじゃなくて、一定期間隔離しておけば良いんだよ。行方不明を装って。で、そのエヴェリナって人が学院を卒業したら解放して…」

違う。そうじゃない。

殺さなければ良いとか、そういう問題じゃない。

駄目だこいつらは。

発想がもう、完全に元暗殺者のそれ。

過激過ぎて、議論にもならない。

「あなた達…。もう本当に、学生寮に帰りなさい」

これには、イレースも血管浮き立たせてて小言。

最早、この場で一緒に議論する余地もないほど、意見が過激過ぎる。

イレースも、そう判断したのだろう。

その通りだ。

なら代わりにイレース、お前が何か良い代案を…。

「そういう面倒な親がいる生徒は、いっそ退学させれば良いんです」

…忘れてた。

イレースもイレースで、なかなか過激な発想の持ち主だったんだ。

元暗殺者組に比べれば、ちょっとマシってだけで。
「そ、そんな、イレースちゃん!退学させない為に、話し合ってるのに」

と、シルナが抗弁するも。

「この場を宥めすかして、学院に戻らせて…その後はどうするんです?そこまで強硬に学院に戻らせることを拒んでいるなら、今回で終わりじゃありませんよ、きっと」

イレースは、きっとシルナを睨んで言った。

そ、それは…まぁ…。

「何かある度に、娘を家へ戻せ、退学させろ、とグチグチグチグチ、文句言ってくるに違いありません。そんな面倒な保護者を、いちいち相手していたらキリがない。いっそ望み通り、退学させた方がスッキリするでしょう」

一理ある、と思ってしまった自分がいる。

確かに、今回何とか説得して、エヴェリナ母を納得させたとしても。

あの剣幕だったのだ。また何かしらのきっかけで、「やっぱりやめさせる!」と言い出しかねない。

その可能性は、常に付きまとっている。

「ましてやその生徒、一年生なんでしょう?これから先六年も、そんなモンスターペアレントに付き合ってやる義理はありません」

と、バッサリ切り捨てるイレース。

ま、まぁ…。常日頃、学院に寄せられる、様々なクレームに対応しているイレースにしてみれば…。

そんな下らない苦情に、毎回付き合ってやれるか、という思いがあるのだろうが…。

それは分からなくもないのだが…。

「でもでも!本人は学院に戻ってくることを望んでるんだよ!?」

あくまで、本人の意志を尊重したいシルナ。

しかし。

「そうは言っても、その生徒は、所詮まだ子供でしょう。世話をしているのも、学費を出しているのも、そのモンペ親です。彼女を保護する権利を持っているのも、親なんですから。私達が口を挟んだところで、『娘は返さない』と言われれば、それまででしょう」

「う、うぅ…」

言われれば、そうだ。

エリュティアの親みたいに、いっそ諦めて。

「お前なんざもう知らん!勝手にしろ!」と言ってくれれば、こちらも勝手にするのだが。

エヴェリナ母の場合、あくまでも子供の為を思って、退学を希望してるんだもんな。

あくまで、エヴェリナの親権を手放す気はないのだ。

あれはあれで、娘の将来を願っての行動。

俺達が口を挟むのは、余計なお節介なのだ。

でも、でもだからってな…。

「本人が、本気で魔導師になりたい気持ちがあるのなら、学院になど通わず、独学でも魔導師にはなれます。本人がその気なら、いずれ上がってくるでしょう」

イレースはあくまで、親が退学させたいのなら、勝手に退学させることを推奨。

「でも、エヴェリナちゃんは…イーニシュフェルト魔導学院を出て、魔導師になることを望んでるんだよ?」

「そんなこと言ったって、仕方ないでしょう。親が反対してるんだから。子供である以上、親に逆らってまで出来ることはたかが知れています。自分の家はそういう家なのだと納得するしかありません」

