神殺しのクロノスタシスⅣ

ついさっきまで、ボロボロだった線路が。

一瞬のうちに、もとに戻ったのを見て。

駅長さんを始め、駅員さん達は、皆唖然とし。

それから、涙を流さんばかりに、感謝の言葉を頂いた。

何なら金一封を用意しようとする駅長さんに、「こっちは仕事で来てるだけだから」と必死に辞退。

それよりも、列車の運転再開を優先して欲しいと頼んだ。

幸い列車には被害は及んでおらず、線路さえ直れば、すぐ発車出来る状態だそうで。

あと10分ほどで、全便運行を再開するとのことだった。

ようやく、一息つけたな。

「…それで」

と、一仕事終えたエリュティアが言った。

「僕達は、もうやることは終わったので、空間魔法で王都に帰りますが…。学院長先生達はどうされます?」

「私達は…外にヘーゼルちゃん、えぇと、生徒を待たせてるから、生徒と一緒に、列車で王都に帰るよ」

シルナなら、そう言うと思った。

生徒を置き去りにして、自分だけ先に帰るなんてことは有り得ない。

ヘーゼルの他にも、可能な限りうちの生徒を見つけ、皆で帰ろうと思っているのだろう。

その方が良い。

運転が再開されたからって、この群衆が一度に大移動しようとしているのだから、大変だ。

列車は当然、待ち切れない乗客達で満員だろうし。

何本か列車を見送って、ある程度乗客の数が落ち着いてから、ゆっくり戻れば良い。

無理に始発に乗って、さっきのヘーゼルみたいに突き飛ばされたり。

ぎゅうぎゅう詰めの列車で疲労困憊して、学院に辿り着くなり、バタンと倒れたんじゃ、話にならない。

「そうですか。それじゃ…僕達はここで…」

「いや、待て」

エリュティアが、軽く会釈して立ち去ろうとした瞬間。

無闇が、そんなエリュティアを止めた。

…?何だ?

「どうかしたのか、無闇?」

「この際だ。イーニシュフェルト魔導学院の代表である二人にも、話しておいた方が良い」

無闇は、エリュティアに向かってそう言った。

…話…?

「で、でも…まだこの話は極秘にと…シュニィ隊長が」

「一般魔導師達には、だろう?隊長達は皆知っているし、何より彼らは、れっきとした聖魔騎士団魔導部隊の一員で、しかも特務隊隊長と、部隊の名誉顧問だ。話しておいて問題ないだろう。いや…むしろ、話しておくべきだろう」

「…」

「それに、いずれはイーニシュフェルト魔導学院の面々にも、遅かれ早かれ知らされることになるはずだ。なら、多少早くなるだけだ」

「そう…かもしれませんね。確かに…良い機会です」

と、二人は言った。

何の話だ?