イレース…手厳しいな。

でも、その意見も正しいのかもしれない。

俺達が何とかしようとしても、結局彼女の親が納得しなければ、どうしようもない。

エヴェリナの養育権を持っているのは、彼女の両親なのだから。

「下手に父兄を敵に回して、学院の印象を悪くしたくもありません。その生徒には気の毒ですが、ここは諦め…」

と、イレースが言いかけたら。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

天音が、イレースの言葉を止めた。
「やめさせること前提で話すのは、やめようよ…。僕達にとっては彼女は、大勢いる生徒の一人だけど…彼女にとっては、ただ一回きりの人生なんだから…」

おっ、天音。

お前良いこと言うな。

「そう…。そう、そうだよ天音君!その通りだよ!」

シルナが、歓喜のあまり天音を抱擁していた。

やめてやれ。おっさんの抱擁ほど、気色の悪いものはない。

「ま、ましてや、魔導師を目指すにしても、退学なんかしたら、彼女の経歴に傷が付くし…。その後の人生にも関わるから…」

シルナの抱擁を受けながら、天音が言った。

その通り。

俺達にとってエヴェリナは、大勢いる生徒の一人だが。

エヴェリナにとっては、自分のこれから先の人生を、大きく左右する出来事なのだ。

もしここで退学させられれば、恐らく一生思い続けるだろう。

「あのとき、イーニシュフェルトを卒業出来ていれば…」と。

なまじうちの学院は、入学するだけでも、かなり箔が付くからな。

天下のイーニシュフェルト魔導学院に、入学はしたのに、一年生の夏で退学、地元の中学校に入ります…なんて。

彼女の学歴に、大きな傷をつけることになる。

何処に言っても、誰にでも聞かれ続けることになるだろう。

「何で、イーニシュフェルト魔導学院やめたの?」と。

その理由はああでこうで、母親が反対したから仕方なく…と、答え続けなければならない。

きっとその度に、今回のことを思い出して嫌な気分になるだろうし。

最悪、その恨みが母親に向くことにもなるかもしれない。

エヴェリナがもっと大きくなったとき、「お母さんがあのとき、私を退学なんかさせたから」と、深刻な親子喧嘩が勃発しかねない。

親子の関係に、深刻な不和を残すことになりかねないのだ。

その点では、慎重にならなければならない。

天音の言う通り、エヴェリナの人生が懸かっているのだから。

「仰ることはご最もですが、しかし現状、我々に出来ることがありますか?」

イレースが、天音を黙らせる一言を言った。

「…それは…」

「我々は、所詮一介の教師に過ぎません。何とかしてあげられるものなら、してあげたいですが…。しかし、どうにもならないこともあります。ましてや、私達は全員、魔導師なんですから」

…え。
 
「パンダ学院長への言動を見るに、そのエヴェリナの母親は、恐らく魔導師排斥論者なんでしょう」

イレースに言われて、俺達はハッとした。

…言われてみれば、あのエヴェリナ母の言い分。

シルナのみならず、魔導師そのものを否定していた。

そして、その魔導師の筆頭に立つシルナを、見たくもないほどに毛嫌いしていた。

それはつまり、エヴェリナの母親が…魔導師排斥論者だから。

そう考えれば、説明がつく。

「そうか…。今、魔導師排斥運動が高まってるから…」

「この間の、シャネオン駅爆破事件で、余計拍車がかかったんでしょう。入学時はまぁ渋々我慢したけど、今回の件で、やっぱり我慢ならなくなった…ってところでしょうね」

成程。有り得る。

「全く、頭の堅い連中ですよ」

と、嘆息するイレース。

…いや、多分お前には言われたくないと思うが…。
 
なんて、考えたのが間違い。

ずっと黙っていたナジュが、目を輝かせた。

「イレースさんイレースさん、羽久さんが、イレースさんの方が頭が堅いと、」

「黙ってろ馬鹿ナジュ!」

嬉々として報告すんな!つーか読心をやめろ。

危うく、俺が殺されるところだったろうが。

「…今何か言いました?」

「いや、何も言ってない。話を続けよう」

イレースの雷魔法と戦うのは、シルナ一人で充分だ。
…ともかく。

「相手がマジで魔導師排斥論者なら、俺達がいくら説得しても、聞く耳持ってもらえんぞ」

「あ、羽久さん無理矢理話変えようとしてるー」

ナジュ黙ってろお前馬鹿。

「ここにいるのは、皆魔法使える人だけだもんね…。魔導学院なんだから、当たり前だけど…」

「シルナの言葉なんか、いくら説得しようが、まず言葉を聞いてももらえないだろうしな」

実際、シルナが何を言っても、「詐欺師!ペテン師!」だったもんな。

俺だってイレースだって天音だってナジュだって、魔導師なんだから。

俺達がいくら、何を言おうと。

言葉での説得は、無理に近い。

だって俺達の言葉は、全部魔導師の言葉なんだから。

とても、あの頑固なエヴェリナ母に届くとは思えない。

「…」

一同が、無言になったのを見て。

何を思ったか、令月が、懐から小刀を取り出した。

「…やっぱり消す?」

おい、何言ってんだやめろ。

「俺も加勢するよ」

すぐりが、両手にピン、と糸を張った。

やめろって。

お前らに狙われたら、俺達だって生きて帰れるか。

消す?じゃねーんだよ。アホの発想。

「消す以外の方法を考えるんだ」

「…そんなこと言われても…」

「あ、良いこと思いついた『八千代』」

困りかけた令月に、すぐりが何やら名案を思いついた。

何だ?

「捕まえて、洗脳すれば良いんだよ。檻の中に入れて、『お前は魔導師を崇拝する、お前は魔導師を崇拝する』って延々聞かせてさ。簡単でしょ」

「成程、さすが『八千歳』。頭良い」

頭おかしい、の間違いだろ。

何を考えてるんだ。

こいつらさっきから、発想が暗殺者過ぎるぞ。

「駄目に決まってるだろ、馬鹿かお前らは」

ろくな案を考えやしない。

学生寮に追い返すぞ。

…すると。

「全く皆さん、不甲斐ないですねぇ」

これまで、横槍を入れる以外は黙っていたナジュが、やれやれ、とばかりに言った。

…何だと?

「じゃあ、お前には何か良い案があるのか?」

「まぁまぁ、僕に任せてくださいよ。ここは、イーニシュフェルト1のイケメンカリスマ教師の出番ですね。…あ、羽久さんにも協力してもらうので宜しく」

「…」

…なんか、俺だけ巻き込まれんの、すげー嫌なんだけど。

しかし現状、何の打開策もない(元暗殺者組の提案は論外)ので、否が応でも、ナジュの提案に乗るしかなかった。
で、そのナジュの提案が、何だったかと言うと。

俺はその翌日、再び。

南方都市、シャネオンにいた。





…なんか、最近俺、ここに来ること多くね?








しかも、今回の同伴者はナジュである。

一番一緒にいたくない(読心魔法があるから)奴と、こんな遠方まで…。

「そんなぁ、そう言わないでくださいよ。俺とあなたの仲じゃないですか」

ほら。俺何も言ってないのに、平気で心読んで会話してくるし。

先が思いやられる。

「それで?どうするんだよ」

これ以上、読まれたくもない心を読まれる前に。

さっさとやるべきことを済ませて、学院に戻りたい。

「決まってるでしょう?突撃訪問ですよ」

やはりか。

まぁ、わざわざシャネオンまで来たんだから、そうだろうとは思っていたが。

「また、門前払い食らうんじゃないか?」

「あれは学院長が訪ねていったからでしょう?僕と羽久さんだけなら、話聞いてくれますよ」

「でも…俺達だって魔導師なんだぞ?エヴェリナ母が魔導師排斥論者なら、俺達のことも拒絶するだろうに」

「歓迎はされなくても、話くらいは聞いてもらえるでしょう」

「何でそう思うんだ?」

ナジュにしては、いやに楽観的…かと思いきや。

「だって、僕、これ持ってきてますから」

と、言って。

ナジュは、ぴらっ、と紙切れを掲げて見せた。

おま、それ…!