「お互い、あまり時間がないので、簡潔に話しますが…。…近頃、国内の魔導師排斥運動が、高まっているようなんです」

突然の、エリュティアの報告に。

俺もシルナも、思わず仰天してしまった。
魔導師排斥運動。

これは、ルーデュニア聖王国に限らず、全国各地で、少なからず起きてきる運動だ。

これらを行うのは、魔法を忌み嫌い、魔導師の存在を危険視する、所謂魔導師排斥論者達。

人智を超えた力を、人が手にすることをタブーとみなしている人々だ。

彼らはいつだって、大なり小なり、歴史の中に存在してきた。

俺は、他ならぬ魔導師だから、無論、魔導師排斥論者の肩を持つ訳にはいかないが。

しかしある意味では、彼らのような存在は、いて当然だと思っている。

この世界にいる全ての人間が、魔法を使える訳ではない。

魔法を扱えるのは、人並み以上の魔力と、そして生まれながらに持つ、魔導適性が必要だ。

この魔導適性というものが曲者で、これは努力や勉強によって身につくものではない。

人が生まれながらに持っている、才能のようなもの。

どんなに保有魔力量が多かろうが、どんなに強く魔導師になりたいと望もうが、魔導適性がなければ、魔導師にはなれない。

これだけは、本人の意志では変えようがない。

そして、生まれながらに魔導適性に恵まれた者だけが、人智を超えた力を扱い、行使する権利を与えられる。

故に、魔導適性を持たざる者は、魔導師達を妬み、憎み、忌み嫌うのだ。

彼らからすれば、俺達魔導師は、ただ魔導適性に恵まれて生まれたというだけで。

当たり前のように人智を超えた力を行使し、人々を高みから見物して嘲笑う、傲慢な権威主義者のように見えるのだろう。

無理もない、と思う。

誰だって、自分には出来ないことを、当たり前のように出来ている人を見れば。

そりゃ妬みもするし、逆恨みもする。

ましてや、その魔導師が、己の才能に驕ることなく、謙虚な態度でいるならまだしも。

「自分はお前ら平民とは違う、魔導師様なのだ」と、偉そうに威張っている魔導師も、一定数いるのが現状。

同じ魔導師として、情けないの極みだが。

実際、そういう魔導師達もいるのだ。

そんな魔導師を見ていれば、魔導師排斥論者が唾を飛ばして、魔導師の存在を否定するのも、頷けるというものだ。

それに、魔導師排斥論者が憂慮しているのは、魔導師の存在だけではない。

その魔導師が使う、魔法そのものにも難色を示している。

魔法とは、言うまでもなく、人の扱える力を超えた、自然の摂理に触れるもの。

先程、俺達がやったこともそうだ。

一般人なら、列車に揺られて長旅をしなければならない距離でも。

空間魔法を使えば、一瞬でひとっ飛び。

さながら瞬間移動だ。

さっきの、線路の故障だってそうだ。

本来ならシャベルで瓦礫を退かし、更に重機を入れて地面を平らにし、それから線路を敷き直して…と、数日がかりで直さなければならなかったものを。

俺の時魔法で、あっという間に、まるで何事もなかったかのように、直すことが出来る。

このような、ある意味反則紛いの力を、当たり前のように行使する。

魔導師排斥論者は、この力そのものを、危険視しているのだ。

力というものは、強大であればあるほど、使いようによっては多くの人々を傷つける。

全ての魔導師が、シルナのように馬鹿みたいに善人で、お人好しなら話は早いが。

そんなはずはない。魔導師だって、一人の人間なのだ。

この人智を超えた力で、悪事を働く者もいれば。

それこそ、人を傷つける為に魔法を使う、愚か者だっている。

そんな魔導師を見ていれば、魔導師排斥論者が生まれるのは、当たり前のことだと俺は思う。

誰もが皆、善人ではないのだ。

力があれば、良い方に使う者もいれば、悪い方に使う者もいる。

そしてその力で、傷つけられ、血を流す者もいるのだ。

だったら、魔導師なんて存在は、この世界には必要ない。

そう考え、魔導師を国の中から撲滅し、普通の人間だけの、健全な国であろう。

そんな主義を掲げているのが、魔導師排斥論者達である。

そして、今。

その魔導師排斥論者達の動きが、活発化し。

魔導師排斥運動の動きが高まっていると、エリュティアは言った。
小一時間ほど、駅構内を駆け回り。

ヘーゼルとマリアンナを含め、およそ20名弱の生徒を見つけた。

ほぼ、シルナの目のお陰だ。

彼らは今制服を着ていないから、俺にはなかなか判別するのが難しかったのだが。

制服だろうが私服だろうが、自分の生徒を見分けるには関係ないシルナは、

「はっ!あそこにうちの生徒が!」とか。

「はっ!あそこにラウル君が!」とか言って。

ゴキブリの如き素早さで、生徒を見つけ出していった。

よく集めたもんだよ。

しかし、それでも集まったのは、20名弱。

帰ってこなかった生徒は、およそ50名。

残りの30人は、どうしているのだろう?

俺達が見落としたが、それとも別の手段で、セレーナまで帰っているのだろうか?