「退学届じゃないか…!何で持ってきたんだよそんなの?」

エヴェリナ母の手に渡ったら、すぐさま記入して、提出されかねない。

「『お望み通り持ってきましたよ、でもその前に、ちょっとお話させてください』くらい言わなきゃ、また門前払いでしょ。手ぶらじゃ入れてもらえませんよ」

そ、それはそうかもしれないが。

「それに、いくら退学届を提出されたって、こちらが受理しなかったら、退学は成立しません。記入用紙渡したから即退学、にはなりませんよ」

「そうだけど…。でも、退学届を渡すのは危険だろ…」

こっちは退学届に記入したんだから、さっさと受理しろ!と言い張ることが出来るんだぞ。

あまりに危険な綱渡りだ。

「だから、そもそもこのくらいの『誠意』を見せないと、まず話し合いの機会さえ持たせてくれないんですって」

「う…」

「まずは、同じテーブルに着かなきゃ話にならない。門前払いよりはマシでしょう」

…悔しいが、ナジュの言う通りだ。

俺達は、エヴェリナ母にとって敵なのだから。

交渉をするには、こちらもある程度の覚悟を決め、誠意を見せなければ。

そもそも、話し合いにさえ応じてもらえない。

「分かったよ…。でも、絶対退学は認めないからな。俺じゃなくて、シルナが」

「知ってますよ。だから、これはあくまでパフォーマンスです」

見せるだけ、ってことだな?

本気で退学させる気はないんだよな?

「そういうことですね」

そうか。なら良い。

「よし…。じゃあ、行くか」

「えぇ。いざ、打倒頑固主婦」

その言い方やめろ。
そして、辿り着いたオーネラント宅。

この家に来るのは、これで二度目だな。

二階を見上げてみたが、やはりカーテンは閉め切られ、エヴェリナの姿は見えなかった。

でも、多分あの部屋にいるんだよな…。

自分の運命はどうなってしまうのかと、不安を抱えながら…。

…心配するな。絶対、俺達が何とかしてやるからな。

「…格好良いこと言いますね」

「言ってねぇから。勝手に心を読んで、言ったことにするな」

これだから、ナジュ同伴は嫌だよ。

「さぁて、じゃあ押しますかー」

と、ナジュは躊躇なくインターホンを押す。

これで留守でした、とかだったら嫌だけど。

幸い、ちゃんとドアが開いた。

「…どちら様ですか?」

出てきたのは、不機嫌そうな顔の中年女性。

エヴェリナ母である。

惜しい。これがエヴェリナ父だったなら、ワンチャン快く家に上げてくれたかもしれないのに。

父親の方が、気性が穏やかそうだったから。

しかし、ナジュは気にしない。

「こんにちは、奥さん。いやぁ、突然お訪ねして済みません」

にこりと、人の良い笑みを浮かべてそう言った。

傍目から見れば、好青年に見えるのだろうが。

俺は、こいつの本性を知っているせいか、めちゃくちゃ胡散臭く見えた。

こういう奴が詐欺師になるんだよ。

「あぁ…はい」

イケメンカリスマ教師を自称するだけあって、ナジュの笑顔は、それなりに効果的だったようで。

エヴェリナ母は、少し扉を開けた。

どうやら門前払いはされそうもない…か?

ってか、ナジュの悪どい笑顔に騙されるなよ。

詐欺師だって絶対。

そしてナジュは、扉が充分開かれたのを確認してから。

「実は僕は、イーニシュフェルト魔導学院から来たんですが」

ようやく、身分を明かした。

若干心を開きかけていたエヴェリナ母は、それを聞いて顔を堅くした。

ヤバいか、と思ったが、しかし扉を開けてしまった手前、バンと閉じるようなことはしなかった。

相手に扉を開けさせてから、身分を明かすとは。

ナジュ、マジで詐欺師説。

しかし、今はそれが見事に刺さってるぞ。