とにかく、無事なら良いのだが。

先程不穏な話を聞いてしまったが為に、余計心配になってくる。
と、思ったが。

学院に帰ってきたときには、そんな俺達の心配は、杞憂に終わっていた。

俺達が、20人を連れて学院に戻ると。

そのときには既に、何名かの生徒が学院に辿り着いていた。

なんと、あのごった返した駅で、運転再開直後の第一便に乗れたらしい。

とはいて、やはり相当無理をしたらしく、学院に辿り着いたときには、ぐったりしていたそうな。

養護教員でもある天音の指示で、今日は学生寮でゆっくり休むように言いつけられ。

今は、学生寮で休んでいるとか。

だから、無理して欲しくなかったんだよ。

で、他の生徒はどうなったか。

ある者は、上手いこと長距離バスに乗って、バスで戻ってきたり。

シャネオンでも、海に近い港町方面に住む生徒は、なんと船を乗り継いで、戻ってきたそうだ。
 
成程、船という手段もあったか。

とはいえ、皆考えることは同じで、船の方も、かなりごった返していたそうだが。

それでも、駅よりはマシだったみたいだ。

そして残りの生徒は、親が駅の惨状を見て、「これは今日帰らせるのは無理」と判断し。

学院に連絡を入れ、一日帰るのを遅らせて欲しいと頼んできたそうだ。

ある意味、これが一番賢明な判断だったかもしれないな。

勿論イレース達はこれを承諾、遅れても良いから、安全に戻ってくるよう伝えてくれたそうだ。

これで、明日には、残りの生徒が戻ってくるだろうな。

ようやく、一安心だ。
さて、生徒の問題は、それで解決したが。




俺達は南方都市シャネオンの駅で、聖魔騎士団魔導部隊の二人に、不穏な話を聞かされている。

そのことを、イレース達にも伝えておかなければなるまい。

そう思って俺とシルナは、放課後、教員達を学院長室に召集した。





まずは、今日の経緯から話そう…と、思っていたのだが。

「成程、シャネオンに着いたら、聖魔騎士団から派遣された魔導部隊大隊長二人と偶然合流。線路が何者かに爆破されていて、その何者かは、最近謎の活発化を見せている、魔導師排斥論者の仕業だったんですね」

「…そうだよ」

ナジュが、俺とシルナの心を読んで、説明するまでもなく要約しやがった。

ご苦労さん。余計なお世話だこの野郎。

丁寧に訳してくれやがって。

「そ、それはまた…。えぇと…情報量過多で、大変ですね…」

と、天音。

本当にな。だから順を追って説明しようとしたのに。

この読心魔法教師が、一気に全部喋りやがった。

「魔導師排斥論者の仕業…?一体何事があって、そんな連中が駅爆破なんかするんです」

イレースは、眉をひそめて言った。

彼女の中で、その言葉が引っ掛かったらしい。

何にせよ、自分の立てた完璧な授業計画を台無しにした者は、誰であっても許さないというスタイルだな。分かる。

お前はそういう奴だよ。

「さぁ、どういう意図があってやったのかは…。少なくとも、犯行の時間帯を考えても、誰かを殺したかった訳ではないみたいだね」

「殺さなかったら、人様に大迷惑をかけて良いとでも?全く、腹の立つ連中です」

おぉ怖っ。

魔導師排斥論者の連中の前に、イレースを一人連れてきたら、あまりの恐ろしさに手出し出来なさそうだな。

「しかし、その辺ルーデュニアは緩いと思ってたのに、そうでもないんですねぇ」

と、ナジュが言った。

緩い?何が?

「だって、僕がルーデュニアに来てから、魔導師排斥運動なんて、聞いたことありませんよ。ルーデュニアは比較的、魔導師に寛大な国だと思ってたのに」

それは…。

「僕も、同じことを思った。色んな国を回ってきたけど、ルーデュニアはかなり、魔導師に優しい国だよね」

と、ナジュと同じく、各地を回ってきた経験のある天音が言った。

「全くですよ。僕が生まれた国なんて、魔導師と非魔導師が、血で血を洗う戦争してたくらいですよ。それを思えば…」

「うん。僕も、そんな国を見たことがある。そういう国の魔導師は、優遇どころか、酷く虐げられて…。居心地が悪かったから、僕はすぐに出ていったけど…」

二人は、続けて言った。

…まぁ、そういう国もあるよな。

むしろ、ナジュの言う通り、ルーデュニア聖王国が、特別魔導師に寛大な国なのだ。

これが他の国だと、そうはいかない。
前述の通り、魔導師とは、人智を超えた力を持つ者。

そんな存在を、危険視する人間がいるのは当たり前だ。

だから魔導師排斥運動は、何処の国でも、必ずと言って良いほど存在する。

だが、その魔導師排斥運動の規模は、国によってまちまちだ。

ナジュや天音の言うように、魔導師の立場の方が低く。

怪しげな術を使う危険人物だとして、意図的に魔導師を弾圧する国もある。

魔法の概念が浸透していない国では、魔導適性を持っているというだけで、「異常者」のレッテルを貼られることさえある。

その点、ルーデュニア聖王国は、その真逆の国だ。

今日も、見ただろう?あの駅長さん達の対応を。

聖魔騎士団から、魔導師が派遣されてきたというだけで。

わざわざ駅長が出てきて、深々と頭を下げ。

魔導師に「様」までつけて呼び、俺達魔導師の魔法を、有り難いものとして尊敬の眼差しで見てくれた。

国によっては、良かれと思って魔法を使ったら、「余計なことをするな、呪い師風情が!」と石を投げられてもおかしくはないのだ。

そんな国には、イーニシュフェルトのような魔導師養成校もないし。

当然、聖魔騎士団魔導部隊のような、魔導師による国軍も存在しない。

そういう国では、魔導師は「異端者」だからだ。

ならば何故、このルーデュニア聖王国が、こんなにも魔導師に優しい国になっているのか。

その理由はまず、この国の女王である、フユリ・スイレン女王陛下が、魔導師に寛容な考えを持つ人物であるから。

彼女は魔導師を危険な人物ではなく、むしろ人智を超えた力をもって、国に貢献してくれる人物だと定義している。

だからこそ、聖魔騎士団に魔導部隊を作ることを許可し、魔導師養成校の創設にも積極的に着手する。

勿論、魔導師が危険な存在である可能性も、分かっていない訳ではない。

魔導師の危険性を知っていながら、それでいてなお、魔導師に正しい倫理観を求め、その力を人の為、国の為に使うよう期待している。

だから、そんな寛容な雰囲気の中で育つルーデュニアの魔導師達は、自然とその期待に応えようと、正しい倫理観を持った魔導師が増える。

魔導師達は人の為に魔法を使い、それによって助けられた人々は、魔導師に敬意を評し、自然と魔導師に寛容になる。

そんな空気を、そんな倫理観を、この国に植え付けたのだ。

フユリ・スイレン女王陛下と…。

そして、ここにいるシルナ・エインリーが。

表沙汰には知られていないし、ルーデュニア聖王国建国の歴史を紐解いても、シルナの名前は出てこない。

しかしその実、この国の建設には、シルナが深く関わっている。

あの頃は「前の」俺だったから、俺はよく知らないのだが…。

シルナは、自分と「前の」俺が、居心地良く…いや、都合良くルーデュニアに住めるよう。

裏から手を回し、現在のルーデュニア聖王国が出来上がっている。

シルナも、俺の心を読んでいるはずのナジュも、事情を察していながら、何も言わないが。

ルーデュニア聖王国は意図的に、魔導師に優しい国になるよう、作られているのだ。

だから、これまで魔導師排斥論者は、一定数存在してはいるものの、その存在が表に出てくることは、ほとんどなかった。

あったとしても、結局丸く収まっている。

この国は、「魔導師なんて危険だ。淘汰すべきだ」なんて、人前で言えば。

「この人は何を言ってるんだ?」と、眉をひそめられる国なのだ。

むしろ、魔導師排斥論者の方が、異端視されるほど。

だからこれまで、魔導師の立場が揺るがされるようなことはなかったし。

魔導師排斥運動が、活発化することもほぼなかった。

それなのに、今回はまた…一体どうして、こんなことになったのか。

俺にも、見当がつかない。
大人達が揃って、頭を悩ませていた、

そのときだった。

俺の目の前に、天井から、逆さまの人間がにゅ〜っと降りてきた。  

心臓止まるかと思った。

何してんだお前、と言おうと思ったら。

先に、向こうが口を利いた。

「…ねぇ」

「ひぇっ!?」

彼は逆さまになったまま、ポン、とシルナの肩に手を置いた。

シルナは、ぶるぶると震えながら、後ろを振り向いた。

そこには、天井から宙吊り状態で、こちらを向いている者がいた。

「う、うぴゃぁぁぁぁぁ!!」

シルナの、この上なく間抜けな悲鳴が。

夜のイーニシュフェルト魔導学院にこだました。

…。

…そりゃびびるわ。
「出たぁぁぁ化け物化け物ばへもの!」

噛んでるぞ。

「助け、助けてぇぇイレースちゃ、」

「鼻水垂らして汚らしい。近寄らないでください」

イレースに助けを求めるも、鬼教官に救いはない。

「な、ナジュ君助け、」

「あはは、なると思ってた。ウケる〜!」

ナジュに助けを求めるも、指を差して笑うだけ。

そして、残るは。

「あ、天音君〜っ!助けて〜っ!」

「は、はい…。僕もびっくりしたので、大丈夫です…」

良かったな、シルナ。

天音だけは、シルナが鼻水垂らして縋り付いてこようと、無下にあしらわない。

ナジュはもうクビにしろよ。

…それと。

「…何をやってんだ?お前は」

「え?盗み聞き」

悪びれもせず、とんでもないことを言う逆さま男。

天井から、まるで空中に浮遊するかのように、ぷらぷらと浮いているのは。

元『アメノミコト』、『終日組』の暗殺者にして、イーニシュフェルト魔導学院三年生。

黒月令月である。

そして、令月がいるということは。

俺は、宙吊りになっている令月の上を見た。

何故か天井の板が、一部ぽっかりと外れ。

そこから、もう一人が覗いていた。

「ん?何で見てるの?」

「それはこっちの台詞だ、馬鹿」

何白々しい顔して、白々しいこと言ってんだ。

「降りてこい、すぐり」

同じく、元『終日組』暗殺者で、イーニシュフェルト魔導学院二年生。

花曇すぐりである。

令月が空中に宙ぶらりんになっているのは、このすぐりのせいだ。

目には見えないが、令月の足には、すぐりお得意の糸が巻かれており。

その糸で天井から吊って、宙吊りになっているのだ。

器用なのは分かるが、幽霊みたいなことすんな。

こいつらには気配というものがないから、余計幽霊みたいに見える。

「ふぇぇぇぇ、お化けぇぇぇぇ!」

見ろ。シルナがびびり散らかしてる。

なのに、元暗殺者組は、「何やってんの?」みたいなきょとん顔。

ったく…。

「降りてこい、お前ら」

まず、話はそこからだ。

「しょーがないなぁ。落とすよー『八千代』」

「うん、良いよ」

プツッ、と糸が切れ。

宙吊りになっていた令月は、くるりと一回転して、綺麗に着地。

同時に、天井裏に潜んでいたすぐりも、しゅたっ、と軽やかに降りてきた。

身のこなしが、相変わらず暗殺者のそれだ。

シルナがぶるぶる震えているというのに。

「お前ら、俺達に何か言うことは?」

俺は、しかめっ面で二人に聞いた。

しかし。

「あ、うん。魔導師排斥論者って何?」

違うだろ、馬鹿。

もっと他に言うべきことがあるだろ。

下校時刻を過ぎたのに、飽き足らず学生寮から抜け出してごめんなさいとか。

いつの間にか学院長室の天井裏に忍び込んで、盗み聞きしてごめんなさいとか。

宙吊りで現れて、シルナの度肝を抜かしてごめんなさいとか。

謝罪しろ。色々と。

しかしこいつらは、そのような謝罪は一切なく。

まるで悪びれもせず、けろっとして話に加わろうとしてきやがった。

一体何回、学生寮から脱走すれば気が済むんだ?

「今日は一体、何だって忍び込んだんだ?」

「え?『八千歳』が、『ねー今日忍び込まない?』って言うから…」

そんな、学校帰りにゲーセン行くみたいなノリで忍び込むな。

そして令月、お前もそれを了承するんじゃない。

「そしたら、案の定難しそーな話してたから。話に入れてもらおうと思って」

と、すぐり。

こいつら…。

「…何処から聞いてたんだ?」

「ナジュせんせーの、『成程、シャネオンに着いたら…』のところから」

初っ端から聞いてたんじゃないかよ。畜生。